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再生可能エネルギーで顕在化する自然資本・生物多様性リスク

2024年10月08日 古賀啓一


 2024年3月、米国の発電用木質ペレットサプライヤーのエンビバ社が法的再建手続きに入ったことが報じられた。同社は2021年には木質ペレット市場のシェア世界一となっており、米国内だけでなく、欧州においても主要なサプライヤーとなったほか、日本の大手商社とも取引を決めていた。この有数のペレットサプライヤーは、しかし、森林の保護や生物多様性の損失防止、土地の劣化の回復といった問題について、無頓着だったことが指摘されている(Etsuko Kinefuchi, 2024)(※1)。木質ペレットはカーボンニュートラルに寄与するイメージがあり、それがエンビバ社のビジネスの支持につながっていた面もあるが、実態としては、森林資源の毀損や生物多様性の劣化を引き起こすという本末転倒な事態が生じていた可能性があるのである。

 日本国内の風力発電についても同様の問題が起き始めている。2024年8月、滋賀県と福井県にまたがる山林に計画されていた大規模な風力発電事業について、絶滅の恐れのある猛禽類の保護の観点から森林破壊を最小限に食い止めるよう事業の見直しが求められ、風車数の大幅な削減を余儀なくされた。カーボンニュートラルを実現するためには、再生可能エネルギーを増加させることが不可欠だが、生物多様性に悪影響を及ぼしてまでの推進は難しくなっているのである。しかも、生物多様性の場合、猛禽類のようなシンボルになりやすい生物が取り沙汰されるだけではない。実際、今、専門家の間ではコウモリへの悪影響が指摘されているが、これまであまり一般に取り沙汰されることのなかった、誤解を恐れずに言えば“地味な”生物も、生物多様性の観点からは問題となり得るのである。これまで以上に多方面への目くばせが必要になるのが、生物多様性の保全だと言えよう。企業は、生物多様性の観点から、何が事業リスクにつながりうるのかを改めて検討し直す必要がある。

 とは言え、何がリスクにつながるかを端的に示すことが極めて困難なのが、気候変動とは大きく異なる生物多様性の特徴である。気候変動は、どこで排出しても同じ影響が出る温室効果ガスが問題であり、それによって排出量削減と適応策に焦点を絞ることができた。しかし、生物多様性については、影響に対する因果関係が明確になっていない場合が多い上、生物多様性保全のための統一的な目標や施策もつくりにくい。

 生物多様性は、1992年の地球サミットで気候変動とともに条約が締結されるなど、早くから国際的な課題として認知がなされてきた。この間、3度にわたって世界規模の調査研究が行われ、地球上の生物多様性がいかに劣化してきたかも確認されてきた。生物多様性の劣化のスピードは早く、その正確な因果関係の解明を待っていては手遅れになってしまう状況にある。いずれにせよ人々のライフスタイルや企業による資源利用と密接に関係していることは間違いなく、これが、ここにきて生物多様性が急速に注目され、自然関連財務情報開示タスクフォース(※2)(Task force on Nature-related Financial Disclosures、TNFD)をはじめとしたビジネスを巻き込む動きが形成されている理由である。

 2023年10月に開催され、行政のみならずビジネスを含む多様な主体が生物多様性を認識した上で行動に反映する、いわゆる生物多様性主流化を進めることが確認された生物多様性条約COP15。この1年後に開催されることとなったCOP16の開催時期が近づいている(2024年10月21日―11月1日に開催)。COP15で2030年までのビジネスによる影響評価の情報公開促進に合意されていることを踏まえると、COP16ではビジネスを取り巻く世界的な環境整備、例えば自然資本を巡る情報開示のみならず、保護地域を認定し民間参画を促す30by30に関連した施策やグリーンウォッシュを防ぐための規制等が、更に加速化すると考えられる。気候変動もまた生物多様性に大きな影響を与えていることが明らかとなっており、カーボンニュートラルのためにバイオマス発電や風力発電といった再生可能エネルギー導入を推進すべきであることは間違いない。但し、それが生物多様性の毀損を招くものであるならば社会的には支持されない。30年前に同時に条約化された気候変動と生物多様性は、どちらを優先して良いという問題ではないのである。

 自然資本との関係を再認識する過程で企業側のマインドは着実に変化している。TNFDにもとづく開示を宣言・実行した企業は、2024年1月時点の世界320社(うち日本国内80社)から世界426社(うち日本国内114社、2024年8月時点)へと増加した。リスクを認識し適切に対処することで、自然資本・生物多様性と両立した持続可能なビジネスへの転換が急がれる。

(※1)  Frontiers | Burning forests: the wood pellet industry’s framing of sustainability and its shadow places (frontiersin.org)
(※2)  2021年6月に発足した、事業活動における自然資本及び生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価し、開示するための枠組みを構築することを目的とした国際的なタスクフォース。気候関連財務情報開示タスクフォース(Task force on Climate-related Financial Disclosures、TCFD)と整合を取りつつ、資金の流れを変えることを目指す。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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