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アジア・マンスリー 2023年9月号

米中対立が高める企業の中国進出リスク

2023年08月28日 野木森稔


米国による対中規制の強化とそれに対する中国の対抗措置が、海外企業の中国進出リスクを高めている。こうしたリスクの高まりは中国への直接投資の低迷を長期化させる恐れがある。

■中国政府が海外企業を積極的に誘致も、直接投資は急減
中国への対内直接投資(フロー)が4~6月期に前年同期比▲87%と大幅に減少した。直接投資の内訳は生産拠点の建設などが中心であり、中国を「世界の工場」としての地位へ押し上げる原動力となってきたが、その停滞が2022年後半から顕著になっている。在中国米国商工会議所の調査(2023年3月公表)によると、グローバルな投資計画で中国が重要(中国を第1の目的地または上位3位に入る目的地と考えている)とした米国企業は45%(前年:60%)と、調査開始以来初めて50%を下回った。在中国欧州連合商工会議所の調査(2023年6月公表)でも、中国でのビジネス拡大を検討している欧州企業は48%(前年:62%)と、7年ぶりに50%を下回った。2001年のWTOへの加盟後、貿易の拡大で急成長を遂げた中国経済にとって、海外からの投資は依然として重要な成長の源泉である。本年3月に李強首相がボアオフォーラムで海外企業の中国進出を後押しすることを強調したことをはじめ、中国政府から外資参入を支援する方針が示されたが、これまでのところ効果はみられない。

■米国の対中規制強化で中国が対抗措置、ビジネス環境は一層の悪化
海外企業による対中投資が停滞している一因として、中国景気の先行き不透明感が高まっていることが指摘できる。2022年に、上海でのロックダウンをはじめとする一連のゼロコロナ政策によって、海外企業の中国でのビジネス環境が著しく悪化した。2022年末に中国政府が一転してゼロコロナ政策の解除を決めたことで、海外企業の不安はいったん和らいだが、景気回復は早々に息切れし、最近では不動産市場の調整深刻化などを背景に景気が再び停滞している。これを受けて、海外企業は中国でのビジネス拡大に消極的になっている。

こうした景気要因に加えて、長引く米中対立も先行き不透明感を高める要因となっている。とくに、①米国主導で対中包囲網が形成されていることや、②中国政府がそれへの対抗措置を強化していることが、対中投資の急減につながっているとみられる。それぞれを詳しくみると、第1に、米国主導の対中包囲網は、中国企業だけでなく、米国をはじめとする中国以外の企業にとっても、中国ビジネスを難しくしている。2018年ごろから米中対立が過熱するなか、米国は中国からの輸入品に対する関税を引き上げ、半導体を中心としたハイテク分野の取引規制を強化した。2023年8月には、米バイデン大統領は半導体や人工知能(AI)などの分野で、中国への投資を規制する大統領令に署名するなど投資にも規制を拡大している。米国による規制強化は中国企業を主たるターゲットとしているものの、先端半導体製造装置などの禁輸措置は、中国以外の企業も影響を受ける。さらにハイテク分野の規制対象は半導体以外にも今後拡大する可能性がある。海外企業は規制違反による制裁を回避するため、中国進出には慎重にならざるを得ず、多くの企業は生産拠点を自国または中国以外の国へ移転することを模索し始めている。

また、米国は、中国への依存度を下げるため、サプライチェーン再編を目指している。実際、米国は友好国のなかで取引の完結を目指す「フレンド・ショアリング」を強化している(右表)。2023年5 月に IPEF(インド太平洋経済枠組み)の「サプライチェーン協定」が参加 14 カ国で合意された。また、CHIP4と呼ばれる日米韓台の半導体同盟を通じて、中国以外の地域で半導体サプライチェーンを強化している。そのほか、APEP(経済繁栄のための米州パートナーシップ)や QUAD(日米豪印戦略対話)、AUKUS(米英豪の安全保障枠組み)といった枠組みの議論も進められている。こうした枠組みに参加する国の企業は、こうした議論を無視して中国進出を積極化することは難しい。

第2に、中国政府は、米国への対抗措置としての経済安全保障政策を強化し、経済報復などを積極化させている。半導体分野では、2023年5月、中国政府は国内重要インフラ事業者が米半導体メモリ大手企業の製品を調達することを禁止した。また同年7月、中国政府は「輸出管理法」と「対外貿易法」に基づき、半導体などの製造に使用されるガリウムとゲルマニウムの輸出規制の導入を発表している。半導体以外の分野では、中国政府は、2021年にデータセキュリティ法を施行するなど、自国の重要情報を保護する動きを強化した。また、人権問題など中国が抱える様々な問題に対して、米国をはじめとする西側諸国が制裁を発動することに反発し、同年に「反外国制裁法」を施行している。さらに、中国政府は、機密情報が国外へ流出することにも神経を尖らせ、2023年5月には「反間諜法」(反スパイ法)を基に、欧米のコンサルタント企業などに家宅捜索を実施した。同年7月には反スパイ法の改正でスパイ行為の定義が拡大されたことから、通常の企業活動がスパイ行為と解釈されるリスクも高まっている。

こうした中国の動きにより、多くの海外企業は報復や規制強化に巻き込まれるリスクを警戒せざるを得ない。中国政府は、改革開放を続けていることを強調したうえで外資参入を支援しているが、現在の経済安全保障政策を強化する動きは海外企業が中国政府への疑念を強め、結果的に海外企業を遠ざける方向に作用している。

■米中対立が続くなか、企業にとって中国ビジネスでのリスクコントロールはより重要に
かつて米国は、中国を国際社会に取り込むことで中国の民主化が進むことを期待したが、こうした「関与政策」を失敗と考えており、現状、中国との対立姿勢を弱める気配はない。半導体など先端技術に関する規制は一層強化される可能性があるほか、規制対象を重要資源などに拡大する可能性もある。その場合、中国政府も報復や規制をさらに強化し、結果として対中直接投資の低迷が長期化することとなろう。

他方、企業としては、中国ビジネスの抑制を強いられるものの、中国経済への依存度を急激に下げることも現実的ではない。今後も完全な脱中国は難しいとみられるだけに、リスクに目を配りつつ、米中対立のあおりによる悪影響を最小限に抑えるようビジネスを展開することとなろう。

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