コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

雪という天からの手紙を、子孫に届ける

2024年12月10日 山本尚毅


 冬のある日、ふとんのなかで目を覚ますと、妙に静かである。起きあがって、障子を明けると、昨日までとは見違える景色が広がっている。

 「雪」が降ったのである。

 一夜にして、景色が真っ白になる雪化粧。驚きと同時に目に入るまぶしさを感じる。昨日までとまったく同じ場所にいたとは思えない景色の移り変わりである。

 四季に恵まれた日本に住む私たちは、この白銀の奇跡に毎年立ち会うことができる。齢を重ね、四季のリズムに心身が馴染みだすと、初雪は恒例行事となり、感動するより先に、積雪に伴う予定変更や交通事情で思考が埋め尽くされる。生活におけるトラブルの種や面倒なものになっていく。ただ、暖かい室内で打算的なことを頭で考えていたとしても、外に出れば雪一色で覆われている景色に目を奪われ、誰の足跡もない道にわくわくしながら、いつもと違う足元の感触を味わい、雪を踏む足音のリズムに耳を傾けつつ、滑らないようにとへっぴり腰でドキドキしながら歩く。

 雪が降った日の布団から起き上がり、外に出るまでの何気なく流れる時間は、雪を求めて世界中から日本の冬にやってくるインバウンド客にとって、贅沢に思える日常だろう。

 雪のある日常が非常に贅沢な体験であると、認識できるようになったきっかけは大学の卒業旅行であった。当時は札幌に住まい、毎日のようにスキー場に通っていた。その反動で、正反対の体験をしようと、エジプトの白砂漠・黒砂漠のツアーに参加した。神秘的な自然の造形、砂と青空コントラスト、ベドウィンの家で地元の家庭料理を食べ、砂漠の上に寝っ転がり、地平線まで広がる星空に囲まれながら、眠りについた。日本には存在しない広大な砂漠の景色を全身で体験したことは20年を過ぎたいまでも思い出す出来事となった。

 旅の後、スキー場に通う外国人旅行客へのまなざしが変わった。旅行以前は、スキー場のゴンドラで頂上まで上り、そのままゴンドラで下山する人たちを見て、なぜスキー場に来ているのに、滑らないのだろうかと不思議に感じていた。しかし、砂漠旅行を終えた後には、「雪が降ってくる一番近くにまで近づこうとしているのかもしれない」、「極上のパウダースノーに触れたいのかもしれない」「極限の寒さを肌身で感じ取りたいのかもしれない」と視点を変え、想像が働くようになった。要するに、自分の生活圏では見ることができない砂漠に好奇心のみを動機に行きたいと思ったように、降雪のない地域に住む人は雪に対し「未知への好奇心」で来ているのだと。

 天然雪という自然の恵みは、ゲームや映像・AR・VRなどのバーチャルの世界はもとより世界で増加している人工雪を利用したスキー場でも、再現は難しい。むしろ、フェイクに触れる機会が増えることで、より本物を求めるようになるだろう。特定の土地、限定の季節でのみ味わえる特別な経験である。

 しかし、気候変動の影響で雪は地球上から姿を消しつつある。日本では、今後の世界平均気温が4℃上昇シナリオ(RCP8.5)で推移した場合、年最深積雪(一冬で最も多く雪が積もった量)と降雪量は、21 世紀末と20 世紀末と比べると、全国平均ではいずれも 約70%減少すると予測されている。また、気温の上昇に伴い雪が雨に変わるため、現在と比べて雪が降る期間が短くなると予想されている。フランスでは「2100年頃に1.5~2度の気温増加でフランス全体のスキー場の60%のコースが滑走不可能、4 度の気温増加で90%が不可能」との研究が発表されている。(4度上昇シナリオであっても、厳冬期に十分に気温が低く降水が降雪となる地域では、大気中の水蒸気の増加に伴い降雪はむしろ増加することが見込まれている。ユーラシア大陸東部や北米大陸北部に加え、北海道山岳部が該当する)

 雪の恵みを楽しんできた人としては想像したくない未来が待っている状況において、プロスノーボーダーの知人は気候変動に対するソーシャルかつ政治的なアクションを行い、雪山をともに滑り巡った友人は自然や雪の魅力を映像で伝え、同僚の若手コンサルタントは、雪のエネルギー価値を見出そうとしている。

 このような取り組みが活性化していることを考えたとき、雪に特化したサステナビリティやインバウンドの取り組みを体系化する新たなシンクアンドドゥタンクがあってもいいのではないだろうか。その先達となる組織として、昭和8年に設置された旧農林省積雪地方農村経済調査所(以下、雪調)がある。雪調は雪害に苦しむ農村の救済・更生を担う機関として、一般農家経済に関する調査研究と改善指導、副業農村工業の振興、雪の科学的研究に取り組んだ。
 雪調が設立された当時から生活が豊かとなり、地球環境が変わった。今の時代に研究の軸となるのは「雪の希少性」ではないだろうか。希少になるがゆえに今後も雪を目的に訪日客の増加が見込まれる。いっぽうで、起こりうる積雪減の未来への適応策を同時に検討する必要がある。この状況下で、雪の感性価値の研究、氷雪熱エネルギーの研究、積雪と地価の関係、降雪地域の除排雪とモビリティ、雪と学びのエクスペリエンスデザイン、スノーコミュニティ発の気候変動緩和に向けたソーシャルアクション、雪と共に暮らす文化と営みの記録、過去と未来をつなぐ雪のビッグヒストリーなど、多岐にわたる調査や活動が考えられるだろう。

出典:
気象庁| 日本の気候変動2020 —大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書—
SUSTAINABLE RESORT ALLIANCE | POW JAPAN:


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ