アジア・マンスリー 2024年11月号
韓国中央銀行、追加利下げに慎重
2024年10月28日 呉子婧
韓国銀行は10月、4年5カ月ぶりに利下げを実施した。もっとも、今後については不動産市場の再過熱や家計債務の累増への懸念が強く、韓国銀行は慎重な政策運営を行う構えである。 ■インフレ圧力緩和や内需不振を背景に利下げ 韓国銀行(中央銀行)は、10月の定例会合で政策金利を3.25%と、0.25%ポイント引き下げることを決定した。背景として、米国が9月に利下げしたことを受けて韓国通貨への下落圧力が和らいだことが大きい。さらに、以下三つの国内要因も指摘できる。 第 1 に、インフレ圧力の緩和である。9月の消費者物価指数は前年比+1.6%まで低下し、インフレ目標の+2%を下回った。食料・エネルギーを除くコアインフレ率も+2.0%へ低下した。韓国銀行は8月の会合で、2024年通年のインフレ率見通しを前年比+2.5%としていたが、今回会合では若干下方修正されると説明している。 第2に、不動産市場の小康である。昨年はマンションを中心に住宅価格が急上昇したが、政府が賃貸住宅供給の拡大や融資規制の強化を進めてきたことから、価格高騰は落ち着きつつある。具体的にみると、政府は、2035年までに、長期賃借が可能な民間賃貸住宅を10万世帯分以上供給する計画を発表した。また、9月からは「2段階ストレスDSR(Stressed Debt Service Ratio:総負債元利金返済比率)」規制措置が施行され、すべての家計に対する貸出金利に最大0.75%ポイントのストレス金利が加算されることとなった。銀行には家計貸出のDSR情報を算出・管理する義務も課され、家計への新規貸出が厳しくなっている。8月末時点の金融機関の住宅ローン残高は2015年12月以降で最大となったものの、この措置により、9月以降ローンの取組の増勢は鈍化するとみられる。 第3に、内需の不振である。4~6月期の実質GDPは前期比▲0.2%と、2022年10~12月期(同▲0.5%)以来のマイナス成長となった。内訳をみると、外需が好調だった一方、内需が不振であり、固定資本形成と個人消費がともに減少した。7月以降も、小売販売指数の伸びが低下するなど、個人消費は引き続き軟調である。雇用者数の増勢も鈍化するなど、雇用情勢にもかげりがみられる。さらに、これまでの高金利や物価高の影響で、20歳代を中心とする若年層が経済的な苦境に立たされており、クレジットカードなどの延滞も急増している。2024年7月には債務延滞を示す「信用留意者」として登録された20歳代は6万5,887人に達し、2021年に比べて25%増加している。 ■懸念される不動産市場の再過熱 先行きの追加利下げについては、韓国銀行は慎重なスタンスを示している。李昌永韓国銀行総裁は記者会見で「金融の安定が引き続き重要な政策上の検討事項となるため、(今回の決定は)タカ派的な利下げと解釈できる」とした。また、今回会合では一人の委員が利下げに反対し、金利を据え置くことを提案している。今後の金融政策の見通しについては、委員会メンバーの6人のうち5人が、向こう3カ月間は年3.25%を維持することが適切、との見解を示した。 この背景には、不動産市場の再過熱への警戒感があるとみられる。前述のとおり、不動産市場は全体としてみれば落ち着きつつあるものの、ソウルを中心とする首都圏と地方では不動産市場の状況が二極化している。ソウル市では9月までに分譲マンションの抽選倍率が平均で140倍もの高水準に達した一方、地方では多くの物件で1倍を下回っている。 首都圏の住宅需要を押し上げる構造的な要因の一つとして、教育資源がソウルに一極集中していることが挙げられる。韓国では、居住地域によって上位大学への進学率に明確な差があるため、富裕層は有利な教育環境を求めて首都圏に集まってくる。とくに、2025年からソウル市内の自律型私立高校や外国語高校、国際高校をすべて一般高校に転換する方針が打ち出されたことで、進学校が多い「江南8学区(江南区・瑞草区の小・中・高学区)」の魅力が増しており、住宅需要が急増している。地域間の教育環境格差が是正されない限り、首都圏への人口流入は続き、住宅需給が一段とひっ迫する可能性が高い。そのため、首都圏の住宅価格は、今後も上昇し続ける可能性が高いと考えられる。 ■金融政策の手詰まりで景気後退リスクも 首都圏を中心に高価格帯の住宅を購入するために、多額の住宅ローンを組む家計が増えることも懸念される。韓国の家計は国際的にみても多額の債務を抱えており、その傾向に拍車がかかる可能性がある。韓国の家計債務残高はGDP比で90%台と、4年連続でOECD加盟国のなかで最も大きい。家計債務残高は、借入需要が多いとされる米国などと比べても高止まっており、コロナ禍で拡大した韓国家計の借金体質が、利下げに転じるまでの金融引き締めで十分に是正されたとは言い難い。 市場関係者の間では、韓国の政策金利は2025年に2.55%と、米国に比べて利下げテンポは緩やかになると予想されている。仮に、不動産市場が再び過熱し、家計債務が一段と増大する展開となれば、韓国銀行は追加利下げを見送る可能性が高い。その場合、韓国銀行の政策対応が手詰まりとなることで、低迷する内需を浮揚させることが一段と難しくなる。また、金利が高止まることで通貨の上昇圧力が高まり、頼みの輸出が押し下げられる可能性もある。今後も、都市部の不動産市場の動向が金融政策に及ぼす影響を注視する必要がある。(全文は上部の「PDFダウンロード」ボタンからご覧いただけます)
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