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アジア・マンスリー 2022年12月号

ASEAN・インドの安定成長と進む「脱中国」

2022年11月29日 松本充弘、野木森稔


2023年のアジア経済は、ゼロコロナ政策に固執する中国の景気回復が遅れる一方、ASEANやインドが景気回復を続け、「脱中国」の受け皿としての魅力を高めていくと予想される。

1.ASEAN・インドの安定成長がアジア景気の支えに
2022年のアジア経済は総じて回復したが、そのペースは国・地域によって大きく異なっている。ゼロコロナ政策を堅持する中国では、感染拡大を受けて活動規制の強化で春先に景気が悪化し、その後の回復力も弱い。香港でも厳しい活動規制が続き、内需を中心に景気低迷が続いている。中国と香港の2022年の実質成長率は当初の予想よりも大きく下振れ、中国では+3.3%(2021年12月時点の見通し+5.4%)、香港では▲3.3%(同+2.2%)で着地する見込みである。一方、韓国と台湾は、年前半の好調な半導体需要が支えとなり、それぞれ+2.3%(同+2.4%)、+2.7%(同+2.8%)と当初予想並みの成長が見込まれる。ASEANとインドでは、活動規制の緩和による経済活動の正常化で内需が拡大した。外需の面でも、財輸出が堅調であったことに加え、各国の入国規制の緩和でインバウンド需要が回復し、サービス輸出も持ち直した。この結果、2022年の成長率は、ASEAN5で+5.6%(同+5.2%)と当初予想よりも上振れ、インドでも+6.5%(同+6.9%)と若干下振れるものの、高めの成長が見込まれる。

2023年もアジア全体で緩やかな経済成長が続くとみられる。ただし、地域ごとの違いは残り、ゼロコロナ政策が続く中国や先端半導体の需要減で輸出が下押しされる韓国や台湾の景気回復は、力強さに欠けるとみる。これに対して、ASEANとインドでは、以下の三つの要因を背景に安定成長を予想する。

第1に、堅調な財輸出が挙げられる。アジアの輸出では、IT関連以外の財輸出が7割を占めており、今年に入ってからも好調を維持している。とくに、西側諸国の対ロ制裁やそれに対するロシアの報復措置(天然ガス供給削減など)により、欧州諸国を中心にエネルギー需給が世界的にひっ迫したことから、資源輸出が好調である。インドネシアやマレーシアでは、鉱物性燃料の輸出数量が増加しており、この傾向は当面続くとみられる。IT関連財のなかでは、PCやスマートフォン向けの先端半導体の需要が低迷しているが、自動車や家電向けの旧世代半導体は供給不足が続いており、今後も生産拡大が図られる見込みである。足元の主要国の自動車生産台数は 2019年の水準に比べて10%以上も低く、旧世代半導体に対する旺盛な需要はASEANを中心に今後もアジアの輸出を押し上げると予想される。

第2に、サービス輸出の回復が挙げられる。2022年春から、アジア各国の入国規制が相次いで緩和され、アジア域内を中心に海外の観光客数が持ち直している。9月のASEANへの訪問者数は2019年の約4割まで回復した。ゼロコロナ政策を続ける中国からの観光客の回復は見込みづらいが、中国以外からの観光客が戻ることで、2023年の訪問者数は2019年対比8割程度の水準まで回復すると試算され、サービス輸出を押し上げると見込まれる。

第3に、底堅い内需が挙げられる。ASEANとインドでは、足元にかけて活動規制の緩和が進んだことを背景に、ペントアップ需要(繰越需要)が消費を押し上げている。ペントアップ需要の増加で雇用環境も改善しており、先行きも所得増加を通じて消費を下支えすることが期待される。実際、飲食店や娯楽施設などの営業制限が緩和されたことで、対面型サービス業の雇用回復が進んでおり、失業率の低下につながっている。

以上を踏まえると、2023年のアジア経済全体の成長率は前年比+4.8%と予想される。国・地域別に見ると、中国は+4.9%と、コロナ前(2017~19年平均)の6%台半ばを下回るとみられる。NIEsも+2.0%と、コロナ前の2%台後半を下回る見通しである。一方、ASEANとインドはそれぞれ+4.9%、+5.8%と、コロナ前と同等の安定した伸びが見込まれる。

2. 「脱中国」の恩恵により成長力底上げを図るASEAN・インド
長引く中国景気の不振はサプライチェーンの再編に向けた動きを強める可能性がある。各国の企業にとって、新たな投資先や生産拠点の移転先として、とくにベトナム、マレーシア、インドネシアの魅力が高まっている。

2000年代以降、中国の人件費高騰や労働争議などを背景に、各国の企業は中国以外の国・地域へ分散して投資する経営戦略「チャイナ・プラスワン」を進めてきた。それに加えて、2010年代後半の米中貿易摩擦や2020年以降の中国のゼロコロナ政策で、「脱中国」の流れが加速している。米国から見ると、中国との経済関係が弱まる一方、中国周辺のアジア諸国との関係が強まっている。実際、米国の輸入全体に占めるASEAN・インドのシェアは2019年以降、上昇している。なかでもベトナムの存在感が高まっており、輸入シェアは2015年の1.7%から2022年には4.0%と、2.3%ポイント上昇した。ベトナムは、①安価な労働力、②中国との近接性、③貿易協定の締結など輸出環境の整備、といった点で他のアジア諸国よりも生産拠点の移転先として高い優位性を持つ。最近でも、アップルなどの海外企業がベトナムでの生産拡大の意向を示すなど、今後もベトナムへの投資は順調に拡大すると見込まれる。

マレーシアへの直接投資が、2021年にかけて大きく増加していることも注目される。当初、貿易摩擦が主な争点となっていた米中対立は、2020年から軍事分野にも応用できる先端技術に関連した取引の管理に争点がシフトした。これを受けて米国は、経済安全保障の観点から重要性が高まる半導体のサプライチェーンを急ピッチで再構築している。マレーシアのペナン地区では、かねてから半導体企業の集積に成功しており、半導体製造の前工程から後工程に至るまで幅広い工程が整備されている。充実した電気・電子産業のエコシステムが企業を誘致するうえでの強みとなっており、米国をはじめとする海外からマレーシアへの電気・電子製品関連の投資を促している。

インドネシアでは、資源関連の投資が急速に増える可能性がある。世界的に資源確保へ向けた競争が激しくなるなか、インドネシア政府は、豊富な埋蔵資源を活かした産業戦略を掲げている。なかでも、インドネシアは世界最大のニッケル埋蔵量を有しており、政府は、これを活かした電気自動車(EV)関連産業の上流から下流までをカバーする国内サプライチェーン構築を目標に掲げている。具体的には、政府は、2020年からニッケル鉱石の禁輸措置を実施することで国内での製錬を促しており、ニッケル製錬などベースメタル産業への大規模な投資が実施されている。さらに、政府はASEANでEV生産のハブとなることも目標としている。リチウムイオン電池やEV生産に関連した海外からの投資受け入れを積極化しており、自動車産業への投資も増加することが期待される。

このように、ASEAN・インドは、生産拠点の誘致を成功させ、経済成長を一層加速させる可能性が高まっている。もっとも、こうした動きは米中対立を強めることから、米国や中国との関係悪化を恐れ、当該国の政府が一転して企業誘致に消極的になる可能性も排除できない。米国は、同盟国や友好国との関係を活かしたサプライチェーンの強化方針「フレンド・ショアリング」を進めようとしており、それを受け入れることで対中関係が悪化する恐れがある。また、ASEAN・インドでは今後も選挙などの政治イベントが控えており、各国企業は、選挙を通じて内政が不安定化するリスクに注意を払う必要がある。政権基盤が不安定な国も多いだけに、選挙の結果次第で社会情勢の悪化や政策方針の変更が生じる可能性もあり、そうした国で企業誘致がこれまでのように進まなくなる恐れもある。例えば、マレーシアでは、2018年以降、与野党含めた多数派工作が繰り返され、短期間での首相交代が続いた。11月の下院選挙ではどの政党も単独で過半数を獲得できず、今後も連立政権のもとで権力闘争が続くとみられ、不安定な政局が続く可能性が高い。また、インドネシアでは、支持率の高さと政権基盤の強さを背景に、政策を強力に推進してきたジョコ大統領が2024年で任期を終える。2023年後半には各党の大統領候補者が固まるとみられるが、多党政治のインドネシアで、次期大統領が強いリーダーシップを発揮して成長加速に向けた政策を推進していけるかは不透明である。

3.金融面のリスクに警戒が必要
アジア諸国では、金融面の不安定化リスクに引き続き注意が必要である。2022年に入り、米FRBによる金融引き締め政策が急速に進んでいることから、新興国通貨全般に下落圧力が高まっている。加えて、アジアでは、新型コロナやウクライナ問題を受けて、①経常収支の悪化、②インフレの加速、③政府債務の累増が為替相場を中心に市場を一層不安定化させることが懸念される。

具体的に見ると、インドネシアとマレーシアを除くアジア諸国では、食料や鉱物資源を輸入に依存している。これらの商品市況が高騰していることから、経常収支が軒並み悪化している。経常収支の悪化は実需取引の面から通貨下落圧力を強めており、フィリピン、タイ、インド、ベトナムでは通貨防衛のための為替介入が増加し、外貨準備が大きく減少している。

また、アジア諸国ではインフレが加速しており、一部の国では社会情勢が不安定化している。足元の消費者物価の前年比は、インドで+6.8%、フィリピンで+7.7%、タイで+6.0%、韓国で+5.7%を記録しており、金融政策のインフレ目標値を超える国が多い。このため、各国の中央銀行は政策金利を急ピッチで引き上げている。多くの国で、政策金利はコロナ禍前の水準を超えており、金融環境はタイトになっている。なかでも韓国では、コロナ前から政策金利が2%ポイントも引き上げられている。金利の急騰もあって韓国大手テーマパーク会社の社債不渡りが発生し、信用リスク警戒感が急速に広がるといった事態も生じている。

新型コロナ感染が拡大してから、財政状況も急速に悪化している。2020年には各国でコロナ対策として、医療体制の拡充や景気支援を目的とした財政支出が急拡大した。これに続いて2022 年には、物価高対策として、エネルギー価格の高騰に対する家計支援策が増加するなど、歳出の膨張は収まっていない。IMFによれば、一般政府債務残高のGDP 比は、中国で2019 年の57.2%から2021年の71.5%に上昇しているほか、ASEAN5でも2019年の 38.4%から2021年の49.9%に10%ポイント以上上昇している。こうした経常赤字、高インフレ、財政赤字の問題が深刻化すると、資金流出が一段と強まることで金融市場が混乱するリスクがある。
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