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アジア・マンスリー 2024年8月号

習近平政権は民間投資を回復させられるか

2024年07月26日 三浦有史


習近平政権は民営企業振興策を打ち出しているものの、その効果はほとんど現れていない。民間投資を回復させるには、将来的な経営環境の改善に対する民営企業の期待を引き上げる必要がある。

■民営企業振興策を「格上げ」
中国では、民営企業の投資(民間投資)の減退が顕著である。2023年の投資の伸び率は前年比▲0.4%と、統計をとり始めてから初めてマイナスとなった。固定資産投資に占める民間投資の割合は、習近平政権が政権のかじ取りを担うようになった2013年の2年後の2015年に64.2%に達したが、その後徐々に低下し、2023年に50.4%となった。固定資産投資に占める民間投資の割合は高く、その減退は経済に深刻な影響を与える。

習近平政権は民間投資を刺激するため、民営企業振興に取り組んでいることを盛んにアピールしている。民営企業振興策の核をなすのは、2023年7月に公布された「民営経済の発展と成長の促進に関する意見」(通称「民営経済31条」)である 。そこには、①市場アクセスの改善、②公正な競争政策の徹底、③資金繰り支援策の拡充、④地方政府の支払いの遅延の防止、⑤財産権の保護、⑥公正な監督体制の構築、といった多様な支援策が盛り込まれた。

「民営経済31条」の最大の特徴は、「做強做優做大」(より強く、より良く、より大きくする)という表現を初めて民営企業に用いたことである。「做強做優做大」は、習近平総書記が2016年末の国有企業党建設全国大会において国有企業に対して用いたもので、中国では同政権の国有企業重視を象徴するフレーズとして認知されている。これを民営企業に用いたことは、同政権が民営企業振興策を「格上げ」し、これまでとは違う熱量で民営企業振興に取り組む政策的意思を示したことを意味する。

しかし、民間投資が回復する兆候は見られない。上海市に拠点を置く界面新聞は、2023年9~10月に413社を対象に民営企業が置かれている状況を調査した 。そこでは、将来の投資計画について、「投資拡大の準備をしている」と回答した企業が14.8%にとどまる一方、「近い将来、投資を増やす予定はない」(20.3%)、「必要な設備投資のみを行う」(39.2%)という、投資に消極的な企業が合わせて6割にも達した。2024年1~5月の民間投資の伸び率を見ても、前年同期比+0.1%と低調である。

■市場の民営企業に対する期待も低下
 民間投資が回復しない背景には、民営企業を取り巻く環境が容易には変わらないと広く考えられていることがある。例えば、「民営経済31条」に盛り込まれた財産権の保護は、1982年末に改正された憲法に明文化されている。約40年が経過した今日でも、それが振興策の一つに挙げられるのは、民営企業が置かれた立場がいかにぜい弱であるかを示す。

また、「民営経済31条」に民営企業を委縮させる要素が含まれていることも見逃せない。それは、政治的・思想的教育の普及による健全な民営企業の成長の促進を図る、とするものである。「民営経済31条」では様々な支援策が列記されているが、支援の対象となるのは経済的にはもちろん、政治的にも優良な企業である。政治的・思想的教育を体現した企業であるか否かは、以前にも増して民営企業の命運を決める重要な要素になっている。

民営企業の先行きに対する不安は、市場でも共有されている。米ピーターソン国際経済研究所(PIIE)は、香港、上海、深圳市場に上場する時価総額の大きい中国企業トップ100社を所有形態別に分け、時価総額全体に占めるそれぞれの割合を計算した。それによると、民営企業の割合が2021年6月末の55.4%をピークに低下し、2023年末には36.8%になり、民営企業に対する市場の期待が低下しているとした。

2021年6月末のピークの前後の民営企業の時価総額の変化を産業別に分解すると、ピークまで全体を引き上げたのは製造業とIT産業であり、その後全体を引き下げたのもやはりこの二つの産業であることが分かる。民営企業の時価総額が減少に転じた2021年は、習近平政権が豊かさを実感できる社会の実現を意味する共同富裕を掲げ、学習塾やIT産業に対する締め付けを強化した時期と重なる。

■鍵は経営環境改善に対する期待
民営企業はGDPの6割、技術革新の成果の7割、都市雇用の8割を占めるため、中国経済を安定的な成長軌道に戻すには、民間投資を回復させることが不可欠である。習近平政権は、2023年9月に国家発展改革委員会内に民営経済発展局を新設し、2024年2月には、民営企業に対して国有企業に劣らない公平な競争環境を提供するための法整備の準備に着手すると表明するなど、次々と新たな民営企業振興策を打ち出している。しかし、「民営経済31条」が投資回復の決定打にならなかったように、一連の民営企業振興策が民間投資の回復に繋がるかは不透明である。習近平政権には、民営企業振興策を着実に実行に移し、経営環境の改善に向けた民営企業の期待を引き上げる、地道な取り組みが求められる。


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