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アジア・マンスリー 2023年10月号

中国が圧倒的シェアを握る重要鉱物を巡る動き

2023年09月28日 野木森稔


中国はデジタル化やグリーン化に不可欠な重要鉱物の多くで圧倒的なシェアを握る。他方、先進諸国は重要鉱物の脱中国依存を図っている。こうした摩擦が各国経済に悪影響を及ぼす可能性に注意を要する。

■重要鉱物の供給で優位に立つ中国
経済安全保障が活発に議論されている。2020年以降、新型コロナの流行やロシアによるウクライナ侵攻で貿易取引が混乱し、製造業のサプライチェーン(供給網)を再構築する必要があるとの認識が高まっている。経済安全保障の議論で取りあげられる重要物資は、半導体、蓄電池、ロボット、医薬品といった工業製品に加え、LNG などのエネルギー資源など多岐にわたる。そのなかでもレアアースやリチウムなどレアメタル(以下、重要鉱物)は、ハイテク製品に使用されていることから、「デジタル化」にとって重要である。さらに、重要鉱物はバッテリーや高性能モーター風力発電のタービンといった電気自動車(EV)や再生可能エネルギー関連機器にも使用されており、「グリーン化」にとっても不可欠である。産業構造の違いなどから、各財の供給網確保の優先度は国によって異なるが、そのなかでも重要鉱物を最優先課題とする国は多いと言える。

重要鉱物は世界の様々な国・地域で採掘可能であるが、精錬・加工プロセスは中国に集中している。このため、中国が重要鉱物の供給網で優位に立っている。中国が重要鉱物の精錬・加工プロセスでシェアを高めた背景には、以下の三つの要因が挙げられる。

第 1 に、コスト面での優位性である。精錬や加工プロセスでは、鉱石から不純物を除く際などで有害物質が発生しやすく環境への負荷が大きい。とくに、レアアース鉱石の多くは放射性物質を含んでおり、精錬の過程で放射性廃棄物が発生する。中国では、労働コストが先進国に比べ低いことに加え、環境規制が緩いことから、総合的にみた処理コストが低い。

第 2 に、資源が豊富な新興国への積極的な投資である。中国は、鉱物資源国に「一帯一路」政策を展開し、資源開発投資に多くの資金を振り向けた。例えば、コンゴ民主共和国でコバルトの鉱山開発に注力するなど、鉱物原料の調達網を積極的に開拓した。また、インドネシアでは、ニッケルの精錬所へ投資を活発化させている。

第 3 に、重要鉱物産業の徹底的な保護である。それはとくにレアアースにおいて顕著である。中国政府は早くからレアアースの戦略的重要性に着目し、1990 年代には輸出割り当て制を導入したほか、その後は輸出関税を引き上げるなど、レアアースの取引規制を段階的に強化してきた。

重要鉱物産業を保護する動きは足元でも一段と活発化している。中国政府は、2021 年に新たに「レアアース管理条例」を発表し、これに基づいてレアアースの取引規制を強めていく意向を示している。また、2023 年 8 月から、中国政府はガリウムとゲルマニウムの輸出規制を開始した。ガリウムとゲルマニウムは半導体、LED、太陽電池などの電子部品製造に欠かせない重要鉱物である。さらに、リチウムやグラファイトなど、規制対象が他の重要鉱物にも広げられる可能性がある。中国政府は、経済安全保障上の鍵となる重要鉱物に関して戦略的な動きを活発化させており、鉱物資源における供給網の優位性を着々と高めている。

■警戒を強める先進諸国、サプライチェーン再編の動きを加速
先進諸国は中国に重要鉱物の調達を大きく依存している。近年、デジタル化やグリーン化が重要課題となっていることから、重要鉱物への需要は着実に高まっており、中国に調達を依存する現状への危機意識は強い。2010 年、尖閣諸島中国漁船衝突事件に端を発した日中関係の悪化を背景に、中国はレアアースの対日禁輸措置を講じたことがあった。これを受けて、日本はベトナムなどから輸入を増やすことで調達地域の分散化を図ったほか、レアアースの使用を低減させる代替的な技術を開発したことから、中国からの輸入比率は一時 40%以下まで低下した。しかし、足元にかけては再び 50%超まで上昇している。これは、様々な製品でレアアースの利用が増えるなか、中国への依存度を引き下げることの難しさを示している。

こうした過去の経験も踏まえ、日本を含む先進諸国はより強力な政策支援によって、重要鉱物の供給網再編に動き始めている。日本では、2023 年 1 月に「重要鉱物に係る安定供給確保を図るための取組方針」で同分野への開発資金支援など具体的な取り組みや目標を示した。①エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)による出資事業と②経済安全保障推進法に基づく鉱物資源関連の助成事業の合計 2,158 億円が予算に計上されている。米国では、2021 年 11 月に成立したインフラ投資雇用法に基づき、EV 用バッテリーの国内生産拡大を目的としたプロジェクトに 28 億ドルの助成金を付与し、リチウムやニッケルなどの生産を支援している。また、2022 年 8 月に成立した「インフレ抑制法」では中国からの重要鉱物を使ったバッテリーを搭載した EV を補助金対象から外し、米国内での重要鉱物の生産に対し減税を実施している。EU では 2023 年 3 月に「欧州重要原材料法案」を公表し、2030 年までに重要鉱物の年間消費量の少なくとも 40%を域内で加工し、10%を採掘する目標を掲げた。目標達成に向けた具体的な施策として、事業許認可手続きの簡素化が挙げられているが、これに加えて補助金を拠出する可能性もある。

■重要鉱物の供給網再編の動きは中国と先進諸国との対立を激化させる可能性
先進諸国が中国を念頭に進める経済の「デリスキング(リスク低減)」では、これまで半導体分野での動きが目立っていたが、重要鉱物でも同様の動きを強めていくと予想される。現時点では、半導体に対して日米欧それぞれが数兆円規模の補助金拠出などの支援を開始しているのに対し、鉱物資源産業への補助金は小規模である。加えて、厳しい環境基準を持つ先進諸国での精錬・加工の導入はコスト面の問題が障害になる。重要鉱物の調達を巡る中国依存低減は難しい。

そうしたなかでも、デジタル化やグリーン化が進むにつれて、先進諸国は重要鉱物の供給網再編を加速させると見込まれる。生産拠点移転など内向きの補助金拠出だけでなく、半導体分野と同様に、中国への厳しい取引規制を講じる可能性もあるなど、中国と先進諸国との対立がさらに激化し、各国経済への悪影響をもたらす恐れがある。半導体とは異なり重要鉱物については中国が大きなシェアを持つため、中国への対抗措置が中国経済に及ぼす影響は短期的には小さい。しかし、供給網の再編が進めば、中国の「世界の工場」としての機能が低下し、中国の中長期的な成長力が下押しされると考えられる。

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