コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2023年7月号

アジアの安定成長を脅かす米中発リスク

2023年06月28日 野木森稔


アジア経済はサービス部門主導の回復が続く見込みながら、依存度の高い米中経済の下振れに警戒が必要である。また、米中対立の出口は見えておらず、世界経済分断の流れが強まるリスクもくすぶっている。

1.サービス部門主導のアジア経済回復は続く
(1)外需依存と内需依存の違いで明暗
アジア景気は総じて持ち直しているが、2023 年に入ってから各国・地域間で回復ペースに大きなばらつきが生じている。世界的にハイテク製品への需要が低迷していることを背景に、財輸出が減少しているため、外需依存度の高い経済は苦しい局面にある。なかでも、台湾とベトナムの 2023 年 1~3 月期実質 GDP は前期比マイナスとなり、台湾はテクニカル・リセッション(実質 GDP の前期比が 2 四半期連続でマイナス)となった。一方、内需のシェアが大きいフィリピンとインドネシアの成長率は 11 四半期連続、インドの成長率は 2 四半期連続で前期比プラスとなった。これらの国では、コロナ対応の活動制限が解除された後も経済活動の正常化による好影響が続き、消費を中心に内需が力強く増加している。中国でも 1~3 月期実質 GDP 成長率が前期比+2.2%と、ゼロコロナ政策の解除をきっかけに内需が反発し、速いペースで経済が回復している。中国ではリオープン(経済再開)が経済を大きく押し上げているが、活動制限により抑制されていた旅行や外食といったサービス需要のリバウンドによる非製造業活動の急回復が景気のけん引役となっている。一方で、自動車や家電など財需要の不振が続いており、製造業の景況感は悪化方向にある。中国の景気回復がサービスに偏っている点も、外需依存度が高い経済全体の持ち直しを鈍らせる要因となっている。

(2)先行きもサービス部門の片肺飛行ながら回復は続く見通し
先行きについては、①サービス輸出の回復継続、②雇用環境の改善、③金利上昇圧力の一服の三つの要因により、アジア全体の景気回復が継続するとみており、以下に 3 要因を詳しく見る。

第1に、インバウンド需要は引き続き堅調に推移し、財輸出の低迷を補うと予想される。2022 年春から、アジア各国の入国規制が相次いで緩和され、アジア域内を中心に海外の観光客数が持ち直している。本年 3 月のアジアへの訪問者数は2019 年の約 5 割まで回復した。さらに、2 月以降、中国政府は主に ASEAN 諸国を対象に団体旅行を解禁している。財輸出の低迷に苦しむタイやマレーシアでは、年後半から中国人観光客がさらに増えることで、サービス輸出による成長率の押し上げが期待される。

第 2 に、雇用環境の改善である。飲食店や娯楽施設などの営業制限が緩和されるなど経済活動の正常化が進むとともに、雇用が回復しており、失業率が低下している。とくに ASEAN 諸国では、サービス業の雇用者数が大幅に増加しており、インバウンド需要の回復がこの動きを後押ししている。雇用環境の改善が所得の増加をもたらし、堅調な消費を支える要因になると見込まれる。

第 3 に、利上げによる内需下押し圧力が緩和されつつある。アジアでは多くの中央銀行が、2022 年以降、米国に追随する形で政策金利を連続的に引き上げてきた。しかし、足元にかけて利上げを停止する中央銀行が増えている。IMF 商品価格指数によれば、食料・飲料の市況高騰に歯止めがかかりつつあるほか、エネルギー価格も大幅に下落している。韓国やフィリピンなど一部の国ではインフレ率が中央銀行の目標値を大きく上回っているが、総じてみればアジア地域のインフレ圧力は低下している。さらに、2022 年に下落したアジア各国・地域の為替レートが、2023 年に入った後は、概ね下げ止まっている。米国の利上げペースが鈍り、アジア地域からの資本流出に歯止めがかかっているためである。インフレ圧力の低下や為替レートの安定化を受けて、アジア各国・地域の中央銀行は当面、中立的または緩和的な金融政策スタンスをとる見込みである。

これらを踏まえ、2023 年のアジア全体の成長率は前年比+5.3%と、コロナ禍前の 2019 年(+5.0%)並みの安定した経済成長を予想する。今回の成長率見通しは、昨年 11 月時点の同+4.8%から上方修正となる。中国(修正幅+0.7%ポイント)をはじめ、内需による押し上げ寄与が大きい経済が予想以上に速いペースで回復したためである。ただし、2023 年後半については、旅行や外食のサービス消費のリバウンドが一巡することで、中国景気の勢いは落ちていくとみている。アジア景気全体のけん引役は内需主導で成長率が高まる ASEAN5 に移ると予想される。2024 年については、同+5.0%と減速しながらも比較的高めの成長率を予想する。中国景気は勢いを欠くものの、台湾や韓国などの輸出復調などが成長率の押し上げ要因となり、アジア地域全体では安定成長が維持されるとみている。

(3)リスクは米中の景気悪化
他方、米国と中国の景気に対する不透明感が高まっており、その行方はアジア経済のリスクとなる。世界経済の両輪ともいえる米中経済が急変すれば、アジア経済も大きな影響を受ける。

米国はこれまで底堅い景気回復を続けてきたが、金利の急速な上昇を受けてその勢いが落ちつつある。さらに、地銀をはじめ金融機関の破綻が相次ぐなど、金融面のリスクがくすぶり、景気悪化への懸念材料が増えている。中国では、コロナ禍で抑制されたサービス消費は力強いものの、それ以外の需要は低調である。住宅需要の低迷は顕著であり、地方では、住宅の過剰在庫が積み上がっているほか、少子化が進行するなど構造的な問題も重なり、不動産市場の調整が深刻化する可能性がある。金融市場や不動産市場の変調でより深刻な景気後退に陥るリスクがある。

需要の停滞が長引く半導体セクターへの影響も懸念される。半導体市場では本年年央時点で在庫調整が十分に進展しておらず、生産回復に向けた道のりはまだはっきりみえていない。ハイテク製品の主要な需要地である米中の景気悪化は、巣ごもり消費の終息などで停滞するスマートフォンやパソコンの需要回復をさらに遅らせる。さらに、米中の景気悪化が AI など今後の伸長が期待される新分野での需要を下押しする可能性もある。台湾や韓国では、主力産業の半導体需要停滞が長引く場合、景気が大幅に悪化し、その結果、アジア全体の景気も大きく下振れることになろう。

2.米中対立に揺さぶられるアジア経済
アジアでの米中経済の重要性は短期的な景気にとどまらない。収まる気配のない両国の対立がエスカレートすれば、究極的には世界経済の分断を招き、アジア経済に深刻な打撃をもたらすリスクがある。

2020 年以降、新型コロナの流行やロシアによるウクライナ侵攻で貿易取引が混乱し、世界的に経済安全保障の議論が加速したほか、サプライチェーンを再構築する動きにもつながった。中国を対象に米国が主導している「デリスキング(リスク低減)」の動きは加速している。サプライチェーンの強靭化を目的に、友好国のなかで取引の完結を目指す「フレンド・ショアリング」を強化する動きも続いている。5 月に IPEF(インド太平洋経済枠組み)の「サプライチェーン協定」が参加 14 カ国で合意されたほか、APEP(経済繁栄のための米州パートナーシップ)や QUAD(日米豪印戦略対話)、AUKUS(米英豪の安全保障枠組み)といった枠組みの議論も進んでいる。

なかでも半導体分野のサプライチェーン再構築を巡る動きが加速しており、中国にとっては厳しい環境になりつつある。近年、米国は中国の半導体製造能力の拡大を阻止することを目的に対中規制を強めてきた。さらに、CHIP4(日米韓台半導体同盟)での議論も進み、中国を除く形で半導体生産を互いに協力しあう体制を強化している。米国は「CHIPS プラス法」(予算約 527 億ドル)、日本は「先端半導体の国内生産拠点の確保」(同約 1 兆円)を打ち出し、補助金を利用して海外の半導体企業の生産拠点を自国に呼び込もうとしている。さらに、台湾は産業創新条例(台湾版 CHIPS 法)を改正し、法人税の控除を拡大(研究開発費 15%→25 %、設備投資 0%→5%)したほか、韓国は「半導体超強大国達成戦略」によりインフラ支援、規制緩和、税制支援等により340 兆ウォン以上の投資を目指すなど、半導体企業の国内回帰を進めている。実際、半導体関連の設備投資は中国で停滞しているのに対し、CHIP4 内では急激に増加し、製造能力増強の動きが加速している。

もっとも、こうしたフレンド・ショアリングや国内回帰の積極化は、西側諸国や米国の友好国に対して、プラスの影響だけをもたらすとは限らない。とくに、製造業のサプライチェーンで中心的な役割を担うアジアでは、①経済の分断とそれに伴う排除の動き、②経済効率性を無視した産業移転による新興国の発展阻害などの悪影響が生じるリスクに注意が必要である。

第 1 に、経済圏が本格的に分断される場合、アジア経済へのマイナス影響は甚大である。欧州中央銀行の推計では、経済分断をもたらすフレンド・ショアリングは世界 GDP を最大▲5.3%ポイント押し下げ、シンガポール、ベトナム、韓国といったアジア諸国でより大きなマイナス影響が生じることが示されている。この推計では、国連総会での投票パターンから各国が西側ブロックと東側ブロックに機械的に分けられ、規制などの非関税障壁が高まるといったやや極端な分断が前提とされているが、対立が激化すれば究極的にはそうした事態に至ることは否定できない。グローバルサウスと呼ばれる途上国・新興国は、こうした経済デメリットを意識していると考えられ、米主導のサプライチェーン再編への協力に前向きではない。アジアでは ASEAN が米主導の再編に消極的であり、その背景には ASEAN の貿易取引シェアが最大である中国との経済関係の強さがある。また、分断への動きが強まるなか、米中が互いの市場から相手国企業を排除する動きもみられる。中国政府は 5 月、国内重要インフラ事業者が米半導体大手マイクロンの製品を調達することを禁止した。中国でのスマートフォン販売は世界全体の 20%以上を占めるなど、中国はハイテク機器の一大需要地である。ハイテク機器中心に、中国の需要を失うことによる西側諸国や友好国の企業にとっての損失は小さくない。

第 2 に、サプライチェーン再構築の目的として経済安全保障に重点が置かれていることで、経済効率性を意識しない生産移転も進んでいる。半導体産業を中心に、西側諸国と中国が補助金による企業誘致や国内企業保護を拡大させている。しかし、グローバルサウスがフレンド・ショアリングに積極的でないこともあって、今のところ、新興国への企業移転に対する補助金は小規模にとどまっている。これまで、海外拠点を中国以外の国・地域へも分散する経営戦略「チャイナプラスワン」のもと、各国のグローバル企業が中国との代替性の高い ASEAN などの新興国を新たな拠点として選び、それが新興国の経済成長に寄与してきた。しかし、西側諸国や中国が補助金を使って経済効率性の低い移転を加速させれば、ASEAN などは、これまでのようなグローバル化の恩恵として経済発展が望めなくなる可能性がある。

(全文は上部の「PDFダウンロード」ボタンからご覧いただけます)
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ