アジア・マンスリー 2025年2月号
「新質生産力」は中国経済をけん引するか
2025年01月28日 三浦有史
習近平政権は、電気自動車(EV)などの3産業を「新質生産力」とし、経済のけん引役に据える。しかし、期待とは裏腹に、3産業は輸出の停滞により、過剰生産能力の問題が一段と深刻化すると見込まれる。
■なぜ「新質生産力」なのか
習近平政権は、「新質生産力」を中国経済の新たなけん引役と定め、その振興を強調するようになっている。「新質生産力」とはなにか。2024年7月に開催された第20期中国共産党中央委員会第3回全体会議(三中全会)で採択された「改革のさらなる深化と中国式現代化の促進に関する決定」では、新世代情報技術、人工知能、航空宇宙、新エネルギー、新素材、ハイエンド機器、生物・医学、量子技術という幅広い分野が列挙された。
このうち、中国が世界市場ですでに圧倒的なプレゼンスを有するものとして、新エネルギー分野におけるEV、リチウムイオン電池、太陽光発電の三つを挙げることができる。習近平総書記は、2024年の新年メッセージにおいて、この3産業が「製造業に新しい色を加えている」として 、中国のイノベーションと経済発展の勢いは衰えていないとした。2024年末に開催された中央経済工作会議でも、「新質生産力」が「消費の拡大」に次ぐ2025年の重要課題とされた。
「新質生産力」が重視されるようになった要因としては、温室効果ガスの排出を抑制するため、新エネルギーに対する需要が増加すると見込まれることのほかに、対米関係の悪化により製造業のサプライチェーンの脆弱性が強く意識されるようになったことがある。それを端的に示しているのが先端半導体である。米国半導体工業会(SIA)によれば、中国は2023年の回路線幅28ナノメートル以上のレガシー半導体の生産能力において、世界の37%を占めるものの、同10ナノメートル以下の先端半導体では3%を占めるにすぎない。これは、先端半導体の製造に不可欠となる最先端の極端紫外線(EUV)露光装置が米政府の規制により調達できないためで、習近平政権は、中核技術を外国に依存する産業は対外関係の悪化によりその発展が阻害されうることを実感することとなった。
■サプライチェーンは国内でほぼ完結
3産業は中国が世界のトップランナーであり、生産規模は他国を寄せ付けない規模に達している。中国は2023年の世界のEV生産の6割、リチウムイオン電池生産の8割、ソーラーパネル生産の8割を占める。世界のGDPに占める中国の割合が17%であることを踏まえれば、3産業がいかに中国に集中しているかが分かる。
3産業の強さは中国の生産規模が大きいことだけでなく、産業を支えるサプライチェーンが中国国内でほぼ完結していることにも由来する。その一例として、リチウムイオン電池に用いられる希少金属の採掘および精錬に占める中国の割合を見ると、中国は採掘ではグラファイト(黒鉛)を除く希少金属の多くを他国に依存するものの、精錬ではニッケルを除いて世界最大となっている。
また、企画・開発や販売・保守といった付加価値の高い工程を内製化しているため、製品の付加価値全体に占める中国の割合が格段に高いことも3産業の特徴といえる。このことは、パソコンやスマートフォンと比較すると分かりやすい。中国は両製品の世界最大の生産国であるが、中核部品を輸入に依存し、相手先ブランドで世界に輸出する形態が主流である。つまり、中国は付加価値の低い製造・組み立て工程を担っているにすぎないため、製品の付加価値全体に占める中国の割合は低く、それを引き上げることも難しい。
これに対し、3産業は中国企業が企画・開発を担い、自力で中核技術を開発したうえで、自社ブランドで世界販売を手掛けている。つまり、中国は付加価値の高い工程を担っているため、製品の付加価値に占める中国の割合は必然的に高くなる。これは、3産業が半導体のように米国の輸出規制によって発展が阻害される可能性が低いことを意味する。
■輸出は伸び悩み、過剰生産能力が深刻化
3産業は中国経済をけん引する十分な素養を備えているようにみえる。しかし、足元の輸出は低調である。2024年1~11月のEV、リチウムイオン電池、太陽光発電製品を合わせた輸出は、前年同期比▲8.5%の1,272億ドルと、輸出全体の3.8%を占めるにとどまり、伝統的な輸出品である衣類・同附属品の4.5%を下回る。しかも、輸出全体に占める割合は2023年の4.4%から低下した。
この背景には、米政府が2024年5月にベトナムなど東南アジア4カ国からの太陽光発電製品の輸出を中国企業による「迂回輸出」と認定し、関税免除措置を取り消したことがある。これにより、2024年1~11月の太陽光発電製品の輸出は前年同期比▲30.9%の286億ドルとなった。2025年は、ここに欧州委員会による中国製EVに対する関税引き上げが加わることから、3産業の輸出は一段と停滞すると見込まれる。
3産業はいずれも過剰生産能力の問題が深刻であるため、中国は東南アジア諸国などの新興国向け輸出に注力するとみられる。しかし、規模の大きい欧米市場へのアクセスが制限されるため、3産業が経済をけん引するという期待が現実のものとなることはなく、むしろ輸出の停滞により、過剰生産能力の問題が一段と深刻化すると見込まれる。
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