コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

政策へのデザインアプローチの導入可能性

2022年07月25日 辻本綾香水嶋輝元粟田恵吾清水久美子


1.政策をデザインするという視点の重要性
 現代はVUCAの時代と言われて久しい。急速に進む少子高齢化や加速度的に進化するテクノロジーの登場など、社会環境が大きく変わってきたことに加え、個人個人のニーズが多様化し、SDGsへの対応など行政に対する要請も複雑化している。このような状況下において、我々は以下の問いを設定し、その答えを探索するための研究を開始することとした。

〇公共政策はこれらの変化を確実に捉えられているだろうか。
〇また、市民が「今」求めていること(ニーズ)を適切に理解できているだろうか。
〇予測不可能性が高まっているなか、既存の課題解決型の行政運営だけで「今後も住み続けたい」あるいは「あのまちに住んでみたい」と思える人を増やせるのだろうか。
〇複雑化する政策課題に対応するためには多分野にまたがる知見やノウハウが必要となっている。どのように市民や企業等と効果的に連携すべきだろうか。

 これらに対する答えを考えるヒントとして、政策デザイン分野において最先端の動きであるJapan+Dの発足について触れたい。Japan+Dは、経済産業省において省内へのデザインアプローチ普及のために立ち上げられた若手職員による有志チームの活動が核となり、その活動を他省庁にも広げるために省庁横断型で設立された組織である。彼らは「日本の行政にデザインアプローチを取り入れ、人に寄り添うやさしい政策を実現(※1)」することをミッションに掲げ、政策づくり・組織づくり・仲間づくりに取り組み始めている。この動きが注目される点は、行政の現場と企業や市民との距離が離れてしまい、いわゆる「お役所仕事」とやゆされがちな政策に対する課題感を、政策の現場で活躍されている行政官自身が認識していること、また、過去や慣習の延長線上にはないありたい未来や新たな方法を見いだしていくことを目指している、ということである。
 これらの問題認識がすべての行政官に共有されている、とまでは言いがたいが、少なくともそのように感じている行政官が存在しており、複数の省庁を巻き込む大きなうねりとなっていることは事実である。国においてこのような動きが広がっているなか、今後は自治体にも確実に波及していくのではないかと考える。


2.デザインアプローチを政策に取り入れることの意義

(1)デザインアプローチとは何か
 デザインアプローチの定義は、日本だけでなく、世界においても画一的に決められたものは存在しない。
先に挙げたJapan+Dでは、政策にデザインが必要な理由を「より良い日本を実現するには、政策を届ける相手である企業や市民のみなさんに寄り添うこと。そして行政内外のさまざまな仲間を巻き込み、常に新しい視点とアイデアを持って考えを膨らませること。」としており、「人間中心起点」「未来志向」「実験的」「共創」の4つの要素が含まれるアプローチをデザインアプローチと呼んでいる(※2)
 海外に目を向けてみると、英国のPolicy Labは「人間中心のアプローチを政策立案に持ち込むこと」を組織の存在意義とし、「人々をより深く理解し、共創して新たな解決策を生み出す」ことをサポートしている(※3)。ここでは、Japan+Dが掲げる要素のうち、特に「人間中心起点」「共創」を強調していることがわかる。また、Policy Labでは、3D(Design, Data, Digital)のコンセプトを提唱し、データやデジタルツールにより視覚的に見える化すること、定性的な情報との組み合わせによる信頼性の向上が必要不可欠であると述べている(※4)。ここでは、データによる「可視化」の要素を加えていることが特徴的である。
 ニューヨーク市のService Design Studioでは、「公共サービスの利用者と提供者が共に共創すること」「プロトタイプでユーザビリティを向上させること」「すべての人がアクセス可能であることを担保すること」「公共の資源はそれを最も必要とする人に公平に分配されること」「「インパクトと効果を評価し継続的に改善すること」があるべき政策デザインの姿として描かれている(※5)「共創」、「実験的(プロトタイプ)」と公共サービスとしての公平性の担保に加え、効果を「可視化」することの重要性が示されている。
 このように、組織によってデザインアプローチの定義は異なるが、「人間中心起点」「未来志向」「実験的」「共創」の他、「可視化」も含めた5つの要素はデザインアプロ―チに必要な項目として抽出することができる。これを踏まえ、本稿では、デザインアプローチとはこれらの5つの要素を実行可能なすべての手法であると定義することとした。

(2)従来のアプローチとの違い
 ここで、従来の政策立案・実行のアプローチと、デザインアプローチにはどのような違いがあり、デザインアプローチを取り入れることにより何が変わるのか、を考えてみたい。
 デザインアプローチには多様な手法やプロセスが含まれるため一概には単純比較をすることが難しいものの、政策の立案・実行に係るプロセスに沿って考え得る差異と期待される効果を整理することができる。また、プロセスを変えるだけではなく、それを実装するための組織や人材のあり方も変える必要があるだろう。
 「問題・課題の定義」フェーズでは、「人間中心起点」の視点を持ち続けることで、多様化するニーズや社会の変化にも対応可能となることが期待される。「ビジョンの設定」フェーズでは、「未来志向」の考え方に基づき新しさと市民の“こうありたい”を兼ね備えた未来を描くことで、共感を呼び、人を惹き付ける政策として立案できる可能性がある。「解決方法の立案」フェーズでは、「実験的」なアプローチをとることで、それぞれの地域で真に必要な手段を試行錯誤の中で見つけ出していくことができるだろう。「実行・評価」フェーズでは、「可視化」の観点に基づき、実行しながら効果を見える化することで、やりっぱなしではなく常にその効果に応じて計画を見直す等のマネジメントができるようになることが期待される。最後に、組織や人材の観点からは、行政内外を問わず多様な人々との「共創」により、イノベーティブで全体感のある政策実行を可能にすると考える。
 デザインアプローチを政策に取り入れることで得られるこのようなメリットを最大化するため、本研究会では具体的な手法や普及促進の方策について今後検討を進めていくこととしている。



3.2021年度の研究成果

(1)研究の趣旨と実施体制
 デザインアプローチを政策に取り入れるためには、まずはわが国の地方公共団体が抱えている課題と、その課題にデザインアプローチが貢献できる余地があるかどうかを把握することが重要である。そこで、2021年度は、行政におけるデザインという概念の浸透度合いや実践度合いなどの観点から、現状の把握に取り組んだ。
 また、政策とデザインに関する知見を融合する必要があることから、株式会社日本総合研究所および武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科岩嵜研究室との連携により調査・研究を進めることとした。2021年度に実施した調査については、2者の共同研究方式により行った。

(2)調査の概要
 調査は、民間調査会社のモニターに公務員として登録をしている人を対象にインターネットアンケートにより実施した。



(3)調査結果 
 ここでは、アンケートで得られた結果について、特に重要な論点に絞って概説する。調査結果の詳細については、武蔵野美術大学岩嵜研究室とともにとりまとめた以下のレポートをご参照いただきたい。

【結果概要PDF】

①基礎自治体の政策上・日常業務における問題および課題認識について
 アンケート結果からは、政策課題の複雑化・長期化に加え、多様化するニーズの政策への生かし方に難しさを感じていることが明らかになった。また、課題の複雑化を特に感じる分野としては、「人口減少」「超高齢社会」「財政状況の圧迫」と回答した人が多い。



②基礎自治体におけるデザイン手法の導入度、実践度合いについて
 デザイン思考の認知度は8.4%、デザイン思考を知っている人のうち行政実務において活用したことのある人の割合は18.5%であり、低い水準にとどまっていることがわかった。



 一方で、デザイン思考を活用したことがあると回答した人は、活用したそれぞれの場面においてその有効性を感じたと回答した人が70%を超えており、適切な場面で活用することで有効に働き得ることがわかった。



③基礎自治体におけるデザイン手法導入の可能性および障壁
 日常業務においてデザイン手法を活用している人の割合は高くはないが、その中では相対的に「バックキャスティング」「インタビュー調査」「観察調査」の利用割合が高い。役立つと感じた手法、または役立ちそうであると思った手法を回答する項目では、「バックキャスティング」のような先入観に囚われない長期計画の立案方法や、「インタビュー」「観察調査」のような人々が心の奥底で抱えている問題を浮かび上がらせるような調査の方法に対する役割期待度が高い。



 デザイン手法を行政実務に取り入れる場合の障壁として、デザイン思考に対する「理解」と「活用するためのノウハウの習得・実践・蓄積」を課題として挙げる人の割合は40%を超えており、デザイン思考に触れたことのない人に対する説明の難しさが予想される。



6.今後の展望 
 2021年度に実施した調査から、本稿の冒頭に示したような課題の複雑化やニーズの反映に対する必要性に関しては、政策の現場を担う自治体職員も同様に感じていることを確認することができた。同時に、デザイン思考を活用したことのある自治体職員においてはその有効性を感じている人も多い。このことから、デザインアプローチに対する理解はまだまだ低いと言わざるを得ないという状況ではあるが、理解を得て実践する機会さえあれば有効に活用していただける余地はあるのではないかと考える。
 2022年度以降においては、具体的にどのようなアプローチがどのような場面で活用し得るのかを特定するため、武蔵野美術大学と連携して引き続き検討を進める。

(※1) Japan+Dホームページ
(※2) JAPAN+Dプロジェクトチームデザインで変える「行政と私たちの未来」(2022年3月31日)
(※3) Policy Lab “About Policy Lab”
(※4) Policy Lab “Data and Design”
(※5) Service Design Studio “Service Design Principles”

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ