コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2022年8月号

中国の資本流出懸念と金融緩和余地の縮小

2022年07月28日 野木森稔


中国では資本流出が懸念されており、積極的な金融緩和が難しくなっている。資本流出の背景として、米国の利上げに加え、ゼロコロナ政策や対ロシア取引を巡る二次制裁への警戒感が挙げられる。

■中国の対内証券投資に逆風
近年、世界の投資家は中国本土証券市場に積極的に参入し、中国の株式や債券への投資を拡大させていた。しかし、昨年末頃から海外投資家が中国資産の売却を進めており、資本流出が加速する懸念が高まっている。国際金融協会(IIF)によると、中国証券市場からの純流出額は本年3月に374億ドル(株式66億ドル、債券307億ドル)と、統計が開始された2015年以降で最大となった。中国人民銀行が公表する中国本土証券の海外投資家保有額は2018年頃から増加ペースを速めてきた。しかし、2021年末から2022年初にかけて、株式・債券ともに減少に転じている。これを受けて、中国政府は国内企業による海外投資に関する審査に一段と慎重になっているという(7月15日付Bloomberg News)。

世界の投資家は中国への証券投資に対し悲観的な見方を強めているが、その背景には以下三つの要因が考えられる。

一つ目は米中の金利差逆転である。インフレ率が急上昇する米国と、低インフレとともに景気の先行きに不安が高まる中国との間で金融政策に大きな違いが生じている。2年物米国債利回りは本年4月に3年半ぶりに中国債利回りを上回り、中国から米国への資金の流れが強まっている。実際、人民元(対ドルレート)は米中金利差に連動して減価している様子が見受けられる。

二つ目は、ゼロコロナ政策による中国景気への悪影響が挙げられる。中国では、3月下旬以降、活動規制が厳格化され、経済が低迷した。感染力が非常に強い「オミクロン株」に対しても、中国当局は徹底的な抑え込みを目指したことが経済活動を停滞させた。中国政府はゼロコロナ政策を堅持する姿勢を変えておらず、今後も厳しい活動規制が実施されるリスクがあり、経済の混乱が繰り返される可能性がある。投資家は中国企業の業績悪化を強く意識し、中国株式の売却を加速させたとみられる。

最後に、対ロシア取引に関連した二次的制裁への警戒が指摘できる。西側諸国は、対ロシア制裁の「抜け穴」が生じることを防ぐため、ロシアとの経済取引を行う外国人や外国企業に対して二次的制裁を課す可能性がある。経済制裁に反対する中国はその対象となるリスクが高いため、投資家は中国企業とロシアとの関係についても注意を払う必要が生じている。実際、ロシアのエネルギー開発案件に関連した融資を行っていることを理由に、海外投資家が中国の政策銀行である国家開発銀行と輸出入銀行の債券を売却していることが報じられた(7月12日付 Wall Street Journal)。

なお、西側諸国は制裁として国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシアの銀行を排除したことで、ロシアでの対外金融取引がほぼ封じられることになった。仮に、中国が同様の制裁を受けるような事態になれば、中国本土に金融資産を保有する投資家は対外金融取引が困難となる。現時点では、そうした事態に至る可能性は小さいものの、中国本土への投資拡大をリスクとして考える投資家は増加しているとみられる。

■資本流出への懸念で金融緩和の余地低下
中国からの資本流出が加速するなか、それを助長しかねない利下げや通貨供給拡大など金融緩和の余地は縮小している。2022年前半には預金準備率や実質的な政策金利である最優遇貸出金利(LPR)などが引き下げられた。その後も金融緩和による景気の下支えが期待されたが、足元にかけて状況が急速に変わっている。5月に実施された利下げは住宅需要の喚起(5年物LPRは住宅ローン金利の基準金利)に限定された。人民銀行の易総裁(6月27日付Bloomberg News)と鄒貨幣政策局長(7月13日付Bloomberg News)は、実質金利はすでにかなり低いほか、国内銀行間市場の流動性は十分であることから、中国人民銀行が先行き利下げを実施する可能性が低いことを示唆している。

足元にかけて中国経済は持ち直しているものの、ゼロコロナ政策によって大きなダメージを負っている。回復ペースを強めるためには、政策支援が必要である。しかし、7月19日、李克強首相が「中国が大規模な刺激策を講じたり、通貨を過剰発行したり、あるいは過度に高い成長目標を誇示したりすることはない」とコメントしており、2022年の経済成長率目標「+5.5%前後」に必ずしもこだわらない意向が示唆された。以上を総じてみると、中国当局は資金流出が中長期的な経済発展に悪影響を及ぼす事態を回避すべく、当面、景気対策としての金融緩和は実施されない可能性が高いと判断される。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ