アジア・マンスリー 2024年7月号
中国への逆風とその他アジアへの追い風
2024年06月28日 野木森稔
年後半に中国景気は減速傾向を強める一方、中国以外のアジア景気は生産拠点移転の恩恵などで好調を持続する見込み。ただし、トランプ氏が米大統領に返り咲く場合、アジア景気全体が悪化する可能性もある。 1.2024年は中国を除き景気回復が継続へ (1)輸出は財・サービスともにIT関連がけん引 アジア景気は総じて持ち直している。2024年1~3月期の実質GDP(季節調整値)は、軒並み前期比プラスとなっている。大まかな構図として、高金利などが内需を下押ししたものの、好調な外需がその下押し圧力を相殺している。世界的にIT関連の製品需要が回復基調にある。とくに、需要が旺盛な米国向け輸出がアジア景気全体をけん引している。韓国や台湾はその恩恵を強く受けており、景気回復の原動力となっている。ASEANやインドでも総じてIT関連の需要がけん引役となっている。中国では、春節を中心にコロナ禍で停滞していた国内観光や外食の反動増がみられ、2024年前半の景気は堅調である。さらに、電気自動車(EV)など新エネルギー関連の輸出が大幅に増加しており、景気を下支えした。 (2)先行きの景気は、中国悪化の一方、その他アジアは底堅い見通し 2024年後半の景気は、中国と中国以外のアジア諸国・地域(その他アジア)で明暗が分かれることになろう。中国景気の持ち直しは一時的にとどまり、今後、住宅市場のさらなる悪化や消費マインドの停滞で内需が低迷し、景気は減速する見込みである。米欧では、中国の過剰生産に対する批判が高まるなかで、対中関税引き上げなどの対抗措置が採られており、外需の伸びも低下する見込みである。 中国経済の減速は、アジア経済全体に景気下振れ圧力を課すものの、①IT関連需要のさらなる盛り上がり、②中国からの生産移転に伴う投資の増加、③政策金利の引き下げ開始、の三つの要因が、その他アジアの景気回復を継続させるとみられる。具体的には、次の通りである。 第1に、IT関連需要は今後も力強く推移する見込みである。WSTS(世界半導体市場統計)によれば、半導体売上高の伸びは2025年にかけて2023年の同▲8.2%から大幅な増加に転じる見通しである。背景にあるのはAIに関連したハイテク産業の急成長である。近年、米大手クラウドプロバイダーが急成長しているが、そのサービスにはデータ保存や計算処理だけでなく、AI 機能が組み込まれ、企業を中心にそうしたサービスに対する需要が急増している。そのほか、こうしたIT関連需要の増加がIT・BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)産業といったサービス需要にも好影響を与えている。コールセンター業務だけでなく、ITサポートなどの業務が、インドやフィリピンといったアジアの英語圏で拡大しており、米国向けを中心にその他アジアのサービス輸出を押し上げている。 第2に、中国からその他アジアへの生産移転の動きが強まっていることである。とくに、今年に入って先進国は中国の過剰生産を厳しく批判するなど中国との対立姿勢を強めており、先行き脱中国依存や供給網再編の動きがますます加速すると見込まれる。直接投資・証券投資を通じた中国への資金流入は急減しており、それがASEANやインドに向かう動きが今後本格化し、それら地域の景気を押し上げる要因になると見込まれる。 第3に、金融緩和による景気押し上げである。これまでアジアでは、中国を除いて高インフレが続き、消費などへの下押し圧力も強かったが、足元にかけて、明確にインフレ率は低下傾向に転じている。2022年以降、その他アジアでは、米国に追随する形で政策金利を連続的に引き上げてきたが、2024年後半からは緩和姿勢に転じていくとみられる。2024年末にかけて、台湾、韓国、インドネシア、タイ、インドでは1回、中国とフィリピンは2回の利下げ実施を予想する。こうした金融緩和は、各国・地域の総じて冴えない内需に活力をもたらすと見込まれる。これらを踏まえ、2024年のアジア全体の成長率は前年比+5.3%と、2023年から小幅低下も、コロナ禍前の2019年(+5.0%)を超える安定した経済成長になると予想する。国・地域別にみると、中国とその他アジアで明暗が分かれると予想される。中国の成長率は前年から減速し、政府目標+5%を下回ると見込んでいる。一方、台湾と韓国はそれぞれ+3.6%、+2.7%と輸出の反発を主因に成長率が大きく高まる見通しである。ASEANでも、輸出依存度の高いベトナム、タイ、マレーシアが成長率を高めるほか、インドネシアとフィリピンは利下げの効果が発現する2025年に伸びを高めると予想する。インドは2024年度に+7.8%と、前年度に引き続き高成長が続くと予想する。 2.トランプ・リスク:その他アジアへの追い風と落とし穴 (1)関税引き上げが中国に打撃となる一方、その他アジアに恩恵 先進国では、脱中国依存やそれに基づく供給網再編を目指す動きが広がっており、中国からの輸入比率が低下している。なかでも米国では大きく低下しており、中国に代わってベトナム、台湾、インドなどからの輸入が増加している。2024年に入り、EVなど新エネルギー関連製品における中国の過剰生産への批判が強まり、中国製品への関税引き上げなどの制裁が強化されている。とくに、米国の中国依存度を低下させる動きは加速する一方である。 米国では大統領選を11月に控え、バイデン現大統領が続投するのか、トランプ氏が返り咲くのかに注目が集まっている。どちらが勝っても対中強硬姿勢が続くことに変わりはなく、その方向性に大きな違いはないだろう。しかし、トランプ氏が勝利した場合、対中強硬路線はより強まると考えられる。実際、トランプ氏は、中国の最恵国待遇を撤廃する、中国メーカーがメキシコで生産した自動車に対して100%の関税をかける、といったことに加え、中国からのすべての輸入品に60%以上の関税をかける、という過激な政策の実施を公言している。 トランプ氏が主張する通りの関税引き上げ政策が実行されれば、中国経済は甚大な影響を被ることになる。その経済インパクトを試算すると、中国の実質GDPを▲1.1%下押しし、米国の▲0.5%や世界平均の▲0.3%よりも悪影響が大きくなる見通しである。その結果、米国の輸入に占める中国のシェアは、2015年の21.5%から2025年には10%前後へ急低下すると見込まれる。一方、その他アジアでは、輸出の迂回や代替、さらに中国からの生産拠点移転を通じてプラス効果が生じる見通しである。関税引き上げによって、ベトナムの実質GDPは+1.4%押し上げられるほか、台湾やインドでも小幅のプラス影響となる。多国籍企業は昨今の米中対立を受けて、代替的な生産拠点としてその他アジアを重視する傾向がある。すでに、米国の輸入に占める北米とその他アジアのシェアは徐々に上昇している。バイデン大統領が続投する場合でも中国への逆風、その他アジアへの追い風という流れは続くとみられるが、トランプ氏が過激な政策を実施することになれば、その傾向がより一層強まる見通しである。 (2)その他アジア経済の悪化リスクも もっとも、トランプ氏が政策として強調しているのは対中関税だけではないうえ、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ氏は、批判の矛先を中国だけに向け続けるとは限らない。バイデン政権が推進する友好国との関係強化の枠組み「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)について、トランプ氏は「TPP2」と呼び、製造業や農業に悪影響をもたらすものと批判している。こうしたトランプ氏の保護主義への過度な傾斜は、その他アジアの景気低迷と中国依存を招き、米中対立による経済への悪影響を拡大させる恐れがある。 まず、米国とその他アジアとの貿易不均衡が問題視される恐れがある。トランプ氏は米国の貿易赤字を重要な問題と考えているが、その赤字拡大の相手先はもはや中国以外の国や地域に移っている。とくに、ASEAN諸国では、対ドルでの通貨安や対米貿易黒字の拡大がトランプ前政権時よりも進行している。米財務省の半期ごとに公表する為替報告書では、貿易不均衡の状況や為替介入の実績に基づき、アジアでは日本、中国、台湾、シンガポール、マレーシア、ベトナムが監視対象リストに入っている。貿易黒字や為替操作への制裁としてより高い関税が課される場合、経済は打撃を受ける恐れがあろう。 次に、意図せざる中国依存の高まりが米国との軋轢を強める可能性がある。米国が友好国との関係を軽視することになれば、上述したように、貿易不均衡の拡大が問題視されてその他アジアも制裁対象となるリスクがあり、その結果として、その他アジアにおける意図せざる中国依存の高まりを進める可能性がある。また、中国以外の輸出拠点を求め、その他アジアへの投資を模索しているのは、先進国の在中企業だけでなく、対米ビジネスを展開する中国企業も同様である。すでに、対中関税引き上げの悪影響を避けるために、その他アジアに迂回して輸出を行う中国企業も増え、その他アジア、とくにASEANにとってそれは成長に無視できない規模の投資になっている。 本来、先進国はアジアの新興国に対し、積極的に支援を増やし、お互いの経済成長を追求していくことが期待されるが、トランプ氏の政策は一方的に米国の保護主義を強化するものが多く、新興国の発展を主導するために経済資源を割く可能性は低下することとなろう。さらに、トランプ氏は再生可能エネルギーへの反感を示し、脱炭素推進に重要なインフレ抑制法(IRA)の縮小・廃止の可能性も示している。日本や米国など先進国よる再生可能エネルギー関連インフラへの投資支援である「公正なエネルギー移行パートナーシップ」(Just Energy Transition Partnership、JETP)がインドネシア(2022年11月公表)、ベトナム(同年12月公表)に対して実施されることが発表されているが、こうした支援策が骨抜きにされ、米国とその他アジアとの経済連携が失敗に終わる可能性を高めている。 このように、トランプ氏が再選されれば、中国経済がさらなる景気悪化に直面するリスクがあると同時に、その他アジアでも、供給網再編などを通じた恩恵を上回る逆風に直面するリスクがあることに注意が必要である。(全文は上部の「PDFダウンロード」ボタンからご覧いただけます)
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