JRIレビュー Vol.5,No.116
地方自治体におけるデジタルID への取り組み動向
2024年06月19日 野村敦子
デジタルIDは、インターネットなどのデジタル空間において身分や資格を証明する方法であり、本人の実在性について確認する「身元確認」と行為の当人性を確認する「当人認証」からなる。デジタルサービス提供時に安全・確実に本人を証明する手段としてデジタルIDを導入することにより、時間やコストの削減、詐欺や不正の防止、製品やサービスの収益機会の拡大、労働生産性の向上などの効果が期待される。わが国が目指すSociety 5.0の実現においても、不可欠の要素とされる。新型コロナ禍を経て経済・社会のデジタルシフトが一段と加速するなか、わが国ばかりでなく世界各国においても、デジタルIDの研究開発や社会実装が進展している。
マイナンバーカードは、国が発行する公的な本人確認手段の一つであるが、対面ばかりでなくデジタル空間においても公的個人認証により本人であることを証明できる。そこで、政府はマイナンバーカードを「デジタル社会のパスポート」として、官民の様々なサービスで利用を広げることを展望している。もっとも、本人確認のための電子証明書の共有やスマートフォンでの利用などで課題があるほか、マイナンバー・マイナンバーカードに対する国民の誤解や不信感も重なり、官民の多様なサービスに利用を拡大することは、現状では困難である。
こうした状況下、各地でデータを収集・活用して地域の経済や社会の課題解決、住民向けサービスの拡充などに役立てようとする取り組みが進んでおり、その一環として地域独自のデジタルIDを導入する動きが登場している。広域自治体では大阪府が、府域全体を対象とするデータ連携基盤「ORDEN」を構築、「mydoor OSAKA ID」を導入し、重複コストや地域間格差の解消を図ろうとしている。大規模自治体では、群馬県前橋市が地元関連企業と連携して「めぶくID」を開発・導入するとともに、他の自治体への横展開を進めている。中小規模自治体では、福島県会津若松市が「会津若松+ID」を通じて、住民一人ひとりに寄り添うサービスの実現に取り組む。
先行事例に共通する点としては、①トラストアンカー(信頼の基点)としてのマイナンバーカードの活用、②市民のオプトイン(本人の同意)を前提とした情報・データの共有と連携、③パーソナライズ化されたサービスの提供、④利便性を高める観点からスマートフォンでの利用の推進、⑤他地域への横展開、の5点を指摘できる。一方で、地域それぞれの事情や方針により、デジタルIDの開発・運用主体や、IDの発行方法、認定電子証明書の有無など、デジタルIDの性質が異なっているところも、特徴として指摘できる。
今後も日本各地でデジタルIDの取り組みが進むと考えられるが、重複投資やベンダーロックイン、普及阻害などを回避するために、①異なるサービス・システム間での相互運用性の確保、②デジタルID関連サービスに参画する事業者の信頼性の担保、③データガバナンス・個人情報保護の徹底、④地域間格差の解消、などに留意していく必要がある。これらの課題を解決し、デジタルIDの基盤や共通ルールの整備をしていくうえで、国が果たす役割は大きい。
なお、地域の事情に即した独自のデジタルIDエコシステムを育みつつ、共通のルールや規範を策定し、利用者にとってはどの地域でもストレスなく安全・安心にこれを利用可能な環境としていくうえで、EUの「欧州デジタルIDウォレット」が参考になろう。
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