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【人的資本経営ステークホルダー調査 ―「対話」としての人的資本開示―(2024年度)】
第5回 人的資本情報の認知・利活用動向に関する定量調査(後半)

2024年11月21日 方山大地、髙橋千亜希下野雄介國澤勇人


1.はじめに
 「日本総研 人的資本経営ステークホルダー調査」第5回となる本稿では、「人的資本情報の認知・利活用動向に関する定量調査」(以下、本稿において「今回の調査」)の後半部分について紹介する。なお、掲載回と各調査との関係は以下のとおりである。

図表1 日本総研 人的資本経営ステークホルダー調査の構成
 第1回調査の背景・概要
 第2回人的資本の投資対効果の開示に関する実態調査
 第3回投資家インタビュー
 第4回人的資本情報 認知・利活用状況調査(前半)
 第5回(本稿)人的資本情報 認知・利活用状況調査(後半)


2.今回の調査の概要
 今回の調査は、企業が対外発信する人的資本情報を、各種ステークホルダーがどのように認知・活用しているか、その実態を把握するためにアンケート形式で広く調査したものである。前回は、ステークホルダーの人的資本情報への全般的な関心や具体的な参照指標について確認してきた。
 本稿では、ステークホルダーが人的資本情報を確認する際に活用している媒体の傾向や、昨今注目が集まっている人的資本投資対効果などの「法定開示+α」に対するニーズに焦点を当てる。有価証券報告書の人的資本開示内容を検討する現場からは、「ステークホルダーは有価証券報告書において開示されている人的資本情報をどの程度見ているのだろうか?」という問いかけを耳にする。そこで今回の調査では、ステークホルダーがどの媒体を重要視しているのか、そして「法定開示+α」の内容にどの程度のニーズを有しているのかを紹介する。そして、今回の調査内容を総合して、対ステークホルダーという観点から、企業が今後人的資本開示をどのように捉えることが望ましいかを述べる。

3.人的資本情報の参照媒体
 ステークホルダーは、人的資本情報をどのような媒体で把握しているのだろうか。今回の調査では、上場企業が一般的に開示を行う媒体として「何を参照しているか」を確認した。結果は図表1のとおりであり、ステークホルダーは有価証券報告書だけでなく、統合報告書や中期経営計画などさまざまな媒体を通じて人的資本情報を把握している。
シーン別に見ると、自社や同業他社の人材・組織に関する情報を確認するシーンにおいては中期経営計画を選択する比率が高く、「経営戦略・事業戦略と人材戦略の連動性が特に注目されている」という前半の結果を裏付ける形となっている。また、転職先や就職先の人材・組織に関する情報を確認する際、採用ページが最も参照されていることは予想どおりの結果であるが、採用ページ以外のウェブサイトまで含めると、その割合は新卒では60%にのぼり、企業のホームページの重要性は無視できない。
上記の結果を踏まえると、ステークホルダーによって人的資本情報の有力な参照媒体は異なってくると考えられる。例えば、就職先の人材・組織に関する情報を確認するステークホルダー、すなわち学生や転職希望者にとっては対象企業の採用ページやウェブサイトが有力な参照媒体となる。一方、投資先の人材・組織に関する情報を確認するステークホルダー、すなわち投資家にとっては有価証券報告書や中期経営計画が有力な参照媒体となる。このことから、もはや人的資本は「有価証券報告書で、投資家向けに最低限の情報を開示しておけば良い」という時流ではないと言えるだろう。外部からの人材採用、社内人材のリテンション、投資家との対話、これら全体を意識しながら、読み手となるステークホルダーにとって適した媒体で、必要な情報を開示していくことが求められている。



4.これから求められる付加的な人的資本情報開示
 ここまでは、有価証券報告書・統合報告書・中期経営計画など、企業が人的資本情報として一般的に開示する事項についての調査結果を紹介した。最後に、近年一部の企業で開示されている付加的な人的資本開示項目に対して、ステークホルダーがどの程度ニーズを持っているかを確認する。
 図表2は、一部の企業で人的資本情報として開示されている事項ごとに、その必要性を5段階(必要性が非常に低い~必要性が非常に高い)で尋ねた結果を表している。この結果を見ると、どの事項も「必要性が高い」「必要性が非常に高い」の合計回答割合が50%を超えており、大半のステークホルダーがこうした人的資本情報を求めていることが分かる。
 このうち、例えば「人的資本投資に対する効果」や「人的資本投資から企業価値向上につながるストーリー」については、人的資本投資が企業の人材ひいては業績にどのようなインパクトをもたらすかをある程度モデル化して示す必要があり、多くの企業にとってはハードルの高い開示事項である。とは言え、こうした投資対効果や企業価値向上に向けたストーリーを示すことでステークホルダーから高い評価を得られる可能性があるだろう。



 人的資本情報開示が注目を集めるようになってから数年経過し、ステークホルダーも企業の人的資本のより深い部分、特に「経営戦略の遂行に必要な人材が揃っているか(揃えるための体制が整っているか)」「人的資本投資が企業価値の向上に何らかの形でつながっているか」という点に関心を持つようになってきている。そのため、企業は一般的な開示事項を並べるだけではなく、より自社の人的資本の競争力を訴えかけるような開示が求められるようになってきていると言える。

5.まとめ
 今回の調査の結果を踏まえ、対ステークホルダーという視点から人的資本開示を捉えると二つの重要な潮流が見えてくる。
 第一に、従来人的資本開示は対投資家・求職者を意識して実施される傾向にあったが、対従業員という視点も意識しておく必要があるという点である。人的資本開示を巡る実務の現場では、「投資家や求職者に評価されるような開示を実施したい」というニーズが根強いと感じられ、それ自体は間違いではない。しかし、調査結果から見えてきたのは、自社の人的資本開示を意識・確認している自社の従業員の姿である。企業の現場では、「経営戦略と連動した人材戦略を示さないと特に投資家からの評価が落ちるのではないか」という懸念が多いと想像するが、この点は自社の従業員も意識している。ただし、従業員は経営戦略と人材戦略の連動性を厳密に確認しているというよりも、むしろ経営戦略を実行する上で従業員がパフォーマンスを発揮できる環境になっているかどうかを確認していると言える。参照している具体的な指標の多くが、従業員満足度やコンピテンシー・資格保有状況になっていることからも、そうした傾向がうかがえる。そのため、今後企業が人的資本開示を検討・実施する際、自社の従業員向けのコミュニケーションという視点も取り入れていくことが望まれる。
 第二に、ステークホルダーは、法定開示として求められる有価証券報告書上の人的資本開示以外にも、強い関心を寄せている点である。調査結果から明らかなとおり、企業の人的資本情報のアクセス先には中期経営計画や企業ホームページも選ばれており、ステークホルダーは有価証券報告書以外からも人的資本情報を得ようとしている。また、実際の開示内容についても、法定開示として定められている人材育成方針・社内環境整備方針・多様性指標のみならず、人的資本投資対効果や企業価値向上につながるストーリーなど、企業の人材に関する取り組みの内実にまで開示ニーズが広がっている。近年、中期経営計画に人材戦略の内容をより具体的に盛り込んだり、企業ホームページに自社の人材・組織を巡る方針を積極的に掲載したりする動きが徐々に広がってきているが、こうした動きはステークホルダーに歓迎される動きであると言える。
 人的資本開示の義務化から2年目を迎え、単に「開示すれば良い」状況は終わり、ステークホルダー側の視点も当初企業側が想定していたものと変わってきている。ここで紹介した調査結果も踏まえ、企業は改めて「誰に対して、自社の人的資本のどのようなポイントを重点的に開示していくべきか」を考えることが求められる。

以上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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