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【コーポレートガバナンス改革の潮流を読む】
(前編)東証再編・コーポレートガバナンス・コード改訂のインパクト

2022年12月19日 山田英司


 日本のコーポレートガバナンス・コード改革は、2015年のコーポレートガバナンス・コードの試行が端緒となり、コードを補完する各種の実務指針も整備されたことで、一定の進展を見せている。さらに、本年4月に東証市場が3つの区分に再編され、特にプライム市場は高度なガバナンスが求められ、具体的なガバナンス水準を示すために前年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂されたことでガバナンス改革も加速しつつある。今回の改訂では取締役会の監督機能強化と、その重要な役割を担う社外取締役の質・量両面での強化が迫られており、さらにサステナビリティなど社会変化への対応など、取締役会が監督すべき領域も拡大しているのが特徴である。これらの監督機能を取締役会が発揮し得る条件としては、単に社外取締役の増員だけでは不十分であり、監督すべき事項に対応できるスキルやノウハウを、実際に取締役が有しているかが重要なポイントとなっている。
 これら一連のガバナンス改革に対して、対応を進めている日本企業はどのような状況にあるかについて、日本(TOPIX100)の直近の開示資料をもとに、機関設計、人員構成、スキルの面から本稿で考察する。


 
①会社機関
 まずは、会社機関の状況であるが、モニタリングモデルを意識して監査役会設置会社から委員会設置会社への移行が進んでいることが見て取れる。また、2022年調査では任意も含めた委員会の設置動向を調査しているが、指名委員会は95社、報酬委員会は97社が設置しており、このことからガバナンスにおける重要な監督事項である指名と報酬に関しては企業に定着、浸透しているといえる。なお、前述の設置企業のうち、「指名・報酬委員会」いう形で一体運営している企業は31社にとどまっており、指名委員会と報酬委員会を分離する動きも進んでいる。これは、社外取締役の増員により、異なるメンバー構成での運営が可能になったことや、指名と報酬における審議対象の違いを明確にすることなどが、その背景に存在する。
 さらに、監査、指名、報酬の各委員会に加え、従来は執行サイドの諮問機関であった委員会を監督サイドに位置づけ、より時間を費やして深く監督を行う動きも見られる。具体的な領域として、「サステナビリティ」(10社)、「リスク」(9社)などであるが、この動きは今後も加速していくと想定される。いずれにしても、ガバナンス改革により多くの企業が、取締役会、委員会の在り方を見直しているのは、モニタリングモデルへの移行を意識したものと思料される。

②取締役会の人員構成
 モニタリングモデルとしての取締役会が有効に機能するためには、取締役会において社外取締役が過半数を占めることが重要であり、実際に今回のコーポレートガバナンス・コード改訂に際しても、社外取締役過半数の是非を巡り議論が繰り広げられた。この結果、プライム上場企業に対しては、3分の1以上の社外取締役の任用が要請されることとなった。この社外取締役の量的な確保の要請に対して、多くの上場企業で対応が進んでおり、TOPIX100企業においては社外取締役の占める比率は2019年調査時点で、既に3分の1を超える36.7%であったが、今回の調査では48.2%とさらに上昇し過半数をうかがう状況である。さらに、社外取締役が過半数を超える企業は100社中31社となっており、これらのことから社外取締役の増員が進んでいるのが分かる。一方で、これらの動きは主として委員会等設置会社によるものであり、マネジメントモデルの要素を残す監査役会設置会社では、社外取締役の占有率も、過半数を超える企業数も劣後している。委員会等設置会社への移行が進むとはいえ、現段階でも半数以上の企業が監査役会設置会社を選択している状況に鑑みると、モニタリングモデルへの移行については二極化の様相を見せているといえよう。なお、取締役会の人員構成については、多様性確保という観点から、女性や外国人取締役の任用が求められているが、今回の調査では、取締役会における女性比率は16.1%、外国人比率は7.6%であり、2021年調査(女性比率14.1%、外国人比率3.3%)と比較すると増加傾向にある。ただし、女性や外国人の取締役への任用は主に社外取締役にとどまっているのが実情であり、執行サイドでも自社の企業戦略やビジネスモデルを勘案した多様性を考慮した任用が、今後は求められるであろう。

③取締役のスキル
 取締役会の機能向上を実現させるためには、構成員である取締役が、取締役会での議案を十分に審議できるスキルやノウハウ・経験を有していることが前提条件であり、取締役会の監督機能強化が期待されている現状では、重要な監督項目についてはスキル・ノウハウを有した複数の社外取締役が監督を担うことが理想である。このような考えのもとで、今回のコーポレートガバナンス・コード改訂では、取締役会の実効性を確保するために必要なスキルを明らかにするとともに、保有状況をスキル・マトリックスなどの形で開示することが求められるようになった。このようなスキル開示要請に対して、企業の対応状況および、実際のスキル保有状況について図表2を基に分析・考察する。
 まず、スキル開示への対応状況であるが、今回の調査においては100社中95社がスキル・マトリックスを作成・開示を行っており、他の5社についても何らかの形でスキルの保有状況を開示しており、企業側の対応は進んでいるといえる。一方で、取締役に必要とされるスキルの定義や、個々の取締役がスキルを有しているかについて統一的な判断基準は現段階で存在しない。そのため、各社のスキル・マトリックスの内容にはバラつきが生じ、現段階で企業間の比較や日本企業全体の傾向を分析することは困難である。そこで各社の開示資料を基に、スキル項目と保有状況を再分類した。



 まずは、概観であるが、全体として取締役会においてスキルの保有状況は「広く・浅く」分布している。これは、業務執行の意思決定を担う、社内取締役が一定数程度存在しているマネジメントモデルの要素を日本企業が残している証左といえる。
 一方で、モニタリングモデルへの移行が進む状況下、監督に必要なスキルに目を転じると、主要なモニタリング項目と思われる、「経営戦略」、「ファイナンス」、「リスクマネジメント」、「ガバナンス」に関するスキルのカバー率については、2019年調査と比較しておおむね増加傾向にあるもの、いずれも取締役会決議において主導権を握ることのできる過半数には達してはいない。これらの項目については、本来は社外取締役を中心にして担うものであるが、社外取締役に限定して分析してみてもその保有水準は決して高い水準ではない。その理由としては、2015年のコーポレートガバナンス・コード施行以前では社外取締役の役割は経営陣への助言であると認識していたため、社外取締役に対しては広範な経験を期待しており、現在のように監督に必要なスキルを具体化し明確に示していなかったからと想定される。これらを勘案すると、現在は過渡期にあり、2015年度以前に就任した社外取締役が順次退任していくにつれ、それに替わって明確なスキル要求に従った社外取締役が新たに選任される。さらには、モニタリングモデルへの移行により社外取締役の比率も上がることから、監督すべき項目に対応するスキルを有した社外取締役が選任され、モニタリングモデルに即した取締役会のスキル構造になると思われる。なお、取締役会で監督すべき項目は、経営環境により変化する。現在は、「テクノロジー」や「デジタル」、「ダイバーシティ」や「サステナビリティ」が注目されており、執行サイドがこれらの要素を経営に反映しているかを取締役会で監督する必要があるため、これらの分野に関するスキルを有する取締役が必要になる。ただし、今回の調査では、上記の項目に関するスキルの保有率の上昇は認められたが十分な水準には達しているとは言えない。このことからも、一般的に必要とされる監督項目をカバーし得るスキルに加え、上記の分野に関するスキルを有する取締役候補者の獲得競争が当面は続くであろうと想定される。

 本稿では東証市場再編、コーポレートガバナンス・コード改訂が、企業のガバナンス改革に及ぼすインパクトについて、TOPIX100企業の開示情報から分析するとともに考察を行った。前述のとおり、会社機関や委員会の設置や、社外取締役の選任などの外形面においては取り組みが進んでいることは分析で明らかになったが、取締役会の実効性向上の根幹である、取締役の監督スキルの向上については継続的な課題と想定される。これらの課題に対して、どのような取り組みが必要になるのかについては、ガバナンス改革で先行する米国・英国企業との比較を織り交ぜて中編以降で説明する。

参考)TOPIX100企業の取締役会・取締役分析(2022年調査)

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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