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データ流通無きデータエコノミーを目指して
~我が国のデータ流通の課題と秘密計算への期待~

2022年10月12日 若目田光生


 デジタル化の進展に伴い、データがビジネス競争力の源泉となり、企業や国、世界の秩序すら変えようとしている。また、データの利活用に基づくイノベーション無くして、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーの実現、今後も訪れるだろう未知のパンデミックの克服など、持続可能な社会の実現は困難である。もちろん、少子高齢化がもたらす諸課題、激甚化する自然災害など日本が世界に先んじて直面する社会課題解決にとっても然りである。

 しかしながら、巨大プラットフォーマーが牽引する米国、国家権力によるトップダウン政策を展開する中国はもとより、世界的に見ても日本のデータ活用の遅れは致命的で「失われた30年」の元凶と評する向きもある。
その状況を打破すべく、わが国のデータ政策は、サイバーとフィジカルの融合を勝ち筋として、産官学の幅広いステークホルダ間でデータを共有、連携する事で活用価値を高める戦略を志向してきた。多くの社会課題は、サプライチェーンやエリアでデータを共有することが解決の前提となっていることからも戦略の方向性は正しいだろう。DFFT(Data Free Flow with Trust)というコンセプトも、ローカライゼーションや寡占に対し「データ流通の促進」を提唱するもので、わが国の戦略として一貫性がある。

 では、国の目論見通りに、企業間の壁、分野間の壁、国家間の壁、生活者と企業の壁などを乗り越え、公正、自由な「データ流通」は進展しているだろうか。結果的に世界に誇るサービスやビジネスモデルは創出されただろうか。あるいは新型コロナウイルス感染症対策においてデータは最大限に活用されただろうか。
 残念ながら、いずれも答えはノーである。阻害要因は様々議論されているが、筆者は大きく2つと認識している。ひとつは、パーソナルデータの流通、活用に関する企業や行政のケイパビリティ、主にプライバシーガバナンスの欠如が起因し、結果的に生活者からのコンセンサスが得られていないこと。2点目は、日本企業が、差別化戦略を過度に意識することで生じる「囲い込み」を是としたビジネスモデルや意思決定から脱却できていないこと、言い換えれば「自社の競争力に資するデータ」と「協調領域として流通、共有すべきデータ」の線引きができていないことである。

 特に前者のパーソナルデータの流通に関する課題は、「企業や組織間によるデータ流通の促進」というデータ戦略とのミスマッチも背景にあり根が深い。「パーソナルデータの流通」とは個人情報保護法における「第三者提供」や「目的外利用」に該当することが必然で、個人の権利利益の保護の為に事業者に様々な義務が課せられる。これら義務と「自由な流通、自由な活用」とはそもそも相対するものであり、法務や実務の現場と嚙み合わない理由はここにある。
 パーソナルデータの本格的な流通による新たなビジネスモデル創出をゴールとすると、「with Trust」や「当該個人の関与」といった抽象的な施策だけで万事うまくいく程単純ではない。さらに、法制度対応に留まらず、プライバシー侵害リスクへの対応、多様化する生活者の受容性への対応、流通する相手までを対象とした信頼の担保などに相応の経営資源の投入が必要となる。
 ゆえに、データ流通や共有を前提とする事業の企画がなされても、「個人情報はハードルが高いので当面は対象としない」といったリスク回避のための先送り、あるいは「個人情報やプライバシーに“配慮しつつ”進める」といった具体性の無いポリシーによる見切り発車が散見されるのである。

 そろそろ我々は、データが自由に転々流通し、統合され、みなで共有する“例のポンチ絵”を忘れ、「データ流通の制約や限界」を正しく認識した上で、データによる価値創出に向けた適切な道筋を考えるべき時ではないだろうか。そもそもの目的がビジネスや社会課題の解決にあるとすれば、大量のデータを集めることは手段に過ぎず、データ連携から導出されるインテリジェンス(新たな知見やエビデンス)が重要だからである。

 「企業間、分野間のデータ連携が重要なことは分かった。しかし、パーソナルデータの提供はできないし、自社の競争力に資するデータの開示は避けたい。」この、「データを出さずに連携する」という相反する要件を満たす技術が秘密計算である。暗号化したままデータを開示することなく、企業間、分野間のデータを統合し、高度な分析ができる技術である。つまり、「パーソナルデータの統合における個人の保護」、「企業間のデータ統合における機密の保護」というわが国のデータ流通の二つの課題を克服し「企業間、組織間のデータ連携によるインテリジェンスの獲得」を実現する仕組みである。タイトルに掲げた「データ流通無きデータエコノミー」とは、統計化、匿名化、仮名化に続く「第4のパーソナルデータ利活用手法」としての秘密計算を軸とした、データ社会の新たなコンセプトといえよう。

 秘密計算は、近年では特にプライバシー強化技術(PETs:Privacy-enhancing technologies)のカテゴリーに入る技術として取り扱う傾向がある。処理中を含めデータを常に暗号化したままである点、もしくは秘密分散という技術により元のデータをいくつかの断片情報に分割しデータを無意味化する点など、データが漏洩するリスクやデータの不正利用によるプライバシー侵害に強いという特徴がクローズアップされてきたからであろう。
 しかしながら、前述した我が国のデータ流通の課題を踏まえると、安全管理の強化に留まらず、「組織間のデータ共有、統合を促進する攻めの技術」として普及促進し、新たなデータ連携ブラットフォームとしての社会実装を急ぐべきと筆者は考えている。

 秘密計算を含むPETsはG7データ保護・プライバシー機関ラウンドテーブル等、活用に向けての国際的な議論や標準化が始まったところである。日本においても、医療分野における個別化医療の実現、金融分野における不正送金の検知、サプライチェーンの最適化などの領域で実証が進んでいる。また、筆者が関与している一般社団法人データ流通推進協議会ではユースケースの創出に向けた検討や社会実装に向けた課題の抽出を行うなど、業界横断の動きも活性化してきている。日本総研においては、2021年11月に「プライバシー強化技術の概説と動向」というレポートを公開し、特定の製品やベンダーに依らない客観的な評価を発信している。

 他方、秘密計算のプラットフォーム化に向けては課題も大きい。企業秘密や個人情報がきちんと守られているかなど安全性の担保、個人情報保護法など法的な解釈の明確化、様々な事業者やデータ主体である生活者からの認知といった課題である。性能や標準化など技術課題も残っている。技術、ビジネス基盤、そして法の観点で議論を重ね、法改正や規制改革の場で、あるいはDFFTの技術的要素として議論の対象とされることも期待したい。
 日本総研では、技術的な評価検証に加え、ルール形成、ユースケース創出などプラットフォーム化の促進に関与することで「データ流通無きデータエコノミー」の実現に貢献したいと考えている。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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