アジア・マンスリー 2025年3月号
アジア為替市場の不安定化を招くトランプ政策
2025年02月28日 野木森稔
トランプ政策がアジア通貨への下落圧力を強めている。米金利上昇や関税引き上げがアジア景気を強く下押しする場合、インド、インドネシア、フィリピンなどで通貨下落を伴う金融リスクが高まる恐れがある。
■対ドル下落幅が拡大するアジア通貨
米国のトランプ大統領が次々と新たな政策を打ち出すなか、世界景気の先行き不透明感が強まっている。その影響は金融面にも波及し、アジア為替市場にも変化が生じている。昨年11月の米大統領選挙以降、インドルピーや韓国ウォンを中心に多くのアジア通貨が対ドルで下落している。その下落率は、アルゼンチンペソやトルコリラといった定番の脆弱通貨に次いで大きい。
第一次トランプ政権下の2018年にも、アジアを含む新興国経済は通貨安圧力の高まりに悩まされた。当時、米国では金融政策が引き締められるとともに、大規模な減税が実施されたことで財政リスクへの懸念が高まり、米金利の上昇と米ドルの流動性低下が生じた。そのため、新興国への資本流入が急減した。今次局面でも米国の長期金利が大きく上昇しているほか、関税引き上げでアジア経済が下振れる可能性もあり、今後、アジアを中心に新興国通貨に一段の下落圧力がかかる可能性がある。
■トランプ政策はアジア通貨の下落要因に
米国景気は堅調に推移しており、米FRBのパウエル議長は1月のFOMC後に利下げを急ぐ必要はないとの見解を示した。トランプ大統領は再三利下げが必要と発言しているものの、同氏が公約に掲げる関税引き上げや大規模減税はインフレを加速させるほか、国債の増発を招き、さらなる金利上昇圧力を生み出す。金融市場ではそうした展開を織り込みつつ、米長期金利が上昇トレンドにある。多くのアジア諸国では、為替レートは米国と自国の金利差に強く連動することから、米長期金利の上昇はアジア通貨を減価させる。米FRBが利上げに転じる可能性は目先低いものの、堅調な米景気と財政リスクが今後も米国の長期金利を押し上げる可能性が高い。今後も金利差によるアジア通貨の対ドル下落圧力は続く見込みである。
さらに、米国がアジア各国・地域に対して関税を引き上げる場合も、アジア通貨の下落を招く可能性がある。トランプ政権は、中国からの輸入品に対する10%追加関税を2月4日に発動するなど、関税引き上げをカードに強硬な対外交渉をスタートさせた。第一次政権時代に続いて、中国が関税を巡る議論の中心にいることは間違いないが、今回の第二次政権では対象となる国・地域は中国以外にも広がっている。米国が最恵国待遇(MFN)を与えている国への関税率は2.2%(加重平均)であるが、アジアの多くの国・地域が米国をはじめとする他国に課す関税率はそれを大きく上回っている。トランプ大統領は、貿易相手国に対してその国と同水準の関税を課す「相互関税」の導入を表明しており、関税引き上げの影響は多くの国に及ぶ見込みである。
とくにインドについては、トランプ大統領が農産物やオートバイを具体例に挙げ、その関税率の高さを問題視してきた。2月13日の米印首脳会談では、インドが対米貿易黒字の削減に向け交渉を始めることで合意したが、米国は対印貿易取引を引き続き問題視していることは間違いなく、今後も様々な形で圧力をかける可能性がある。このほか、ベトナムなど対米貿易黒字が大きく拡大している国を中心に米国は圧力をかけるとみられ、それらの国は交渉の結果次第で関税引き上げや特定品目の輸入受け入れなどを迫られる可能性がある。これらは当該国経済の下押しや貿易収支の悪化につながると考えられ、為替下落圧力を高めることになろう。
■インド、インドネシア、フィリピンの金融リスクに要警戒
トランプ大統領の政策が、米長期金利を上昇させ、関税が一段と引き上げられるリスクを考慮すると、新興国のなかでもとりわけアジア各国・地域の為替相場動向は要注意である。
もちろん、多くのアジア各国・地域は潤沢な外貨準備を持ち、通貨安が直ちに大きな金融危機などに至る可能性は小さいとみられる。とくに、対外的に純債権国であり、安定した経常黒字が続く台湾や韓国などではそのリスクは低いと考えられる。しかし、対外債務が対外資産を上回り、かつ外貨獲得産業が小さいため経常赤字が定着している国・地域で金融リスクが生じやすい点には警戒する必要がある。通貨安は経常赤字を拡大させ、それが通貨を一段と下落させる悪循環を招く恐れがある。さらにそうした動きが対外債務の支払い負担増加にもつながり、金融システムの不安定化などのリスクを急激に高める恐れもある。アジア内ではとりわけ、インド、インドネシア、フィリピンにおける金融リスクの高まりに注意する必要があろう。
(全文は上部の「PDFダウンロード」ボタンからご覧いただけます)