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アジア・マンスリー 2022年10月号

中国の若年失業率の高止まりは何を意味するか

2022年09月29日 三浦有史


中国の若年失業率は過去最高の水準に達した。その背景に何があるのか。失業率は果たして低下に向かうのか。中国経済にどのような影響を与えるのか。中長期的な視点からこれらの問題を考える。

■若年失業率が過去最高水準に
中国の若年失業率が上昇している。2022年7月の16~24歳に当たる若年層の都市調査失業率は19.9%と過去最高の水準に達した。5人に1人が失業という状態である。その一方、全体の調査失業率は低い。これは、若年層の上に位置する25~59歳の失業率が低いこと、そして、就業者全体に占める16~24歳の割合が16.0%に過ぎないことによるものである。

調査失業率は、国家統計局が統計の精度を高めるため、2013年6月から公開を始めたもので、都市か農村かの戸籍を問わず都市に居住している人、いわゆる「常住」人口を対象にした調査によって算出される。失業者の定義は、過去3カ月間、求職活動をしており、適切な仕事があれば 2 週間以内に働き始めることができる人である。

調査失業率は、12万戸を対象にした訪問調査をもとに算出されており、一定の信憑性を備えている。しかし、中国では、①賃金カットを受け入れなければ、失業が自己都合とされ、失業手当の受給資格が得られない可能性があるため、従業員が賃金カットを受け入れるケースが多いこと、②失業手当が少ないため、失業保険に加入していたとしても、失業を選択するのは得策ではないことから、失業率が低くなりやすいという問題がある。

失業手当の給付水準は、日本の生活保護に相当する都市住民最低生活保障を下限に地方政府が定めることになっている。実際の給付額を、失業保険基金の支出額を同保険の受給者で除すことで求めると、2021年で2万4,671元となる。これは、同年の平均賃金の8万8,115元の3割に満たず、都市住民最低生活保障の8,131元に近い。

■若年失業率上昇の背景
若年失業率は、2020年と2022年の上昇が顕著である。この背景に、新型コロナの感染拡大があるのはいうまでもない。2020年は湖北省武漢市に端を発する感染拡大を受け、1~3月期の実質GDP成長率が前年同期比▲6.9%、2022年は上海市における感染拡大に伴う都市封鎖(ロックダウン)を受け、4~6月期の成長率が同+0.4%に落ち込んだ。急激な景気後退は、若年労働力に対する需要に深刻な影響を与えた。

しかし、問題はそれだけではない。その一つは、若年労働力の供給圧力の高まりという供給側の問題である。日本の文科省に相当する教育部によれば、2022年の短期大学と大学院を含む大卒は前年比167万人増の1,076万人と、初めて1,000万人の大台を超えた。2022年は新型コロナの感染拡大にこうした事情が加わり、若年失業率の上昇に拍車がかかった。大卒の4分の1がIT業界への就職を希望しているが、同業界は習近平政権が掲げた「共同富裕」に伴う規制強化によって業績が悪化し、人員削減を進めているというミスマッチの問題も大きい。

もう一つは、若年層の就業環境が不安定で、解雇されやすいことである。中国では、解雇は勤続年数に応じた補償金の支払いが義務化されているため、そのしわ寄せが若年層に集中する。ある人材会社がインターネットを通じてIT業界の人員削減の状況を調査したところ、解雇の対象となっているのは主に入社年次3年未満の若年層である。若年層は採用されにくいと同時に解雇もされやすい脆弱な存在である裏返しとして、25~59歳の失業率が低位で安定しているのである。

■今後10年間高止まりが続く
若年失業率が高いことは、次代を担う若年層が就労というかたちで社会に参加できていないことを意味する。若年層は貯蓄が少ないうえ、失業保険などのセーフティーネットから漏れている人が多いため、失業は貧困や格差拡大につながりやすい。マクロ経済的な損失も大きい。もっとも生産性の上昇が期待できる労働力を活用できなければ、必然的に企業はもちろん経済全体の活力も低下する。また、少子化の進行や人材の海外流出など、人的資本の縮小も誘発する。

若年失業率の上昇は、いずれの国においても社会の安定や国力を左右する深刻な問題であり、優先的な取り組みが期待される政策課題である。しかし、中国では同失業率の高止まりが続くと見込まれる。理由の一つとして、大卒が今後も増え続けることがある。高等教育の大衆化により大学の入学者は増え続けており、大卒が1,100万人を超える水準で推移するのは間違いない。

長期的にみても、供給過剰が緩和される見込みは薄い。国連の「世界人口推計2022年版」によれば、16~24歳の人口は2007年から減少し、2022年に1億4,439万人となる減少局面にあったものの、それを底に2033年まで増え続ける局面に入る。中国は、早ければ2022年に人口減少社会に転じるが、若年失業率は低下に向かうどころか、今後10年にわたり高止まりの状態が続くとみておく必要がある。

高い若年失業率は中国に限った問題ではないものの、習近平政権にとって特別な重みを持つ。同政権は、物欲が乏しく、競争、勤労、結婚、出産に消極的になる「横たわり」(中国語で「躺平」)という厭世的な心情が若年層に広がることを強く警戒している。若年失業率の高止まりが長期にわたって続くとすれば、この問題は一段と深刻化し、少子化の加速や個人消費の低迷にとどまらず、競争のなかで切磋琢磨し自らを鍛え上げる、という中国の経済発展を支えてきた社会的基盤を侵食しかねない。
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