アジア・マンスリー 2025年1月号
中国からベトナムへの生産移転:期待とリスク
2024年12月26日 森田一至
米中対立が激化するなか、ベトナムは中国からの生産移転先としての魅力が大きい。もっとも、ベトナムは供給面にリスクを抱えており、他のアジア諸国や日本などにも生産拡大のチャンスがある。
■生産拠点として高い優位性を持つベトナム
米国政府は、中国への圧力を強めている。2017年から4年間続いた第一次トランプ政権下では、産業保護を目的に多くの中国製品を対象に関税が引き上げられた。さらに、その後のバイデン政権下でも、先端技術産業における米国の競争力維持を目的に、中国への強硬姿勢は継承された。こうした通商政策は、中国をめぐるビジネスのあり方を大きく変化させ、グローバル企業は中国を中心としたサプライチェーンを見直し、中国の生産拠点を他の国・地域に移転させる動きを強めている。
このような流れを受けて、米国の貿易構造は大きく変化している。米国の輸入全体に占める中国のシェアは、2023年に13.9%と、2017年(21.6%)から大きく低下した。これとは逆に、中国以外のアジア諸国やメキシコ、カナダのシェアが大きく上昇している。なかでもベトナムのシェアが大きく上昇しており、中国からの生産拠点の移転が進んでいることがうかがわれる。米国で中国からの輸入が大きく減少した商品のうち、音声・画像受信機ではベトナムからの輸入が最も増加したほか、機械部品やテレビなどでもベトナムからの輸入が大きく増加している。電機産業を中心に、ベトナムは中国に代わるグローバルな生産拠点としての機能を飛躍的に高めたといえる。
サプライチェーン再編の流れは、今後も継続すると見込まれる。米国のトランプ次期大統領は、対中関税の60%への引き上げを主張している。これが実施された場合、すでに関税対象となっている商品で生産移転の動きが一段と進むことに加え、新たに関税対象に加わる商品でも生産移転の動きが生じると考えられる。米国において中国からの輸入が大きく増加した商品の多くは、ベトナムからの輸入増加額も大きく、ベトナム製品が中国製品に対して競争力を持つことが示唆される。仮に、米国政府が現時点で関税率が低い中国製品に高率な関税を課した場合、ベトナム製品は米国の輸入に占めるシェアを中国製品から奪う有力候補といえる。
そもそもベトナムは、米中対立が激化する前から、①安価な労働力、②中国との近接性、③貿易協定の締結などを背景に、中国からの生産移転先として注目されていた。米国が対中関税をさらに引き上げる場合、ベトナムは生産移転先の優位性を増すと考えられる。
■急拡大するベトナムでの製造業生産とそのリスク
もっとも、ベトナムへの急速な生産移転にはリスクもある。とくに、ベトナムは中国と比較して労働力や資本などの生産要素の規模が小さいことから、急速な生産移転が、様々な面で供給制約を引き起こす可能性がある。なかでも、以下3点の制約に注意が必要である。
第1に、労働力不足の可能性である。ベトナムでは人口増加が続いているものの、総人口、生産年齢人口とも伸び率は鈍化している。これまで、ベトナムでは労働集約的な産業の集積が進み、潤沢かつ安価な労働力が投資を惹きつけていたが、労働力の不足が生産拡大の障害になる恐れがある。
第2に、電力供給の問題である。ベトナムの発電能力は近隣諸国と比較して低位にとどまっており、生産移転が急増すると、電力需給がひっ迫する可能性が大きい。発電量が降雨量に左右される水力発電に強く依存していることや、電力インフラ開発計画の整備が遅れていることなどが、今後、電力不足を招く可能性がある。
第3に、輸出の急増による貿易不均衡の拡大である。ベトナム経済の輸出依存度(輸出額対GDP比)は強まっており、輸出額はGDP比で8~9割まで上昇している。ベトナムの対米貿易黒字が大きく増加していることを受けて、米国政府は、2024年11月に公表された財務省為替報告書で、ベトナムを為替操作監視リストに入れた。米国が通商圧力を一段と強める場合、ベトナムの対米輸出が制約される恐れがある。
■ベトナム以外の国・地域にも生産移転の可能性
仮に、ベトナムの供給面の制約が顕在化した場合、他の国・地域にとっては企業誘致のチャンスが生まれる。米国による中国からの輸入増減上位20品目を対象に、各国・地域からの輸入増加額の順位を採り、1位=10点、2位=9点、…、10位=1点、としてスコアリングを行った結果を示した。これは、生産移転の優位性を示すものである。対中輸入が減少している商品については、これまでの生産移転による恩恵をどの国が得たかを示しており、ベトナム、タイ、マレーシアが中国からの生産移転の恩恵を受けてきたことが示されている。一方、対中輸入が増加している商品のスコアは、今後、関税引き上げにより中国の競争力が失われた際の、生産移転先の有力候補を示している。これによると、アジアでは台湾、タイ、マレーシア、インドなどが、電子機器を中心に生産移転の恩恵を受ける可能性があるほか、日本も蓄電池関連製品などの分野で生産移転の有力な候補となり得る。
当面、グローバル企業にとっては、ベトナムが中国の代替生産拠点として有力な選択肢となるものの、ベトナムが抱える供給面の制約も考慮に入れると、他のアジア諸国・地域や日本も生産拠点の移転先候補になるといえるだろう。
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