わが国政府は、脱炭素社会への移行に向けて、社会・産業構造をクリーンエネルギー中心に転換するグリーントランスフォーメーション(GX)を推進している。本年2月には、2040年を見据えた新たな国家戦略として「GX2040ビジョン」を策定し、GX実現に向けた取り組みを本格化させている。脱炭素社会への移行では、エネルギー構造や産業構造の転換が進められ、それに伴って、産業の集積地やサプライチェーンも大きく変化すると考えられる。そのため、脱炭素社会への移行が及ぼす影響は地域によって大きく異なり、それぞれの地域が置かれた状況などを踏まえた「地域起点」の取り組みが重要となる。
■3つのポイント ― 地域の産業特性、人材、再生可能エネルギー
「地域起点」で脱炭素に向けた取り組みを考えるうえでは、次の3点が重要となる。
1つは、地域の産業特性である。あらゆる産業に対して脱炭素が求められているものの、産業によって必要となる取り組みは大きく異なる。たとえば、自動車産業では電動車の開発・導入や充電インフラの整備などが必要となる一方、化学産業では製造プロセスの燃料転換やナフサからの原料転換などが必要となる。また、新たにGX関連の産業・ビジネスを創出・育成するうえでは、地域の既存産業や産業基盤が重要な役割を果たすことになる。したがって、各地域において、地域の産業構造や産業基盤を踏まえて、地域に適した取り組みを検討することが重要となる。
2つめは、人材である。GXを推進するために様々な専門的知見が必要となる。しかし、そうした知見を持つ専門人材や、専門人材を育成する教育・研究機関などは都市部に偏在しており、地方を中心に、必要となる人材の獲得・育成が課題となっている。また、労働者の高齢化も足かせとなり得る。一般的に、高齢労働者は新たなスキル習得に取り組む割合が低く、高齢化が進む地域では、高齢労働者が活用しやすいスキル習得支援策などを検討する必要があるだろう。
3つめは、再生可能エネルギー(再エネ)である。代表的な再エネである太陽光・風力発電の適地は国内に偏在している。電力の供給地と需要地が離れていると送配電網の整備・増強などに多くの費用が必要となるため、わが国政府は、先述の「GX2040ビジョン」において、脱炭素電源等の活用を見据えた産業集積を加速する「GX産業立地」の方針を示している。したがって、再エネ供給力が高い地域はデータセンター等の電力多消費産業の誘致が期待できる一方、そうでない地域は、他の地域からの再エネ調達や電力消費が少ない産業の誘致などが検討課題となる。
■地域に求められる取り組みの方向性
それでは、各地域において、どういった取り組みが求められるだろうか。まずは、産学官をはじめとする様々なステークホルダーが知恵を出し合って、地域における課題やビジネス機会を見極め、地域に適した脱炭素へのロードマップを具体化する必要がある。ロードマップを策定する際には、再エネの導入といった特定分野の取り組みではなく、地域社会・産業全体をどう変革していくかを描くことが求められる。また、脱炭素社会への移行は、地域の産業や雇用、人々の暮らしに直結するものであり、温室効果ガス排出量を減らすとともに、地域経済の活性化や生活環境の改善、社会インフラの強靭化など、コ・ベネフィット(共便益)の創出につながるロードマップを策定することも重要となる。そのうえで、ロードマップに基づいて、政府や専門企業などとも連携しながら、地域に必要な支援体制を構築していくことになる。なお、こうした取り組みは市町村単位では難しい面もあり、都道府県やさらに広域の道州レベルで検討することも一案といえるだろう。
今後、各地域において、脱炭素社会への移行に向けた「地域起点」の取り組みが広がり、わが国全体の脱炭素実現に貢献するとともに、地域経済の活性化やより良い暮らしの実現にもつながっていくことが期待される。
<参考文献>
大嶋秀雄[2024]. 「脱炭素社会への「公正な移行」の重要性~競争力強化×公正な移行によって円滑な脱炭素実現を~

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