1.はじめに
「日本総研 サステナビリティ・人的資本 情報開示状況調査(2024年度)」(以下、「本調査」)のサステナビリティ編では、これまで有価証券報告書のサステナビリティ情報についての調査結果を紹介してきた。内閣府令改正から2年目の有価証券報告書発行にあたる本調査では、全体的に2023度よりも開示が充実している傾向にあった。今後も各社は有価証券報告書における情報開示の高度化に向けて取り組むことと思われるため、どのようにブラッシュアップを行えばよいか考える参考として、連載の最後となる第4回では、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示の優良事例のポイントについて紹介する。
2.有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示のポイント
有価証券報告書は、企業の概況や事業の状況について情報を提供する資料である。投資家にとっては投資判断に必要な情報を得るための情報源であり、従業員や顧客、サプライヤー、求職者などのさまざまなステークホルダーに対しても、その企業の情報を伝える重要な役割を果たしている。有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示は、2022年6月13日に公表された金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(※1)の提言を踏まえ、2023年1月に企業内容等の開示に関する内閣府令(※2)等が改正されたことで義務付けられるようになった。サステナビリティ情報開示の義務化以降、有価証券報告書を提出する企業は、法令によって定められた内容を踏まえつつステークホルダーに有益な情報を提供するためにさまざまな工夫を凝らして開示を行っている。
有価証券報告書には財務情報も含め、その企業の経営状況に関する情報が一つにまとまっている。その中の一部として開示されるサステナビリティ情報は、その企業が経営課題としてのサステナビリティをどのように位置づけているか、どのように取り組んでいるかを示すことになる。昨今では、サステナビリティ情報を幅広いステークホルダーに分かりやすく発信するため、統合報告書やサステナビリティレポートなど任意の開示書類を発行する企業も多い。さまざまな開示書類の中でも、有価証券報告書はすべての上場企業に発行が義務付けられており法令に沿った開示が行われるため、ほかの開示書類に比べて複数企業の比較が行いやすいという利点がある。
このような有価証券報告書の位置づけを踏まえ、本稿で有価証券報告書でのサステナビリティ情報の開示において重要なポイント4つを紹介する。
①経営戦略とサステナビリティに関する取り組みの関連性を示すこと
企業が環境や社会の変化にどのように向き合っているかを示すサステナビリティ情報は、投資家を始めとするステークホルダーにとって、その企業は今後中長期的に成長し続けるか、投資する価値があるかを判断するうえで重要な検討材料となる。サステナビリティ情報を通じて自社の成長可能性を示すためには、経営の戦略・方針・ビジョンなどにおいてサステナビリティに関する取り組みをどのように位置づけているのか、何らかの説明を掲載することが望ましい。
②自社にとって重要な情報を選んで開示すること
有価証券報告書はサステナビリティ情報開示のみを目的とする書類ではないので、サステナビリティ情報に割ける紙幅が多いとは限らない。各社さまざまな取り組みを行っている中で、有価証券報告書内に読み手が必要とする情報を漏れなく掲載するためには、自社にとって重要な情報を選んで開示することが求められる。
③読み手にとって分かりやすい開示になるよう工夫すること
有価証券報告書は前述の通り、さまざまなステークホルダーに読まれるため、サステナビリティの分野にあまり詳しくない読み手も多いと想定される。そのため、誰の目から見ても分かりやすい開示になるよう工夫することが望ましい。
④具体的・定量的な情報を開示すること
上場企業が必ず発行する法定開示書類である有価証券報告書は、複数企業を比較・分析するうえで重要な媒体であることから、具体的・定量的な情報を開示し、比較可能性を担保することが望ましい。具体的・定量的な情報は実効性のある取り組みを行っていることを示す根拠となるので、開示内容の信頼性を高めるという利点もある。
それぞれのポイントについて、具体的な取り組み方法と事例を紹介する。
①経営戦略とサステナビリティに関する取り組みの関連性を示すこと
今回調査対象とした企業では、サステナビリティに関する取り組みが経営戦略とどのように関連しているのかを投資家に伝えるために、さまざまな工夫を行っている例が見られた。例えば、自社の経営に関する戦略・方針・ビジョンなどにおいてサステナビリティに関する要素を取り入れ、その要素をどのように位置づけているのか示すことにより、サステナビリティに関する取り組みがどのように企業の成長につながるのかを明確に示すことができる。具体的には、有価証券報告書内の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」の項目においてサステナビリティに関する方針や取り組みに言及する事例があった。機械メーカーA社は、経営方針にあたる長期ビジョンにおいて環境・社会への貢献を目指すことを中核に据え、その実現のためにESG経営の推進に取り組んでいることを述べていた。また、環境や社会の課題解決につながるソリューションの展開に関する取り組みの内容をマテリアリティとして設定し、マテリアリティに関する取り組みが事業領域の拡大・発展につながっていると説明するとともに、長期ビジョンとの関連性を示す図も掲載した。このように経営方針とサステナビリティに関する取り組みの関連性について図表などを用いて明確に示せば、その企業の成長のためにサステナビリティに関する取り組みが不可欠だと考えていることが明確に伝わる。
また、気候変動や人的資本などのサステナビリティに関する個別のテーマがどのように経営戦略と関連しているのかを説明するために、「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」内でサステナビリティに関連する事業機会の内容を示したうえで、その事業機会に紐づく取り組みを示す事例も見られた。化学メーカーB社では、自社の経営環境・経営課題の説明において、関心が高まる地球環境や人権などの社会課題に対して自社の資産を活用して解決に貢献できると述べ、そのことを大きな事業機会だと認識しているとした。また、経営戦略の説明の中で、各社会課題に関連する具体的な事業機会の内容と開発している商品などの取り組み状況についても示した。このように個別の事業機会や取り組みについて説明を行うと、サステナビリティに関する取り組みが実際の収益につながっていることが理解しやすいのではないだろうか。
②自社にとって重要な情報を選んで開示すること
有価証券報告書のサステナビリティ情報開示では、限られた紙幅の中で読み手が求める情報を開示することが必要になる。有価証券報告書のサステナビリティ情報開示について定めた「記述情報の開示に関する原則(別添)―サステナビリティ情報の開示について―」(※3)でも、「サステナビリティに関する考え方及び取組の開示においては、「ガバナンス」と「リスク管理」は、すべての企業において開示が求められ、「戦略」と「指標及び目標」は、企業において重要性を判断して開示することが求められている。」との記載があり、どの項目を開示するかについて企業に裁量が与えられている。このような背景を踏まえて、どの情報を重要と考え開示するかについては、企業それぞれが異なる考え方に基づいて判断している。
重要な情報を判断する方法としては、経営戦略上重要と考えられるテーマを開示対象に選んで開示する例が見られた。例えば、飲料メーカーC社は、農産物などを原材料として事業を行っているため気候変動や自然資本などの環境課題を経営上重要と考えていることを示す、人的資本を価値創造のプロセスの源泉として重視しており経営戦略と連携して取り組んでいることを示すなど、各テーマの開示の冒頭において、そのテーマが経営課題としてどう重要なのかを説明していた。このことから、この企業は経営戦略での位置づけを基に開示対象とするテーマを選んだことが分かる。
また、重要なテーマの中でも開示項目ごとにそれぞれ言及するテーマを変えるという場合もある。金融機関D社は、「戦略」の項目においては気候変動、人的資本、自然資本、人権について詳細を開示するが、「ガバナンス」・「リスク管理」についてはサステナビリティ全般についてまとめて開示、「指標及び目標」については気候変動・人的資本のみ開示するなど、項目ごとに言及するテーマを変えていた。このような構成では、何度も同じような内容を繰り返すことを避けられ、開示が冗長になることを避けられる。ただし、一部企業では必須記載事項である「ガバナンス」・「リスク管理」についてサステナビリティ全般に関する説明を掲載せずに気候変動などのテーマごとの説明のみを掲載する、あるいはリスク管理について「事業等のリスク」の項目を参照するよう示すのみで具体的な説明を掲載しないという場合もあった。このような構成では必須記載事項について十分な説明がなされているとは言い難いため、作成の際に注意が必要である。
③読み手にとって理解しやすいように情報を開示すること
さまざまなステークホルダーに読まれる可能性がある有価証券報告書は、読み手にとっての分かりやすさに配慮することも重要なポイントの一つとして挙げられる。そのためには、必要な情報を効率よく取得でき、かつ容易に理解できる状態が望ましい。
多くの情報を分かりやすく開示するためには、文章で説明するだけでなく、図や表を効果的に使うことが有用と考えられる。例えばサステナビリティ推進体制やリスク管理体制を示すための体制図、マテリアリティの検討経緯を示すためのマテリアリティマトリックスなど、図を活用することで複雑な情報を分かりやすく整理している場合も多く見られた。飲料メーカーE社の場合、通常本文として記載される部分(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標それぞれの概要など)についても表として記載することで、読み手が情報を理解しやすいように工夫していた。図表を掲載している企業の一部では、統合報告書やサステナビリティレポートなどの他媒体向けに作成した図表の画像データをそのまま転記した結果、文字が読めないほど縮小されていた場合もあったため、きちんと読み取れる状態になっているかは注意が必要である。
他にサステナビリティ情報を読みやすくするための工夫としては、有価証券報告書には重要な情報の要約のみを掲載し、詳細情報については別の開示媒体を参照するよう誘導するという方法もある。電機メーカーF社は、当該企業グループを取り巻くさまざまな課題のうち特に重要な気候変動、人的資本、サイバーセキュリティについて有価証券報告書にて開示し、その他項目についてはホームページを参照することとしていた。このように有価証券報告書に掲載する情報量を絞ることで、情報量が過剰になることを避けることができ、読み手にとっても重要な点が分かりやすくなる。ただし、他媒体への誘導があまりにも多いと詳細を確認するために各種媒体を閲覧する必要があり読み手にとっては負担が大きくなるため、注意が必要となる。また、事業年度終了後から3カ月以内の発行が求められる有価証券報告書は統合報告書・サステナビリティレポート等の任意開示資料よりも早期に開示される場合が多いため、他の資料を参照する場合には参照先の情報が古くなっていないか確認すると良い。重要な箇所のみ最新の情報を他媒体に先んじて有価証券報告書に掲載することも一案である。
④具体的・定量的に分析可能な情報を開示すること
有価証券報告書のサステナビリティ情報について信頼性を確保し、かつ他社との比較可能性を担保するためには、抽象的な説明ではなく具体的な情報を得られることが読み手となるステークホルダーにとって重要である。また、数値などの定量的な情報が開示されているとさらに分析しやすくなる。
有価証券報告書のサステナビリティ情報のうち「ガバナンス」や「リスク管理」については、具体的な組織体制や各種報告などの頻度について示すことで、読み手がより具体的な情報を得ることができ、投資判断などに役立てることが可能になる。例えば消費メーカーG社はガバナンスに関する開示において、ESGガバナンスの体制図を示すだけでなく、体制図に含まれる各組織体の一覧表を別途掲載した。この一覧表では、組織体それぞれの役割、メンバー構成、開催頻度や審議した内容を示した。このように各組織体の詳細が示されていると、ガバナンスについての記載の説得力が増す。
また、サステナビリティ情報の冒頭もしくは「戦略」の項目で示されることが多い各社のマテリアリティや目指す姿について「指標と目標」などの定量情報と結び付けて開示することで取り組みの進捗を定量的に分析することが可能になる。サービス業H社は、「指標と目標」の項目にマテリアリティとKGI(目指す姿、定性目標)の一覧を掲載したうえで、各KGIと紐づくKPIの目標・実績を掲載した。このため、各マテリアリティについて将来的にどのような状態を目指しているのか、それに対して現在の進捗はどのような状況なのかが一目で分かるようになっていた。このようにマテリアリティや目指す姿とそれに紐づく指標がセットで示されていると、取り組みに実効性があるかどうかが根拠をもって示されるため、読み手はきちんと取り組みが進んでいるかどうかを確かめることができる。
3.まとめ
本稿では有価証券報告書のサステナビリティ情報開示に関するこれまでの調査結果のまとめとして、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示においては、経営戦略におけるサステナビリティに関する取り組みの位置づけを示したうえで、重要なサステナビリティを分かりやすく開示し、具体的・定量的な情報についても示すことが重要であると示した。また、それぞれのポイントについて優良事例の具体的な内容も紹介した。今回紹介した内容を、有価証券報告書のサステナビリティ情報をブラッシュアップするためのアイデアとしてぜひ役立てていただきたい。
全4回にわたって有価証券報告書のサステナビリティ情報開示に関する調査結果を紹介した本連載も、今回が最後となる。開示義務化の2年目となる本調査では、取締役会への具体的な報告頻度の開示やScope3のGHG排出量目標・実績の開示などさまざまな課題がまだ残ってはいるものの、全体的に2023年度と比べると着実に開示が充実している傾向にあることが分かった。今後も各社が少しずつでも読み手にとって分かりやすく有用な開示に向けてブラッシュアップを繰り返すことで、サステナビリティの重要性が社内に浸透し関連する取り組みの理解を得やすくなるとともに、投資家やステークホルダーからの自社への評価を高めることにもつながる。本調査がそのような開示を実現していただくための一助となれば幸いである。
(※1):金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ報告」-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-

(※2):企業内容等の開示に関する内閣府令(昭和四十八年大蔵省令第五号)

(※3):金融庁「記述情報の開示に関する原則(別添)―サステナビリティ情報の開示について―

以上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
連載:日本総研 サステナビリティ・人的資本 情報開示状況調査(2024年度)
・サステナビリティ編 第1回
・サステナビリティ編 第2回
・サステナビリティ編 第3回
・サステナビリティ編 第4回