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ひとり暮らし高齢者とのコミュニケーションをDXで

2023年12月12日 齊木大


 介護業界からの離職が入職を上回り、厚生労働省の調査(※1)の結果、「社会保険・社会福祉・介護事業」の入職超過率(入職率から離職率を引いた数値)がマイナス1.6%、と初めて減少した。ただし、同調査の結果を詳しく見ると、コロナ禍による業容縮小からの急速な立ち直りを示す「宿泊業、飲食サービス業」の入職超過率が全産業で最大(+7.8%)となっており、この業界に雇用が引き寄せられた影響で介護業界の入職超過率が一時的にマイナスに転じたものと考えられる。
 しかし、これからの高齢化の進展に伴う介護需要の伸びを考慮すれば状況は厳しい。介護人材の需要について厚生労働省が2021年度に示した将来推計では、2025年度に約280万人(2019年度対比約32万人増)の介護職が求められ、単純計算すると年間約5.5万人の増加が必要とされる。一方、先に挙げた令和4年雇用動向調査では「社会保険・社会福祉・介護事業」は約6.3万人の減少であり、求められる水準の人材確保がより困難な状況にあることが分かる。

 さらに、介護従事者の高齢化も課題だ。高齢従業者の割合が最も大きいホームヘルパーでは全従業者の26.3%を65歳以上の従業者が占める(※2)。つまり今後は、在宅ケアの従事者が、年齢を理由に大きく減少する可能性を見込んでおかねばならないのである。
 在宅ケアを担う従事者の減少は、在宅ケア体制の脆弱化と高齢者一人ひとりに関わるケア時間の減少を意味する。とりわけ、ひとり暮らし高齢者にとってコミュニケーションの頻度の減少が懸念される。他者との交流頻度が月1回未満の高齢者は、1日1回程度の交流がある高齢者と比べて死亡リスクが約1.3倍になるという研究報告(※3)もあり、高齢者の健康維持にとって他者との交流は極めて重要だ。

 また、コミュニケーションの頻度の減少は、高齢者本人が抱く想いやその先の生活の意向を捉えにくくなるという懸念にも繋がる。ACP(アドバンスト・ケア・プランニング)あるいはリビングウィルと言われる「医療や介護が必要になる前に自らの意向を表明し、その意思を貫徹できるようにすること」は、本人が望む生活を全うするうえで何より重要だ。しかし、令和4年度に実施された調査では、国民の43.8%が人生の最期を「自宅」で過ごしたいと希望しているが(※4)、「自宅」で死亡した割合は全体の17.4%に留まる(※5)など、必ずしも本人の意向・意志が反映されていない。
 この背景の一つには、人手不足により在宅ケアに携わる従事者が高齢者本人との十分なコミュニケーションが取れない事情があるだろう。実際、医師看護師、ケアマネジャーの20~25%が「担当する患者・利用者と人生の最終段階の医療・ケアについて、十分な話し合いをほとんど行っていない」状況にあるといわれる(※6)

 つまり、単身で暮らす人を筆頭に、高齢者とのコミュニケーション機会を維持したり増やしたりすることが、これからの在宅ケアにおいて解決すべき重要な課題である。コロナ禍の期間中、在宅ケアではケアマネジャーによる定期的な面談がリモートで実施された。リモートによる面談は、高齢者本人が対話可能であれば、移動時間の短縮などの負荷を軽減できことが判った。さらに最新の技術を活用すれば、対話AIを活用したコミュニケーションの機会を創出することも可能だ。AIを活用すれば高齢者本人の状況に合わせたコミュニケーションを、高頻度に実現できる。頻度が増えれば、健康や介護予防の話題だけでなく、生活全般のさまざまな話題、例えば最近の楽しみや関心、将来の生活に対する想いなどを捉えることができる。

 介護分野におけるデジタル技術活用への期待は、こうした文脈からも見いだせる。DXの本質は、業務負荷軽減に留まらず、より価値の高い機会の創出に繋げることであり、その活用は介護従事者が急減するこれからの在宅ケアにおいて必要不可欠な取り組みとなるだろう。

(※1) 厚生労働省「令和4年雇用動向調査」結果
(※2) 公益財団法人介護労働安定センター 令和4年度「介護労働実態調査」結果
(※3) 斎藤雅茂、近藤克則、尾島俊之、平井寛、”健康指標との関連からみた高齢者の社会的孤立基準 – 10年間のAGESコホートより”, 日本公衆衛生雑誌 2015; 62(3): 95-105, doi:10.11236/jph.62.3_95
(※4) 厚生労働省第99回社会保障審議会医療部会「令和4年度人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査結果について(報告)」より
(※5) 厚生労働省「人口動態統計(令和4年)」
(※6) 厚生労働省第99回社会保障審議会医療部会「令和4年度人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査結果について(報告)」より

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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