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アジア・マンスリー 2023年12月号

回復の勢いを欠くアジア景気

2023年11月30日 野木森稔


2024 年のアジア景気は引き続き回復するものの、中国経済の減速や高金利・高インフレが逆風となり、勢いを欠く見込みである。中国不動産不況の深刻化や供給網混乱の再来で景気が後退するリスクもある。

1.景気回復も中国経済減速や高金利・高インフレが逆風に
(1)2023 年の景気は輸出依存度の違いで明暗
2023 年のアジア各国・地域の景気は総じて持ち直したが、国・地域によってバラつきがみられた。世界的な財需要の低迷によって、輸出依存度が高い国・地域の経済は苦しい局面が続いた。最近では AI など新技術向けの需要増や IT 関連製品の在庫調整が進展し、韓国、台湾、ベトナムの輸出に改善の兆しがみられるが、これまでの減少を取り戻す力強さはない。

財とは対照的にサービス需要は引き続き堅調であり、昨年から増え始めた海外からの旅行者数は2023 年も増加傾向を維持した。それによる雇用の増加がアジア各国・地域の内需回復に大きく貢献した。

2023 年のアジア全体の成長率は前年比+5.1%と、2022 年の同+4.3%から成長率は高まるものの、7 月時点の予想(同+5.3%)から小幅に下方修正する(右下表)。財輸出の依存度の高い台湾の成長率が+1.1%(2023 年 7 月時点の見通し:+1.8%)、ベトナムが+5.1%(同+6.2%)と、それぞれ下方修正している。中国は昨年末のゼロコロナ政策の解除で大きな反発が期待されたが伸び悩み、+5.3%(同+5.6%)にとどまる予想である。一方、インドネシアは+5.0%(同+4.9%)、インドは+6.3%(同+6.3%)と、内需の回復が支えとなり想定通りに力強く回復している。

(2)2024 年は三つの要因が景気の重しに
2024 年のアジア経済全体の成長率は前年比+4.8%と、中国の成長率(同+4.4%)低迷が影響し、2023 年から減速すると予想する。NIEs の成長率は+2.1%、ASEAN5 は+4.9%と前年から加速すると見込むが、コロナ禍前(2017~19 年平均:+2.7%、+5.3%)をそれぞれ下回る伸びにとどまる見通しである。一方、インドの成長率は+6.7%と、コロナ禍前(同+5.7%)を超える安定した伸びを予想している。アジア全体として成長率は伸び悩む見込みであり、以下の三つの要因が景気を下押しするとみる。

第 1 に、中国経済の低迷である。財輸出は最悪期を脱したものの、引き続き本格的な回復には至らないとみる。さらに、深刻化する不動産不況が中国内需を低迷させることで、アジアの財・サービス輸出を下押しする可能性が高い。韓国、台湾、ベトナムを中心に IT 関連製品のグローバルな需要回復が輸出を押し上げることが期待されるものの、これらの国・地域では中国依存度が高く、その好影響を相殺する見込みである。また、アジア各国・地域への中国人の旅行者数は徐々に増加しており、コロナ禍前に戻りつつあるが、元安や所得環境の悪化でかつてのような現地での旺盛な支出は期待できない。そのため、2023 年の景気をけん引したインバウンド需要は頭打ちとなる可能性が高い。

第 2 に、高金利の継続である。アジアでは多くの中央銀行が、米国に追随して政策金利を連続的に引き上げてきたが、米国では 2024 年中に 0.75%ほどの利下げが実施される見込みであり、アジア諸国もこれに追随すると予想される。ただし、国・地域によって利下げの度合いは異なり、政策金利がコロナ禍前の水準には戻らない国・地域も多い。とくに韓国やフィリピンではインフレ懸念などを背景に政策金利が高い水準で維持されると予想され、タイトな金融環境が景気を下押しする見込みである。

第 3 に、インフレ率の高止まりである。中国ではデフレが懸念されているが、その他のアジアの国・地域では引き続きインフレへの警戒感が強い。2023 年に入ってから、インフレ率は低下したが、足元では総じて下げ止まっており、一部の国では再び上昇している。現在、エネルギーを中心に資源価格が上昇しており、ロシア・ウクライナ情勢に続き、イスラエル・パレスチナ情勢の悪化が一段の資源高につながる可能性もある。これに加えて、エルニーニョ現象の発生などを背景とする天候問題が食料品市況を高騰させる恐れもある。

2.中国の不動産不況と供給網混乱の再来がリスク
2024 年の景気は緩やかに回復するとのメインシナリオに対し、不動産市場の悪化を引き金に中国の金融・経済が大幅に悪化するリスクや、東西対立の激化で供給網が混乱するリスクがあげられる。

(1)懸念される中国の不動産市場の悪化
中国では積極的な住宅建設が長らく続き、不動産市場が過熱していたが、足元では急激に冷え込んでおり、地方を中心に住宅在庫が大幅に積み上がっている。人口が減少に転じることも重なり、住宅を中心とする不動産への需要が自律的に好転することは期待しづらくなっている。報道によれば、政府は1兆元の低金利資金を都市部の再開発などに充てる対策を講じることを計画しており、中国版量的緩和とも言われる中国人民銀行による担保付補完貸出(PSL)が再度利用されると見込まれている。これまで住宅需要喚起策は繰り返し行われ、2015~18 年にかけて実施された PSL による貧困地区の再開発支援策は強い効果を発揮し、不動産市場を押し上げた。しかし、今回は支援対象となる地域が狭いことから、政策の規模も小さくなり、当時と同様の効果は期待できない。このような政府による需要喚起策は限界を迎えているとみられ、不動産市場の悪化に対する有効な手立てがない状況である。

不動産市場の悪化が長引く場合、金融機関の経営や地方政府の財政が悪化し、金融システム不安に飛び火する可能性がある。銀行の不良債権比率は2023年 9 月時点で 1.6%と低位にとどまっているが、銀行が毎年 3 兆元もの不良債権処理(資産管理会社(AMC)へ債権売却)を実施していることがその背景にある。実際の銀行経営はかなり厳しいとみられる。中国政府は大手銀行による中小銀行の買収などを通じて、不良債権を巡る金融混乱を未然に防ぎ、銀行預金の取り付け騒ぎなどの社会問題への発展を避けたいと考えられる。しかし、不動産業向け貸出を中心に不良債権が急速に増えており、この状況が続く場合、その損失により経営危機に直面する金融機関も増え、混乱を防ぐことが難しくなる事態も想定される。

さらに、地方政府は土地の売却を重要な収入源としてきたが、不動産市況が悪化していることを背景に減収に陥っている。地方政府が設立した投資会社「地方融資平台(LGFV)」も多額の債務を負っており、破綻リスクが取り沙汰されている。地方融資平台の債務は地方政府の「隠れ債務」とされており、土地収入の減少と地方融資平台の資金繰りの行き詰まりが同時に生じると地方財政を強く圧迫する懸念がある。

このような不動産市場との関連が深い企業・金融機関の経営や地方政府の財政が悪化すると、金融仲介機能の低下や金融市場の動揺などを通じて、中国経済が深刻な打撃を受ける恐れがある。

(2)供給網の混乱がインフレを助長するリスク
2020 年以降、コロナ禍での都市封鎖の実施やロシアによるウクライナ侵攻を背景に貿易取引が混乱し、様々な財の供給が世界的に停滞した。こうした供給網の機能不全は、世界的に経済安全保障の重要性を認識させた。とくに、西側諸国では、中国経済との「デカップリング(切り離し)」や「デリスキング(リスク低減)」が強く意識され、政府と企業が一体となって供給網の再構築を進めている。しかし、再構築の機運は西側諸国と中国との軋轢を生んでおり、その展開によっては、最近落ち着いてきた供給網を巡る混乱を再燃させる恐れがある。

実際、米国を中心とした西側諸国が半導体などの対中取引を規制しており、これへの対抗として中国政府は重要鉱物の輸出規制を強化し始めている。中国は 2023 年 8 月から半導体など電子部品の製造に欠かせない重要鉱物であるガリウムとゲルマニウムの輸出管理を強化している。さらに、10 月からはモーター用磁石などに使用されるレアアースを対象に輸出管理を強化したほか、12 月にはバッテリーに使われるグラファイトもその対象としている。現在のところ、中国政府は西側諸国への対抗措置を輸出管理にとどめているが、対立がさらに激化した場合、中国は圧倒的な世界シェアを持つ重要鉱物を禁輸実施など戦略的に利用し、世界の製造業が多大な悪影響をこうむる可能性がある。

デジタル化やグリーン化で利用される重要鉱物への需要は世界的に高まっており、西側諸国はその中国依存度の高さに危機感を抱いている。西側諸国は強力な政策支援によって、重要鉱物の供給網を再編し、中国依存度を緩和することを目論んでいる。

日本では、2023 年 1 月に「重要鉱物に係る安定供給確保を図るための取組方針」で同分野への開発資金支援など具体的な取り組みが示された。これに基づき今年度の予算で、①エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)による出資事業と②経済安全保障推進法に基づく鉱物資源関連の助成事業に合計 2,158 億円が計上された。

米国では、2021 年 11 月に成立した「インフラ投資雇用法」に基づき EV 用バッテリーの国内生産拡大を目的としたプロジェクトに助成金を付与した。また、2022 年 4 月には「国防生産法」に基づき重要鉱物の国内生産増に向けた取り組みを開始した。さらに、2022 年 8 月に成立した「インフレ抑制法」では、中国からの重要鉱物を使ったバッテリーを搭載した EV を補助金の対象から外したほか、米国内での重要鉱物の生産に対して減税を実施している。

EU では 2023 年 3 月に「欧州重要原材料法案」を公表し、2030 年までに重要鉱物の年間消費量の少なくとも 40%を域内で加工し、10%を採掘する目標を掲げた。目標達成に向けた具体的な施策として、事業許認可手続きの簡素化が挙げられているが、これに加えて補助金を拠出する可能性もある。

ただし、重要鉱物分野で圧倒的シェアを持つ中国の優位は容易に変わらない。脱中国を図ろうとすれば西側諸国は大規模な財政支出が必要となる。仮に再編が進んだ場合でも、中国以外の供給地からの調達コストは割高であると考えられ、物価を構造的に高める恐れがある。世界的に高インフレが続く場合、アジア各国・地域での利下げが難しくなる一方で、通貨下落の圧力が高まる。供給網の混乱再燃が輸入インフレを招き、アジア経済の回復シナリオが頓挫する可能性には注意が必要である。

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