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アジア・マンスリー 2023年1月号

香港のドルペッグ維持への懸念

2022年12月26日 野木森稔


香港通貨当局はドルペッグを維持するために大規模な為替介入を実施した。国際金融センターとしての地位に対する不安要素も増え、ドルペッグを維持できなくなることへの懸念は今後も続く見込みである。

■香港ドルに下落圧力、通貨防衛失敗との懸念も
2022年に入り、米国で金融引き締めが急速に進んだことを背景に、多くの国・地域の通貨が対米ドルで下落した。カレンシー・ボード制のもとで米ドルとの固定相場制(ドルペッグ)を採用する香港ドルにも下落圧力が強まっている。香港ドルは、取引許容レンジ(1 米ドル=7.75~7.85 香港ドル)の下限に到達したことから、5月から11月まで香港金融管理局(HKMA)が為替介入による通貨防衛を実施し、これによる香港ドル買いは2,421億香港ドルに達した。香港ドル市場におけるこうした攻防は度々起こっているが、2018年の下落局面で実施された介入金額の合計は1,256億香港ドルであり、今回の介入額はその約2倍にのぼる。この結果、介入の原資となる外貨準備高は11月末に年初来▲14.8%と急速に減少している。一部の市場参加者が、HKMAが通貨を防衛できない可能性が高まったと判断し、ショートポジション(売り持ち高)を増加させたことも介入額が膨らむ要因となった。

2000年代以降、香港は米国よりも中国本土と経済的なつながりを強めており、通貨をドルペッグするよりも、人民元ペッグや人民元を含む通貨バスケット方式とする方が妥当である、との意見は多い。現在の香港では、景気悪化にもかかわらず大幅な利上げが実施されており、ドルペッグは、景気サイクルが異なる米国と金融政策を連動させる必要がある点も問題である。

香港のドルペッグ制度が種々の問題を抱えているにかかわらず、HKMAのエディ・ユー総裁は7月にプレスリリースにて、ドルペッグが香港の通貨・金融の安定に欠かせないものであり、今後も維持される、と強調した。中国当局もこれを支持しているとみられ、中国共産党系の証券時報は8月3日付の記事で、ドルペッグが香港の通貨・金融の安定にとって重要な基盤であると論じた。具体的には、貿易・投資取引に米ドル建てが多い現状を踏まえると、ドルペッグは為替リスク管理の面でメリットが大きく、香港で貿易取引を増やすことや投資家を呼び込むために重要である、と指摘した。中国本土の金融市場の対外開放が進まないなか、人民元の国際化や上海・深圳といった大都市での国際金融機能の発展は遅れており、中国にとって香港の金融機能とその根幹にあるドルペッグの重要性は依然として高いと言える。

HKMAが約7カ月間にわたって為替介入を実施した後、香港ドルは対米ドルで上昇に転じ、変動許容範囲の中間点辺りまで持ち直している。これには、①HKMAがドルペッグ防衛への強い意志を示したほか、②米国と香港の市中金利差が縮小したことや、③中国のゼロコロナ政策の緩和や香港での入境規制の撤廃などを受けて資金流入が増加したこと、等が背景にある。

■国際金融センターとしての位置付けへの不安
しかし、香港のドルペッグ維持を巡る市場の懸念は完全に解消されたわけではない。中国と香港の当局がドルペッグの継続を強く望んでも、香港が国際金融センターとしての地位を維持できなければ、グローバルマネーが取り込めなくなり、ペッグ制の維持は難しくなる。

とくに、2020年に国家安全維持法が施行されてから、自由で国際的な香港市場への悪影響が懸念されている。実際、香港に拠点を持つ外国籍の金融機関は年々減っており、2022年は1,683拠点と、ピークの2018年から123拠点減少している。また2022年6月時点の香港の人口は前年差▲12万人(出生・死亡要因を除くと▲10万人)と、労働力の流出も深刻化している。

アジアの金融センターのライバルであるシンガポールが存在感を高めていることも、香港市場の国際的な地位を低下させる一因となっている。香港とシンガポールでは、税率が他の国・地域に比べてかなり低いことが投資家にとっての大きな魅力となっているが、所得税率(最高税率:香港15%、シンガポール22%)と法人税率(同16.5%、17%)ともに、香港の方がシンガポールよりも低い。また、アジア最大の経済規模を持つ中国の金融市場へのアクセスが容易な点でも、香港はシンガポールよりも国際金融センターとしての強みを有している。しかし、中国政府による香港に対する統制が厳しくなるとの懸念が強まっているほか、シンガポールは香港よりも素早くウィズコロナへの転換に成功したことから、多くの富裕層や投資家が香港からシンガポールへ退避する動きがある。また、英シンクタンクZ/YEN Groupが9月に発表した最新の国際金融センターランキングでは、香港が4位と前回3月の3位から後退した一方、シンガポールは6位から3位に上昇し、アジア内でトップとなった。国際決済銀行(BIS)による3年ごとの調査によれば、2022年の通貨取引高のシェアは、香港は7.1%と2019年の7.6%から下落したが、シンガポールが9.4%と前回の7.7%から上昇している。

香港では、今後コロナ禍の活動制限が経済に及ぼす悪影響は低下するとみられるものの、中国政府による統制が強まれば、自由な金融市場は維持されなくなるとの疑念は拭えず、金融機関の撤退や人材流出が続く可能性がある。その場合、香港の国際金融センターとしての優位性は引き続き低下する恐れがある。そうした状況の下、市場で通貨下落・資金流出の圧力が再び強まれば、香港のドルペッグが持続できなくなるとの懸念の再燃は避けられないであろう。

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