大阪府知事が表明した「0歳児選挙権」が話題です。人口減少の中で若い世代に政治的影響力を持たせることを目的に、選挙権を0歳児にまで引き下げ、成人するまでは親が代理で投票することを想定したものです。一方、岸田総理は「親が必ずしも子どものことを考えて投票するとは限らない」と、慎重な検討が必要だと述べました。
この議論には持続可能性をどう捉えるかをめぐる重要なポイントがあります。それは、将来世代のニーズを我々は代弁できるのかという論点です。
持続可能性を本質的に追求するのであれば、現在世代の行動が将来世代に影響を与えてしまうことを前提に、将来世代の存在と生じるだろう影響を考慮して、現代世代に行動変容を求めるべきという考え方が導かれます。では、どのような領域が持続可能性と馴染みやすいと考えられるのでしょうか。「気候変動」は科学的に将来世代への影響が確実視されており、現代世代に行動変容を求めるべきテーマと言えるでしょう。では、「インフラ整備など地域のまちづくり」はどうでしょうか。今後どのようなまちづくりに着手するかは、将来世代に長期的な影響を及ぼすと考えられ、その意思決定において将来世代のニーズを考慮することは本来、望ましいと言えるでしょう。ただ、社会・環境・技術の変化が複雑に絡むことから、「考慮しなければ、どのような影響を与えてしまうか」をイメージし難いのが現実です。気候変動で語られるように、平均気温が上がる、激甚な気象災害が増えるなどと科学的に予測するのが難しいのです。
こうした持続可能性をめぐる広範な課題に対し、デザインアプローチを用いて解決の糸口を探るために、2023年度から武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所の岩嵜教授と日本総研による「次世代中心デザイン」の共同研究が始まりました。この研究は、従来のデザインアプローチで主流の「現在生きている人」ではなく、「未来に生きる人」を中心に据えた方法論を検討するもので、滋賀県長浜市の南長浜地域のまちづくりプロジェクトで実践されました。
次世代中心デザインは、以下の3ステップで進められました。まず、未来に生きる人を想像し、次にまち特有の要素を抽出し、最後に未来のまちをデザインするという流れです。
1. 未来に生きる人を想像する
人間中心のデザインアプローチでは、ペルソナと呼ばれる架空のユーザー像を設定することが一般的ですが、次世代中心デザインでは、未来のペルソナを設定します。未来ペルソナの設定にあたっては、地域の有力者や地域住民の声を聞いたとしても、果たして将来に生きる人を前提として意見を表明しているかはわかりません。
そこで、2つのリサーチ結果をもとに未来ペルソナを設定しました。1つは住民インタビューで、若者層を中心に住民の価値観や重要視する事項を抽出しました。もう1つは未来洞察で、社会・技術・環境の変化の兆しを様々な情報媒体から抽出しました。これらの結果から、未来の南長浜地域における生活や価値観の変容を想定し、未来ペルソナの項目として日常生活や価値観、楽しみごとや困りごと、将来像などを設定しました(図表1)。

(出所) 長浜市役所HP
2. まち特有の要素を抽出する
次は、デザイン対象となる“まち”の検討です。“まち”の構成要素は多様で漠然としており、検討は容易ではありません。そこで、次世代中心デザインでは、「資本」の概念を導入しました。ここで定義する資本とは、金融資本だけでなく、人々の豊かさの源泉となる蓄積されたもの(ストック)をカバーしようとしました。具体的には、人工資本、自然資本、人的資本、社会関係資本の4つに分類して検討しました。
人工資本はインフラ、公共施設、住宅、工場などを指し、自然資本は森林、河川、農地、漁業資源などを指します。人的資本は人口、教育、スキル、健康などを含み、社会関係資本は信頼関係、社会規範、人のつながり、制度などを含みます。
まち特有の資本を抽出するために、2つのリサーチを行いました。1つは地域にある既存の資本のデスクリサーチです。もう1つは住民インタビューで、住民にとっての豊かさを生み出している潜在的な資本を抽出しました。
3. 未来のまちをデザインする
未来ペルソナの視点に立って、未来に残していきたい資本と新たに獲得したい資本を検討しました。現在を生きる我々が未来の人にとって重要なものを特定するのは簡単なことではありませんが、未来ペルソナがあることで、検討会議のメンバーが自分の視点ではなく未来ペルソナの視点で議論していたのが印象的でした。
次に、未来ペルソナと資本の関係性、および資本間の関係性を明確にし、未来エコシステムマップを作成しました。これにより、未来の地域にとって重要な資本が何なのか、理解を共通化することができました(図表2)。
2023年度の南長浜プロジェクトでは、中長期のまちづくりコンセプトを策定することをひとまずの目的としていました。未来エコシステムマップをもとに検討会議メンバーで議論し、最終的に「まじわり、未来がそだつまち」というコンセプトが策定されました。

(出所) 長浜市役所HP
今後、長浜市では、このコンセプトや未来エコシステムマップに基づいて、行政として連携可能な点を複数定め、ビジョン検討や具体的アクションの検討を行う予定です。それにはハードの整備だけでなく、ソフトな施策も含まれることが想定されます。具体的アクションの実践にあたっては、企業との連携も期待されています。地域のニーズとマッチする事業を有する企業にとっては、本業を通じて将来世代の豊かさの実現に貢献するような社会的価値創出ができるでしょう。
次世代中心デザインの手法は、他の地域や分野でも活用が期待されます。特に、将来世代の視点を取り入れることで、持続可能な社会の構築に向けた具体的な施策を見出すことが可能になります。自治体だけでなく、社会的価値創出を目指す企業が活用する場面も想定されます。
本稿で掲載できなかった、未来ペルソナや未来エコシステムマップの具体事例は、長浜市HPに掲載している関連資料

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。