コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2024年6月号

アジア経済におけるトランプリスク

2024年05月29日 呉子婧


トランプ氏再選の場合、厳しい対中政策が中国から中国以外のアジアへの生産拠点の移転を加速させよう。ただし、複数のアジア地域は、巨額の対米貿易黒字をトランプ氏に問題視される恐れもある。

■トランプ氏再選なら対中強硬路線は強化、中国以外のアジアに恩恵も
本年 11 月 5 日に予定されている米国大統領選挙では、共和党の候補者としてトランプ前大統領、民主党の候補者としてバイデン大統領が出馬する見通しである。両氏の支持率の差は縮小しているが、依然としてトランプ氏の支持率がバイデン大統領を上回っている。

トランプ氏が大統領に再選された場合、前任時以上に保護主義的な政策が採られると見込まれ、なかでも中国に対する政策は厳しいものとなる可能性がある。トランプ氏は公約として中国からの輸入品に対して 60%を超える関税を課すほか、中国の「最恵国待遇」を撤回することを掲げている。これらの政策が実現した場合、中国経済は対米輸出の減少などを通じて大きな打撃を受けることが避けられないであろう。

貿易取引に狙いを定めた対中強硬政策は、2017 年から4年続いたトランプ前政権下で実行された。2018 年と 2019 年に米国は中国からの輸入品に対して最大 25%の追加関税を課すなど、米国内の産業保護を目的に多くの中国製品の関税を大幅に引き上げた。こうした関税政策は対中ビジネスのあり方を大きく変化させ、グローバル企業は中国を中心としたサプライチェーンを見直し、生産拠点を他の地域に移転させる動きを強めた。その後、バイデン政権下では先端技術産業を中心とした経済安全保障が通商政策の中心となり、中国を西側経済圏から切り離す機運が高まったことから、トランプ前政権時に始まったサプライチェーン再編の動きは加速している。

このような流れを受けて米国の貿易構造は変化している。米国の輸入全体に占める中国のシェアは 2017 年の 21.6%から 2023 年の 13.9%に大きく低下している。逆に中国以外のアジアや北米のシェアが大きく上昇しており、なかでもメキシコのシェアが最も大きく伸びたほか、韓国、台湾、カナダ、ベトナムのシェアも上昇している。この背後には、中国製品がこれらの国・地域を経由して輸出されたほか、中国からこれらの国・地域に生産拠点が移転したことがある。トランプ氏の再選で保護主義的な政策が強化されれば、グローバル企業は中国を避ける動きを一段と強め、生産拠点の移転先として北米だけでなく中国以外のアジアへの注目がさらに高まると予想される。

■中国以外のアジアにも大きなリスク
もっとも、「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げるトランプ氏は、中国以外の国に必ずしも友好的とはいえず、貿易に関連して以下の三つのリスクがある点には注意が必要である。

第一に、関税引き上げである。トランプ氏はすべての国の輸入品に一律 10%の関税を導入することを示唆しており、これまで以上に自国産業の保護を強める見通しである。

第二に、対米貿易黒字国・地域に対する制裁である。米国の貿易取引構造は大きく変化しており、米国の貿易赤字に占める中国のシェアは2019年から 2023 年の平均で 32%と、2015 年から 2018年平均の 48%から大きく低下している。一方、カナダ・メキシコなどの北米地域やASEAN5 のシェアが急拡大している。貿易不均衡の是正を強く求めるトランプ氏はこれらの地域に強い圧力をかける恐れがある。実際、2020年の大統領退任間際にトランプ氏はベトナムからの輸入製品に対して制裁関税を課すことを提案した。

第三に、通貨安に対する制裁である。ドル高を嫌うトランプ氏は通貨安が進むアジア諸国・地域を為替操作国に認定する可能性がある。米国財務省は半期ごとに公表する為替報告書で、①年間 150 億ドル以上の対米貿易黒字、②持続的で一方的な為替介入(過去 12 カ月間のうち 8 カ月以上の介入、かつ GDP 比 2%以上の介入総額)、③対 GDP 比 3%を上回る経常黒字のうち、三つとも当てはまれば為替操作国の検討対象に、二つ当てはまれば「為替操作監視対象リスト」に指定している。現在、アジアでは、中国、台湾、シンガポール、マレーシア、ベトナムが監視対象リストに名を連ねている。仮に、為替操作国に認定されれば、制裁関税が課される可能性が高い。2019 年 8 月にトランプ前政権は何の前触れもなく中国を為替操作国に認定したことを踏まえると、貿易上の対立が生じた場合、米国は基準を無視してリスト入りや操作国に認定する可能性もある。

以上のように、トランプ氏が再選された場合、対中強硬政策が中国以外のアジアに生産拠点の移転などの恩恵をもたらすことが強調されがちであるが、マイナス面の影響も大きい。とくに、米国の貿易取引を巡る環境が変化していることを勘案すると、複数のアジア諸国・地域が制裁対象となるリスクもある。さらに、トランプ氏を巡るリスクの重要なポイントは、政策に関する予見性が低下し、思いもよらぬ事案が突発的に発生することである。上記以外にも経済に悪影響が及ぶ潜在的なリスクが多く潜んでいる点には注意が必要である。

(全文は上部の「PDFダウンロード」ボタンからご覧いただけます)
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ