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アジア・マンスリー 2023年6月号

人民元国際化の動向:追い風を上回る逆風

2023年05月26日 野木森稔


中国が世界に影響力を持つ貿易取引では、人民元利用が拡大している。しかし、資本取引では西側諸国と中国・ロシアとの対立を背景に利用が進まず、人民元国際化はドルの地位を脅かすほどには進んでいない。

■ロシアへの制裁、利上げによるドル離れなどが人民元利用拡大の追い風に
中国の貿易取引では、人民元決済比率が急速に上昇している。2015 年の人民元ショックで中国は急激な資本流出に苦しみ、中国が大きな影響力を持つ貿易取引においても人民元の利用は停滞していたが、足元にかけて勢いを取り戻している。中国の金融資本取引における市場開放は不十分ではあるが、以下のとおり、①SWIFTからのロシア排除、②急速な米利上げによるドル離れ、③「ペトロユアン(原油人民元)」拡大に向けた中国の積極外交、が「人民元の国際化」の追い風となっている。

第 1 に、西側諸国は 2022 年 3 月、ロシアのウクライナ侵攻に対する制裁として SWIFT からロシアの銀行を締め出した。これにより、ロシアの企業はドルでの貿易決済が難しくなり、2022 年9 月にはロシア国営ガスプロムはガス供給の支払いを米ドルから人民元またはルーブルに変更している。また、2023 年 4 月には、ロシアに対し原発建設のドル建て支払いができなくなったバングラデシュが、人民元での支払いに切り替えた。

第 2 に、米 FRB による利上げによってドル資金の調達コストが急上昇し、ロシア以外の国でもドルではなく人民元を貿易決済に使う動きが進んでいる。2023 年 3 月には、ブラジルが中国と貿易取引や金融取引で両国の通貨を直接使える仕組みを創設することで合意した。4 月には、アルゼンチンが中国からの輸入決済をドルから人民元に切り替えると発表した。さらに、イラクが 2 月に人民元による輸入決済を許可したほか、タイが年内に人民元建て貿易決済に関する規則を緩和する方針を打ち出している。

第 3 に、2017 年に世界最大の原油輸入国になった中国は、2018 年に人民元建て原油先物を上場させることで人民元の利用を促進し、「ペトロダラー(原油ドル)」と呼ばれる原油取引におけるドルの独占を崩しにかかる動きを示した。2022 年 12 月には、習近平国家主席が中国・湾岸協力会議(GCC)首脳会議の演説で、石油・ガス貿易における人民元建て決済の推進を求め、2023年 3 月にサウジアラビアが中国への原油販売の一部を人民元建てとすることを検討していると報じられた。さらに同月、フランスが中国と初めて人民元建てで LNG を取引している。

■資本取引では逆風、人民元国際化の進展は限界に直面
このように国際取引における人民元の利用が拡大しているが、これらのほとんどは対新興国を中心とした貿易取引によるものである。過去、国際取引における人民元決済額を大幅に押し上げたのは投資などの資本取引である。これは先進国を中心とした取引を中心としており、その規模は貿易などの経常取引よりもかなり大きい。

中国はかつて国際資本取引のなかでも証券投資の拡大に成功し、それが人民元の利用拡大につながっていた。その間、中国政府は金融資本市場の開放を劇的に進めたわけではない。指数算出会社や IMF に働きかけ、運用ベンチマーク指数での人民元建て証券の採用や、SDR(特別引出権)への人民元の組み入れを勝ち取るといった巧みな戦略を通じて、世界の運用機関や中央銀行などの間で人民元取引の需要を拡大させた。

ところが、海外投資家による中国本土証券への投資額は、急速な増加から一転して 2022 年から株式・債券ともに減少傾向を続けるなど、その動きに変調がみられる。これには地政学リスクの高まりが影響している。米中対立は沈静化する兆しはなく、米国政府による対中取引規制が証券投資にも及ぶ可能性があり、海外投資家は中国への投資に慎重になっている。また、西側諸国は対ロシア制裁の「抜け穴」を防ぐため、ロシアとの経済取引を行う外国人や外国企業に対して二次的制裁を課す可能性があり、中国への投資においてもそのリスクはくすぶり続けている。一部の海外投資家は、ロシアのエネルギー開発案件に関連した融資を行っていることを理由に、中国の政策銀行である国家開発銀行と輸出入銀行の債券を売却したと報じられている。もともと中国への証券投資を拡大した主体の多くは西側諸国の投資家であったことが、こうした地政学リスクの高まりを背景とした対中資本取引への逆風を強める要因となっている。

また、各国中銀・政府が保有する外貨準備のうち、人民元建て資産が 2022 年に入ってから減少している。外貨準備における資産は、各国の輸入代金決済への備えだけでなく、対外債務の支払いや為替介入などに備えるといった役割を担う。外貨準備の資産構成におけるドルの割合は近年顕著に低下し、ドル離れの動きが明確となっている。ドルの代わりに選ばれる通貨に注目が集まるが、足元では、それは人民元ではなく、中国以外の新興国通貨になっている。

中国が世界に影響力を持つ貿易取引では、人民元は大きな強みを持ち、今後も人民元での取引拡大への追い風が続くとみられる。しかし、貿易など経常取引よりも規模の大きい資本取引では、西側諸国と中国・ロシアとの間で対立が深まっていることを背景に、人民元の利用は停滞しているなど、最近は人民元の国際化に向けて追い風よりも逆風の方が強くなっている。こうした状況を踏まえると、人民元がドルに代わるほどの地位を得ることは依然として難しいと考えられる。

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