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アジア・マンスリー 2025年4月号

トランプ関税の間接影響が懸念されるインド

2025年03月27日 細井友洋


トランプ政権の関税政策による貿易を介したインド経済への悪影響は総じて限定的とみられる。ただし、先行き不透明感の強まりから、金融市場の混乱が内需の下押し圧力を強める経路には注意を要する。

■関税による輸出を通じた影響は限定的か
米国のトランプ政権は、インドとの貿易赤字を問題視しており、米国による対印輸出の拡大やインドによる対米関税の引き下げなどを求めている。2月13日の米印首脳会談では、貿易不均衡の是正に向けた貿易協定を年内に締結することを目指し協議を開始することで合意したものの、米国の関税政策を巡る不透明感はなお強い。これまでトランプ政権が打ち出した関税政策のうち、インドと関係が深い政策は、以下の二つである。

第1に、鉄鋼、アルミニウム、自動車、半導体、医薬品などの個別品目に対する関税引き上げである。すでに実行された鉄鋼、アルミニウムの対米輸出は小さいものの、検討中の医薬品と半導体の対米輸出は全体のなかでも上位を占めており、これら品目への関税引き上げに対する警戒感が強まっている。

第2に、「相互関税」である。米国は、貿易相手国に対してその国と同水準の関税を課す「相互関税」の導入を表明している。輸入額による加重平均値で見ると、インドの対米関税率は12.1%と、米国の対印関税率2.4%を大きく上回っており、相互関税が導入されると対米輸出全体に高い関税が課される可能性がある。

もっとも、トランプ関税による輸出産業への打撃を通じたインド経済への影響は、総じて限定的となる見込みである。その理由として、以下の三つが挙げられる。

第1に、インドが内需主導型の経済構造を有しており、輸出への依存度が低いことが挙げられる。インドではGDPに占める輸出の比率は2023年度時点で21.8%と、ASEAN5平均の48.0%よりも大幅に低い。米国がインドの輸入品に対して上述の5品目に25%の関税を課し、その他の品目に12.1%の相互関税を課すと仮定すると、インドの対米輸出は約100億ドル減少すると推計されるものの、これはインドの実質GDPを▲0.3%ポイント押し下げるにとどまる。

第2に、インドが米国に対して協調姿勢を示していることが挙げられる。インド政府はすでに、関税の大幅引き上げを回避するため、貿易不均衡の改善に向けた取り組みに着手しており、2月公表の2025年度予算案では、バイクやバーボンの関税引き下げを表明した。また、報道によれば、トランプ大統領が3月の議会演説でインドの高関税を批判した自動車についても、インド政府は関税引き下げを検討している。さらに、2月の首脳会談では、インドは米国からエネルギーや防衛装備品の購入を増やすことに合意した。米国がインドに相互関税を課す可能性は否定できないものの、インド側の協調姿勢により、関税率の大幅な引き上げは回避されると見込まれる。

第3に、トランプ政権がITビジネスを重視していることが挙げられる。米国のITビジネスが活発化すれば、インドの対米IT・BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の輸出が増加し、景気を押し上げると見込まれる。インドのIT企業は、米国の専門職向け一時就労ビザであるH-1Bビザを用いて米国に多くのITエンジニアを派遣し、米印間でIT・BPOビジネスを展開している。トランプ氏の再選後、H-1Bビザの発給方針が厳しくなることが懸念されたが、大統領の側近であるイーロン・マスク氏が、「H-1Bビザは米テック企業の競争力維持に欠かせない」と主張するなど、足元でそのリスクは低下している。むしろ、トランプ政権は、ITビジネスの活性化に向けた規制緩和に取り組む公算が大きい。トランプ政権はすでにバイデン前政権下で発動されたAI規制に関する大統領令を撤回し、国際的なデジタル課税の枠組みから離脱することを表明した。こうしたIT重視の姿勢は今後も継続すると見込まれ、インドのIT・BPO輸出拡大を後押しし、関税による財輸出の減少を補う展開が予想される。

■金融市場の動揺には要警戒
トランプ関税による貿易を介した影響は限定的とみられる一方、金融市場が混乱し、インド経済を下押しするリスクには注意を要する。すでにトランプ関税を巡る先行き不透明感を背景に、インドの株式市場では資金流出が加速しており、代表的な株価指数であるSENSEX指数は2024年9月のピークから約11%低い水準へ下落している。また、トランプ関税が米国のインフレ加速を招くとの見方が強まり、米国の金利が上昇し、ルピー安の進行に拍車をかけている。インド準備銀行(中央銀行)は、ルピー買いドル売り介入を断続的に実施してきた結果、インドの金を除く外貨準備高は2024年9月末のピークから約740億ドル減少した。その規模はインドの1カ月当たりの平均輸入額を超えている。ドル売り介入には限界があることを踏まえると、ルピー安が今後さらに進行すれば、インド準備銀行は通貨防衛のために利上げを余儀なくされ、内需が下押しされる恐れがある。

また、インドは経常赤字国、かつ対外純債務国であるなど、金融面での脆弱性を抱えている。ルピー安が経常赤字を拡大させ、これがさらなるルピー安を招くという悪循環に陥れば、対外債務の支払い負担増などを通じて、金融システムの不安定化につながる恐れもある。


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