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【人的資本経営】
【第8回】 人的資本経営概論 ~知・経験のダイバーシティ&インクルージョン~

2023年03月09日 石山大志、廖苗蕾


1.はじめに
 「シリーズ:人的資本経営」は、人的資本経営の基本的考え方を示し、その実践に向けて企業が取り組むべきポイントを体系的に提言することを目的とした連載である。第1回以降、経済産業省が2020年9月に公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書〜人材版伊藤レポート〜」(以下『人材版伊藤レポート』)において、「人的資本経営のあるべき人材戦略を特徴づけるもの」として掲げられている3P・5Fモデルに沿って、解説を進めてきた。
 第8回となる本稿では、人的資本経営の5つの共通要素のうち特に「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」をテーマに、その意義と実践に向けたポイントを解説する。

2.「ダイバーシティ」「インクルージョン」、そして「エクイティ」とは
 昨今、「ダイバーシティ」「インクルージョン」という言葉は幅広い文脈で用いられるようになった。ダイバーシティは「ワークユニットの中で相互関係を持つメンバーの間の、個人的な属性の分類のこと」(※1)、インクルージョンとは「仕事を共にする集団において、社員個人が求める帰属感と自分らしさの発揮が、集団内の扱いによって満たされ、メンバーとして尊重されている状態」(※2)(※3)という定義がなされることが多い。この2つとも深く関連する「Equity(以下、エクイティ)」という概念も、ダイバーシティ(D)、インクルージョン(I)とあわせてDEIやDE&Iと称され近年注目が集まっている。このエクイティは日本語で「公正性」と訳されるが、平等性(equality)、公平性(fairness)とは何が違うのか分かりづらい点も多く、実際の施策に落とし込むことが難しいと考える方も多いのではないだろうか。そこで本稿では、企業におけるダイバーシティ&インクルージョンをより効果的に促進にするための施策を、エクイティの観点から考えてみたい。
 そもそもエクイティとは、組織における公平性を担保するために、貢献度合いに応じて資源を分配することである(図表1)。つまり、個々の属性(ここでは表層的な属性、深層的な属性の両方を含む)により社会構造的な不平等や情報、機会の格差があるという前提に立ち、個々人が置かれている状況と貢献の大きさに応じて本人が納得する形で報酬や権限などを与えることを意味する(木箱を積んでスポーツ観戦をしているイラストを見たことがある方もいるのではないだろうか。このイラストにおける木箱が前述の報酬や権限にあたる)。また、このエクイティは「分配的公正」と「手続き的公正」の2つの概念に分類されると言われる(※4)。 



 分配的公正とは、インプットとアウトカムの関係が公正であると認識されているか、そして手続き的公正とは分配の仕方を決める手続きが公正であると認識されているかどうかのことである。読者にとっては、これらの公正性は自組織において当然実践されていると感じる方も多いかもしれない。ではなぜ今ダイバーシティ&インクルージョンと関係してエクイティに注目が集まっているのか。ポイントは、分配的公正におけるインプットの多様化にあると考えられる。上述の通り、これまでの日本企業では「日本人・男性・新卒採用」を中心とした同質性の高い組織であり、同様の成果を目指す場合に必要なインプットの量には大きな差は見られなかった。しかし、「女性」「外国籍の社員」「中途採用者」などの属性の多様性が増加する中では、同様の成果を目指す場合に必要なインプットも多様になる。例えば、一般的に筋肉量の少ない女性が、男性と同じ荷物を運搬する場合、荷物をいくつかに分割して運搬する必要があるため男性と比べて多くの時間や労力(インプット)を必要とする。また、日本語を母国語としない外国籍の社員が、会議の議事録を日本語で作成する場合、言葉の意味を調べて推敲するなど、日本人と比べて多くの時間や労力を必要とする。これらのインプットの増大に対してアウトプットが変化しない場合、公正性は担保されず、モチベーションの低下や離職につながると考えられる。そのため、エクイティの観点からはインプットを減らすための具体的な支援を行う、もしくはインプットの増加に対してアウトカムを増やすことが求められる。またここで重要なポイントは、アウトカムは報酬や権限、評価などの外的報酬だけではなく、内的報酬もアウトカムであると考えることができるという点である(※5)。つまり、本人が納得する形で「上司から配慮の言葉をかけてもらう」ことや「同僚から賞賛を受ける」ことなど、本人が受け取る内的報酬を高めることも、公正性を高める方法のうちの一つなのである。したがって、エクイティの観点では、分配的公正におけるインプットの多様化を前提として、いかにしてインプットを減らすか、いかにして内的報酬も含めた多様なアウトカムを見出すことができるか検討することが重要であると言える。
 ここまで、エクイティの概念について説明してきたが、この観点を踏まえた上で、人的資本経営の実践に向けて企業は何に取り組むべきであろうか。

3.エクイティの観点を踏まえた上での「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」の取り組みとは
 最も重要な取り組みは、ミドルマネジメント同士で多様性の高い組織のマネジメント上での工夫や悩み、試行錯誤の様子を共有できるような「場づくり」を企業が行い、現場の課題や困難なケースとその時の解決方法や方針をノウハウとして蓄積することである。また、これらの取り組みや研修の中で用いるケースは、実際の課題に則した悩ましいものとすることが肝心である。例えば、「当日中に対応が必要な重要顧客からのクレーム対応に追われている部下がいるが、その部下の子供が保育園で熱を出して至急迎えに行かなければならない」、「中途採用で入社した外国人の日本語能力が低く、本人に悪気はないが結果的に部署内の軋轢を生み出している」などといった場合、エクイティの観点から上司や同僚、または企業としてどのように準備し対応する必要があるだろうか。このような困難なケースを想定することや、実際のケースにおける対応についての知見を積み上げることで、企業におけるDEIは飛躍的に向上すると考えられる。(一方で、世間一般には企業や組織の中の多様性が高まっているとはいえ、自組織のメンバーの多様性が高い状況に置かれている参加者はまだまだ少ないかもしれない。そのため、このような場や研修ではケーススタディ等を用いて、疑似体験をすることも非常に有効である。)また、慣れてきたら新規顧客の開拓方法など実務に直結する課題をテーマにすることも大切である。豊富な経験と幅広い知識を有するミドルマネジメント同士がマネジメントの課題のみならず実務に直結する課題をテーマとして知識の共有を図ることで、企業の組織力強化に資するものとなる。このような場づくりがまさに”知・経験の”ダイバーシティ&インクルージョンにより企業のパフォーマンス向上につなげる取り組みであると言える。
 次に重要な取り組みは、適切なリモートワークの推進である。社員の属性や認識が多様化する中において、世間の動向を受けてやみくもにすべてを一律にリモートワークで完結させようとしてはいけない。例えば中途採用者であれば、入社してしばらくは組織のルールや文化に関する理解が乏しく、社員同士のネットワークも形成されていない。このため、業務を円滑に推進する上で、必要な手続き等の情報についてのインプットが不足しているため不公平感を感じる場合も多い。このような場合に備えて、中途採用者を含む、多様な属性の社員が組織のルールや文化、社員同士のネットワークに容易にアクセスできる仕掛けづくりや配慮を行う必要がある。さらに、これらの仕掛けは必要に応じてリアルで実施することも合わせて検討する必要がある。このように、多様な個々人それぞれが置かれた状況に対応し組織の成果を最大化できるよう、どのような業務はリモートでやるのか、また逆にリアルで行うのかディスカッションを行い、組織ごとでのベストプラクティスを蓄積していくことも企業におけるDEI推進を支える取り組みとして必要である。
 本稿では、知・経験のダイバーシティ&インクルージョンを推進するために必要な取り組みを「エクイティ」の観点で紹介した。特に強調したかったのは、エクイティを担保するために「分配的公正におけるインプットの多様化」を前提とし、多様性の高い組織のマネジメント上での工夫や悩み、試行錯誤の様子をミドルマネジメント同士で共有できるような「場」をつくることの重要性である。本稿で取り上げた事例では女性や外国籍の社員、子育て中の部下の例を示したが、昨今の超高齢化社会においては親の介護を担う可能性が大きいミドルマネジメント自身も検討の対象となる。本稿をご覧になられたミドルマネジメントの方々には、信頼できる周囲の人を巻き込み、まずは少人数で年1回でも構わないので「場」をつくっていただきたい。

<参考資料>
(※1):Jackson, S. E., Aparma, J., and Nicolas, L. E. ‶Recent Research on Team and Organizational Diversity: SWOT Analysis and Implications," Journal of Management, vol.29, pp. 801-830. (2003)
(※2):Shore, L. M., et al. “Inclusion and Diversity in Work Groups: A Review and Model for Future Research” Journal of Management, Vol.37, No.4, pp.1262-1289. (2011)
(※3):船越多枝『インクルージョン・マネジメント』 白桃書房 (2021)
(※4):Greenberg, J. “Organizational justice: Yesterday, today and tomorrow.” Journal of Management, Vol.16, No.2, pp.399-432.(1990)
(※5):余合淳『組織的公正理論の課題と理論的展望』 岡山大学経済学会雑誌(2016)

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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