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【人的資本経営】
【第7回】 人的資本経営概論 ~リスキリングに関する調査結果(後編)~

2023年03月09日 足立知美、半田翔也、宮下太陽


1.ビジョン・理念・パーパスとリスキリングの関係
 「シリーズ:人的資本経営」の第7回では、前編に引き続いて、ビジョン・理念・パーパスとリスキリングの関係について解説を行います。本稿では、日本総研が行った調査を通じて明らかになった、会社が発信するパーパスとリスキリングの関係を中心に紹介します(調査概要は前編を参照)。
 図1では、「職場のビジョンや理念、パーパスの理解度」ごとの週の学習時間を示しています。「ビジョン・理念・パーパスを十分に理解しているか」という問いに対して、「あまり当てはまらない」「当てはまらない」「そもそも存在を知らない」とネガティブな回答をしたグループでは週の学習時間が0時間の人が過半数を占めます。一方、「当てはまる」「やや当てはまる」のグループでは、週の学習時間が1-10時間の人の割合が高いことが分かります。つまり、ビジョン・理念・パーパスへの理解度が高いグループでは、週の学習時間が多い傾向がありました。



 また表1では、「職場のビジョンや理念、パーパスの理解度」ごとに、将来必要となる能力に対する理解度を示しています。理解度の指標として、「あなたの職務で3-5年後の将来必要とされる能力を理解しているか」という設問に対する回答の平均値を使用しました(0~1で示され、数字が大きいほど理解度が高い)。その結果、職場のビジョン・理念・パーパスへの理解度が高いグループでは、必要とされる能力への理解度が高い傾向がありました(統計的に有意差あり)。



 図1から、「ビジョン・理念・パーパスの理解度」と「週の学習時間」にある程度の相関があることが分かります。この結果から考えられる仮説として以下の3つが挙げられます。3つの仮説とは、「A:パーパスの理解度が高いため、学習時間が増える」、「B:学習時間が長い(勉強熱心な)層であるがゆえに、パーパスへの理解度が高い」、「C:パーパス理解度と学習時間に影響する第三の因子が隠れている」です。
 現時点のデータからは明確な因果関係を特定することは困難ですが、本論では特に、学習の文脈で多く用いられる経験学習サイクルの考え方に基づき、仮説A「パーパスの理解度が高いため、学習時間が増える」を深める形でパーパスとリスキリングの関係を考察したいと思います。仮説Aのメカニズムは経験学習サイクルで説明できます。経験学習サイクルとは学びを得るプロセスを理論化したもので、「経験:業務の体験」「内省:行動の振り返り」「教訓:学習したことの一般化」「実践:業務での再試行」の4つの段階で構成されます(※1)。経験学習サイクルの中で最も難しい「教訓」では、学びを一般化すると同時に他の業務向けにカスタマイズし、実践できる状態にします。つまり、具体から抽象、抽象から具体へと二段階の思考転換を伴うため、「教訓」フェーズは難しいのです。このフェーズ移行を支援するのが、前編で提示した1on1面談です。加えてビジョン・理念・パーパスが浸透していれば、面談担当者は「理念に基づいた行動を取れたか」という視点で内省・教訓化の指導を行いやすくなり、従業員の学習時間が増えると期待されます。
 仮説Aに基づけば、ビジョン・理念・パーパスを会社が明確に提示し、従業員が理解できるようにすることで、従業員は「将来自分が期待されることは何か」を意識するようになると考えられます。加えて、表1で示されるように「今現在、自分は何を学ぶべきか」を従業員自身で明確に理解することが、リスキリングに取り組む内発的な動機づけにつながると考えられます。もちろん今回提示した仮説は相補的な要素を持つ可能性があり、実際には仮説Aと仮説Bは両方正しい、つまりどちらの経路による影響もあるということも十分にあり得るかもしれません。因果関係を解明するには、より詳細なデータの分析・検討が今後必要となります。
 なお、ビジョン・理念・パーパスへの理解度を問う設問に「そもそも存在を知らない」と回答した人が、全体の約1/3とかなり多いことが分かりました。「存在を知らない」グループでは、週の学習時間が0時間の人の割合が突出して多く、学習の習慣がほぼありません。会社のビジョン・理念・パーパスに無関心な層は、自身のキャリアや学習についても無関心であると考えられます。なお、当社の別の調査においても、「プロアクティブ度の低い人は、会社にどのようなサポートを求めれば良いか把握できない」という結果がでています。(プロアクティブ度については前編を参照)プロアクティブ度の低さとリスキリング意欲の低さは完全に対応してはいないものの、自身のキャリアに無関心という点では共通しています。そのような従業員を一人でも減らすことで、企業の活力が底上げされていくのではないでしょうか。

2.ビジョン・理念・パーパスの浸透を目指す取り組み
 では、ビジョン・理念・パーパスの浸透に向けて、具体的にどのような取り組みが有効なのでしょうか。
 ここで問題となるのが、ビジョン・理念・パーパスは抽象的な概念であることが多く、具体的な行動に移しづらいということです。経営層や社歴の長い社員は、理念が定められた背景を知っていることが多く、長年の経験もふまえて行動のイメージがつきやすい状態にあります。一方で若手や中途人材などは、ビジョン・理念・パーパスの文言は知っていても、それを行動のイメージに結び付けることはなかなかできません。例えば、「変革」が企業理念に定められていたとして、理念を体現できる行動は職種や部門によって異なります。日々の業務を効率化することなのか、新規事業のアイデアを経営層に上申することなのか、求められる行動は判然としません。ビジョン・理念・パーパスは抽象的であるがゆえに、解釈の幅が人によって大きく異なり、具体的な行動に移しづらいのです。
 ほとんどの企業でビジョン・理念・パーパスを「ただ知っているだけ」の従業員は多いものの、「体現し行動できる」従業員は限られます。従業員の能動的な行動を促すためには、ルバート・ヤンガー氏が提唱するSCOREフレーム(表2)の考え方が有効です。(※2)



 SCOREフレームはパーパスを組織に浸透させるためのフレームワークです。「Simple」「Connect」はどちらかと言えば経営層目線のポイントである一方、「Own:従業員一人一人がパーパスの責任者となる」「Reward:パーパスの実践が報酬に結び付く」は従業員目線のポイントと整理できます(なお「Exemplify」は経営層と従業員の対話や共感であり、双方の目線と言えます)。従業員の行動を呼び起こす上では、この「Own」「Reward」の2つが重要です。
 上層部が決定し一方的に従業員に押し付けるのではなく、個人と企業の目標および期待行動を丁寧にすり合わせることで、パーパスを反映した具体的な行動のイメージがつきやすくなります。また、適切な行動を行った従業員に高い評価や褒章を与えるなど、制度面でもそのような行動を後押しすることが重要です。パーパスを策定する側である経営層は、つい経営層目線のポイントに注目してしまいがちですが、従業員目線のポイントに特に力を入れることで、組織のあちらこちらでパーパスを体現する行動がみられるようになるでしょう。

3.まとめ
 当社の調査から、ビジョン・理念・パーパスの理解度が高い人は週の学習時間が多いという結果が得られました。また、ビジョン・理念・パーパスの存在をそもそも知らない人は、自身のキャリアや学習についても無関心であることが分かりました。
 ビジョン・理念・パーパスを浸透させるためには、ビジョン・理念・パーパスを自分ごととして考えさせ、望ましい行動を促進する仕組みを作ることが重要です。結果として、ビジョン・理念・パーパスが組織に浸透し従業員がそれらを理解することで、自身のキャリアを考えリスキリングに意欲的に取り組む従業員が増えると考えられます。そしてそのような継続的な取り組みによって、企業が持続的に成長していく基礎となっていくのです。

(※1):Kolb, D. A. (1984) Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development, Prentice Hall.
(※2):Younger, R., Mayer, C. & Eccles, R. G. (2020) Enacting Purpose Within the Modern Corporation, EPI.

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

■[動画] リスキリングの実態・ポイント解説(後編)
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