アジア・マンスリー 2025年4月号
中国の政府補助金と企業の成長の関係性
2025年03月27日 関辰一
中国政府は企業への補助金を増やしており、とくに半導体など特定の産業に傾斜的に配分している。しかし、各種研究やデータを見る限り、政府補助金が企業の成長支援に効果的であるのかは不透明である。
■上場企業の政府補助金は増加
中国の政府補助金は増加している。中国の会計基準によると、政府補助金とは、企業が政府から無償で受け取った現金などの資産である。中央政府および地方政府が直接的に企業へ支給するものである。上海、深圳、北京の三つの証券取引所に上場しているすべての企業についてみると、その政府補助金の総額は2015年の1,259億元から2023年に2,406億元へと増加している。政府補助金の対GDP比率は同期間に0.18%から0.19%へ小幅に上昇している。
中国では、雇用の確保や物価の安定に向けて、国有の鉄鋼企業や石油企業、電力企業の赤字補てんを目的とした補助金は以前から存在するが、近年では、中央政府および地方政府が半導体など、成長が期待される特定の産業に傾斜的に補助金を配分している。2016年以降に創業・上場した企業を除く全産業4,425社の2015年から2023年までの政府補助金は合計1兆6,040億元であり、その対売上高比率は0.35%である。業種別にみると、半導体上場企業34社の政府補助金の対売上高比率は同2.32%と目立って高い。はん用機械、化学工業、自動車、電気機械上場企業の同期間の政府補助金の対売上高比率も、それぞれ0.82%、0.71%、0.68%、0.64%と高めである。
中国の国内情勢をみると、人口減少と過剰投資・過剰債務といった問題があるなか、従来のように大量の労働投入と資本投入によって成長を加速させることはもはやできない。このため、政府は戦略的に指定した特定産業の振興・企業の成長支援に力を入れることで、当該産業を経済成長の新しいエンジンに育てたいという思惑がある。海外も視野に入れると、米中対立や地球温暖化といった問題に対応する必要がある。このため、半導体産業や新エネルギー産業など戦略的な分野の輸入依存度を引き下げることが、国全体の安全保障や経済安定を図るうえで益々重要となっている。
■鉄鋼業や他の国有企業への配分は抑制
一方で、鉄鋼業では補助金が意外に少ない。鉄鋼業上場企業31社の2015年から2023年までの政府補助金の対売上高比率は0.21%にとどまる。また、全上場企業の政府補助金に占める国有企業の比率は2015年の63.5%から2023年の45.1%へ低下している。
この要因として、中央政府と地方政府が過剰債務問題への対応を進めたことが挙げられる。鉄鋼業では、中央政府が主導して過剰生産能力と債務の削減を進めてきたほか、脱炭素の推進を理由に年間の粗鋼生産量や生産能力の拡大を制限してきた。加えて、地方政府は近年、財政悪化によって赤字補てんを目的とした補助金を抑制せざるを得ない状況にある。不動産価格が下落を続け、住宅販売が低迷しているため、地方政府の収入の3割を占めていた土地使用権譲渡収入は、2020年の8.4兆元から2024年に4.9兆元へと4割減少している。
■問われる政府補助金の効果
中国の半導体産業を例に、産業および企業が成長している要因について探ると、市場の拡大が重大な要因であることは間違いないものの、政府投資基金や政府補助金がどの程度大きな役割を果たしたかを示すことは容易ではない。
半導体上場企業34社の売上高は、市場の拡大を主因に2015年の522億元から2023年に2,059億元へと3.9倍に増加している。この間、パソコンやスマートフォンの高機能化、クラウドや人工知能(AI)の普及が進むにつれて、中国の半導体市場は大きく拡大している。世界半導体市場統計(WSTS)によると、中国の半導体市場の規模は2015年の986億ドル(6,140億元)から2022年の1,803億ドル(1兆2,118億元)へと、人民元ベースで2.0倍に拡大している。
こうした中国半導体産業の成長にとって、政府投資基金や補助金が大きな要因であったとする言説がある一方、政府投資基金の規模および企業の成長における効果は過大評価されているとする見方もある。東京大学の丸川知雄教授は、著書『中国の産業政策:主導権獲得への模索』で、「国家集積回路(IC)産業投資基金および地方政府の投資基金の実際の資本金と投資額は予定額を大きく下回る」と指摘している。理由は、「投資利益が見込める優良企業を選定することが政府の想定よりも困難であったからだ」としている。また、神戸大学の梶谷懐教授ほか二氏によるミクロデータを分析した研究では、「政府投資基金による企業への出資は、企業の固定資産および雇用に対して有意な効果を持つものの、売上高、労働生産性、研究開発、負債資本比率への効果は有意ではない」と指摘している。
また、半導体上場企業の財務データを見ても、政府補助金を多く受け取っている企業グループは、他の企業グループよりむしろ成長ペースがやや遅いという傾向がみられる。具体的には、政府補助金の対売上高比率の高い順に半導体上場企業34社を五つの企業グループに分けると、最上位の企業グループの売上高は2015年から2023年までに平均して3.1倍増加し、中の上グループは同3.3倍、中位グループは同6.9倍、中の下グループ、最下位グループはともに同4.7倍であった。このように、政府補助金の多寡が経営成績に直結しているわけではない。
政府補助金によって特定産業への企業の新規参入が増えるほか、地方で新たな産業が形成されるなどの底上げ効果は否定しえないものの、上述のように財政面の制約も以前より厳しくなりつつあるなか、今後は成長企業の輩出により効果的・効率的な支援が求められる可能性がある。
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