アジア・マンスリー 2025年3月号
世界で強まる中国系越境EC への警戒感
2025年02月28日 呉子婧
多くの国が中国系越境電子商取引(EC)に対する規制を強化している。安価な中国製品が自国に大量流入する「デフレ輸出」の防止が狙いと考えられ、中国では輸出減を通じて景気が下振れる恐れがある。
■中国系越境ECが急拡大する米国、デミニミス・ルール廃止へ
2月1日、トランプ大統領は中国製品に対し10%の追加関税を課す大統領令に署名した。それとともに、800ドル以下の小口貨物の関税が免除される「デミニミス・ルール」を撤廃する大統領令も発動された。表向きは違法薬物であるフェンタニルの取り締まり強化を目的に掲げているが、実際には中国からの「デフレ輸出」を抑制し、国内産業の保護を狙っているとみられる。報道によれば、デミニミス・ルールに基づく米国輸入品のうち、約6割が中国からの輸入品である。その中国輸入品のなかでも格安通販により世界中で売り上げを急拡大しているTEMUとSHEINの2社だけでその半分以上を占めている。
その後、2月5日にトランプ大統領はデミニミス・ルール撤廃についての大統領令を修正し、発動を延期した。これを受けて、米郵政公社(USPS)は、中国本土と香港から発送される米国向け国際小包の受け取りを一時停止する方針を撤回した。この延期は、米国内で関税収入を完全かつ迅速に処理・徴収するための適切なシステムが整っていないことを理由としており、システムが整備され次第、ルール撤廃が発動される見込みである。
中国の小口貨物の対米輸出額は、基準の違いなどにより統計によって異なるが、対米輸出全体の4%程度(中国海関総署ベース)から10%程度(米国商務省ベース)である。中国の輸出全体に占める割合は0.6%~1.3%であることを考慮すれば、今後デミニミス・ルールが撤廃されたとしても、中国の輸出全体に与える影響は限定的である。
一方で、TEMUやSHEINなどの中国系越境EC各社は悪影響を受けると予想される。これらの企業は、「直送モデル」と呼ばれる中国国内の倉庫や工場から海外の消費者へ空輸などを通じて直接配送する方式を採用しており、デミニミス・ルールの適用を受けることで低価格での販売と短期間での配送を実現することができた。しかし、同ルールが廃止となれば、コスト上昇による価格転嫁や通関手続きの遅れは避けられず、それら企業の競争力が損なわれる可能性が高い。
この苦境を乗り越えるために、中国系越境ECは「海外倉庫モデル」への転換に注力している。「海外倉庫モデル」とは、米国内などの主要市場にあらかじめ在庫を確保し、現地倉庫から消費者に配送する方式である。しかし、この方式は倉庫設立や運営などのコストがかかるほか、需要予測の誤りにより過剰な在庫を抱える可能性があるため、競争力の低下を完全に回避することは難しいと考えられる。
■米国以外の国・地域でも規制強化の動き
中国系越境ECを狙った規制は、米国だけにとどまらず、多くの国・地域で進んでいる。本年に入り、ベトナム政府は、小口貨物への付加価値税の免税措置を2月18日から撤廃すると発表した。従来、国際宅配便による輸入貨物について、金額が100万ドン以下のものであれば、輸入関税や付加価値税(GTGT)の免税が適用されていた。
EUは2月5日、域外のオンライン販売事業者などが販売する150ユーロ未満の少額輸入品に対して管理を強化する方針を示すとともに、欧州消費者保護法違反の疑いでSHEINに対する調査も開始した。欧州委員会によれば、2024年にEU以外から発送された150ユーロ未満の商品は2022年の約3倍に急増し、そのうち約91%が中国から発送された商品であった。
こうした規制強化の背景には、自国の消費財メーカーが安価な中国製品に駆逐されることを防止するほか、安全保障上の理由から違法商品や知的財産権侵害品の流入を阻止する狙いがある。今後、米国等の規制強化で行き場を失った中国製品がその他の国へ向かうことも予想される。
中国政府は越境ECを「対外貿易発展の生き生きとした力」と位置づけ、モデル園区(特区)の設立や物流効率の向上、税制優遇措置の拡大など、幅広い支援策を展開している。中国政府による越境EC企業への優遇策が効果を上げ、安価な中国製品が各国に流入するほど、中国に対する警戒感が高まり、追加関税や取引制限などの動きが世界で一段と広がり得る。
中国系越境ECの拡大の裏には、中国の急速に拡大した生産能力と膨大な中小企業群がある。世界でこうした規制強化が進めば、中国企業は低コストによる「薄利多売」戦略で輸出競争力を維持することが困難になる。中国では内需の低迷が長期化しているだけに、重要な収益源である輸出を抑えられると、中小企業を中心に業績が圧迫されよう。企業業績の下振れが設備投資の減少や雇用環境の悪化を招き、不振の内需が一段と押し下げられるリスクに注意が必要である。
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