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プライバシーガバナンスとAI時代における企業価値

2023年05月10日 若目田光生


 カメラやマイクなどの各種センサーの高度化、対話型AIの普及等により、かつてないほどプライバシーリスクの議論が熱を帯びている。実際、パーソナルデータを企業が活用する際、法令遵守だけに終始するあまり、個人が望まない不利益や不安、差別などを生み、結果的にSNS上などでの炎上という社会的批判にさらされた事例は枚挙にいとまがない。企業価値を大きく棄損させたケースもあることを踏まえると、パーソナルデータやAIを「何のために」「どのように」活用するのか、その基本姿勢の明示とプライバシーガバナンス の確立は、AI時代に経営者が対応すべき喫緊の課題であろう。
 ここでは、公共空間におけるカメラの活用を事例として、プライバシーガバナンス(※1)の必要性について述べる。カメラ画像の蓄積や分析は、高度な自動走行の実現や事故の削減、社会の効率化や環境負荷の軽減など直面する社会課題の解決につながり、我々の生活を豊かにする。その一方、不誠実な活用による炎上事案や国家権力の監視による人権侵害のニュースが流れるたびに、多くの生活者に不安を与える技術の象徴でもある。

 さて、銀行などから設置が始まった防犯カメラだが、今や街を歩けば必ずと言っていいほど見かけるようになった。犯罪抑止効果という期待の反面、プライバシー侵害の懸念が高まって、2004年に日本で初めて防犯カメラ条例が杉並区で制定された。撮影範囲の必要最小化、画像データの外部提供の原則禁止、保管期間を経過した画像データの廃棄といった点が規定され、以後同様の基準に基づいた運用が実績として積み重ねられた結果、「防犯カメラとはこういうものだ」という社会通念とともに生活者に受容されるに至った。
 ただ、昨今はカメラ性能の向上が著しい。車やウェアラブルデバイス、ドローンに搭載され、自由に移動し、高精細化で遠くの映像でも人の識別が可能となった。AIの進化と共にカメラ映像を解析する技術も劇的に進化している。性別や年齢の推定、顔認証技術や歩容(歩行の態様)による個人の識別はもちろんのこと、さらにはカメラから取得した映像から行動パターン、視線の動き、表情などを解析し、感情の変化、関心の有無を推知すること、不審行動を検知することなどが可能となった。高速化されたネットワークは、カメラから取得した映像を瞬時に共有し、集約し、複数組織が複数目的で活用することも可能とする。また、カメラに加えて、あちこちのマイクから意識せず収集される音声も、個人を識別し、言語化し、様々な事象を推知する。スマートシティにおいても必ずと言ってよいほどカメラデータの活用が掲げられ、その利用者も、利用目的も多様である。

 こうなると、「今そこにあるカメラ」が社会通念化された「防犯カメラ」として運用されているかどうか通行人は判断できない。それ以前に、顔特徴量など個人データの取得に関する同意やオプトアウトも公共空間では実質的に困難であり、カメラの存在すら認知し得ないケースもある。筆者も策定に関わっている「カメラ画像利活用ガイドブック (※2)」では、具体的なケースを掲げ、適正な通知や運用の在り方など事業者が配慮すべき事項を示し、消費者と事業者間の相互理解とともに、保護と活用の両立を目指したもので、多くの企業に参照されている。
 それでも、ガイドブックで掲げているケースはほんの一部に過ぎず、新しい技術や活用方法に追随するには限界がある。よって求められることは、個人情報保護法の義務をどうクリアするかの視点や、ガイドブック通りに対応することでは足りず、設置環境、利用技術や利用目的などに応じたプライバシーリスクや配慮事項の検討や、通知や公表などコミュニケーション方法の検討などを、“カメラに映り込む個人の目線で”行うことである。また、法や原則、ガイドラインは存在するが、技術の進化、それまで想定しなかった活用方法、様々な地域や国の慣習や文化、多様な価値観や受容性など、VUCA(※3) 時代において、プライバシーについても一律で万能な対策は無いことを踏まえたガバナンスの在り方が求められてくる。

 プライバシーガバナンスにおいては、①姿勢の明確化、②責任者の指名、③リソースが経営者に求められる3要件とされ、またガバナンス態勢の構築における重要項目として、①体制の構築、②運用ルールの策定と通知、③文化の醸成、④消費者やその他ステークホルダーとのコミュニケーションが掲げられている。筆者は実際にプライバシー専門組織を立ち上げた経験があるが、プライバシー配慮には100%の正解(リスクがゼロ)や、100%の賛同(全員が納得)という状態は得難く、適用ケースに応じ、社外を中心とした様々なステークホルダーの意見を取り入れる、サービスや商品開発の企画段階からプライバシーを非機能要件として検討し、受容性の拡大や生活者理解の為に必要があれば自らルールメーキングを主導する事などが重要と感じている。さらには、プライバシーを義務的、守備的な要素と捉えず、品質と同様に自社の製品・サービスの競争力と能動的に受け止め、自社のパーパスや生活者との協創価値を判断基準としてプライバシーガバナンスを定着させることが理想である。また、プライバシーガバナンスなくして協創やDXによる社会課題の解決はあり得ないといっても過言ではない。今後より多くの企業が取り組みを進めるようになるには、プライバシーガバナンスの巧拙が企業価値の評価指標に取り入れられることも有効であろう。

 現在日本総研では、技術、法制度、および消費者の受容性の3つの観点から、専門的知見や調査手法に基づき、プライバシーガバナンス態勢の構築、プライバシーリスクを伴う新技術やサービスの社会実装に関わるポリシーやルール策定を支援している。 さらに、プライバシーガバナンスは、バリューチェーンや業界、共通の利用目的を有するコミュニティが協調領域として取り組むべきことでもあり、その座組構築なども支援していきたい。


(※1) 総務省、経済産業省は「企業のプライバシーガバナンスモデル検討会」での議論を踏まえ「DX時代における企業のプライバシーガバナンスガイドブック」を公表し、企業経営層へのプライバシーガバナンスの啓発に努めている。
(※2) 「カメラ画像利活用ガイドブックver3.0」
(※3) Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの単語の頭文字をとった言葉で、目まぐるしく変転する予測困難な状況を意味する。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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