コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2023年2月号

中国の国家財政を揺るがす年金問題

2023年01月26日 三浦有史


中国では、人口高齢化が想定を上回るスピードで進んでいる。公的年金保険の一つである都市職工基本年金保険基金は2035年より前に残高がマイナスに転じる見通しで、国家財政を揺るがす問題となる。

■急ピッチで進む高齢化
国家衛生健康委員会は、2022年8月、党機関誌『求是』に「新時代の人口に関する新たな一章を記す」という論文を掲載し、第14次五カ年計画中(2021~25年)に人口減少に転じるという見通しを示した。そのうえで、高齢化の進展により、2035年に60歳以上の人口が全体の3割超に達する一方、核家族化により家庭の介護および育児の機能が弱まるとした。

中国の人口高齢化の特徴の一つは、なんといってもそのスピードが速い点にある。国連の「世界人口見通し2022年版」の中位推計から、人口全体に占める60歳以上の割合がどのように推移するかをみると、日本は1966年に10%に達し、20%を超えるのに28年、そこから30%を超えるのに15年かかった。そして、40%を超えるのに25年かかると見込まれる。中国は、2000年に10%に達し、20%を超えるのに24年と、日本とそれほど変わらないが、30%を超えるまでの期間は11年、そして、40%を超えるまでの期間は17年と予想されており、いずれも日本よりかなり短い。この背景に一人っ子政策があるのは言うまでもない。

■上昇続く高齢者扶養率
人口に占める60歳以上の割合は上昇するものの、60歳以上の高齢人口そのものは2055年頃にピークを迎え、その後減少に転じる。これは、年金財政の持続性という点からは朗報であるようにみえるが、高齢者を支える現役世代の人口がそれ以上に減少するため、年金財政がその後もひっ迫の度合いを増すのは確実である。15~59歳の生産年齢人口に対する60歳以上の人口の比率である高齢者扶養率は2080年頃まで上昇を続ける見通しである。

年金財政の悪化が懸念されるのは、「職工」と呼ばれる国有企業や大規模民営企業の就業者を対象とする都市職工基本年金保険である。公的年金保険の一つである同保険は賦課方式と個人積立方式を合わせた設計で運営されているため、高齢者扶養率が上昇すると年金財政は必然的にひっ迫する。労働力の流出と出生率の低下により高齢者扶養率が急速に上昇した黒竜江省では、2013年から同基金の支出が収入を上回るようになり、2016年には積立金も底を突き、基金残高がマイナスとなった。足りない資金は省財政で補てんされているとみられるが、高齢者扶養率のさらなる上昇を考慮すれば、同省の都市職工基本年金保険は制度として維持不可能といえる。

■年金制度改革は期待薄
政府は年金財政のひっ迫を見越し、いくつかの改革に取り組んでいる。その一つは、「中央調整システム」の確立である。同システムは、省レベルで管理されている年金制度を統一し、地域によって異なる年金支出急拡大のリスクを中央政府がまとめて管理することで、年金財政全体の健全性を保とうとする制度である。もう一つは、定年の延長である。政府は、江蘇省を試験地域に指定し、2022年3月から定年退職年齢の延長により都市職工基本年金保険の受給開始年齢を引き上げるとした。

しかし、これらの改革により年金財政の健全化が進むとは考えにくい。「中央調整システム」は実は4年前に打ち出されており、実効を伴わない政策群の一つとなっている。同システムは基金が順調に積み上がっている地域による年金財政が悪化した地域の救済という側面がある。前者では給付額が抑制されかねないため、実際には調整が難しく、習近平政権といえども簡単に進めることはできないのが実情である。

また、江蘇省の定年延長もどこまで広がるかが疑問視されている。延長期間は最短1年で、かつ、延長は一律ではなく、あくまで本人の自由意志に基づき、会社が同意した場合に限られるなど、対象範囲が限定される。過去の世論調査をみても、定年延長は実質的な給付額の削減と受け取られており、反対意見が6~9割に達するなど、一気呵成(かせい)には進められない状況である。

■年金が国家財政を侵食する
中国全体でみると、都市職工基本年金保険基金の残高は順調に積み上がっており、年金財政が直ちに破たんすることはないようにみえる。しかし、中国全体の高齢化が急ピッチで進むなかで、年金改革が進まなければ、基金の残高が減少に転じるのは時間の問題である。

実際、都市職工基本年金保険基金には、2021年に2010年比7倍の1兆2,763億元の補助金が投入されている。これは同基金の保険料収入の28.9%に相当し、同保険はすでに補助金なしでは維持できない状態にある。黒竜江省の年金財政の現状は、決して中国の遠い未来ではなく、近未来を映す鏡と捉える必要がある。

政府のシンクタンクである社会科学院の世界社保研究センターは、都市職工基本年金保険基金は2035年に残高がマイナスに転じるとした。これは2019年時点の推計であり、第7次人口センサスや国連の人口見通しで明らかになった少子高齢化の実態を踏まえれば、マイナスに転じる時期がそれより早まるのは間違いない。国際通貨基金によれば、中国の政府債務残高は2020年時点でGDP比93.1%と国際的に見て際立って高いとはいえないが、都市職工基本年金保険は間違いなくその増加を招来し、国家財政を侵食する元凶となるであろう。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ