コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

日本総研ニュースレター 2022年3月号

外部環境の変化に対応した持続可能な農・食の実現

2022年03月01日 前田佳栄


環境負荷低減に向けた各国の戦略策定の動き
 SDGsに対する関心が世界的に高まる中、持続可能な農・食を実現するための戦略が各国で策定されている。2020 年 5 月、EU は農場から食卓までを意味する「Farm to Fork 戦略」において、2030 年までの化学農薬の使用およびリスクの 50%削減、一人当たり食品廃棄物の 50%削減などの意欲的な目標を設定した。また、米国農務省は同年 2 月に「農業イノベーションアジェンダ」を発表し、2050 年までの農業生産量の 40%増加と環境フットプリント(製品や企業活動が環境に与える負荷を評価するための指標)の 50%削減の同時達成などを目標に掲げた。これらの戦略は、農業生産だけでなく、サプライチェーン全体で環境に優しい農・食の実現を目指していることが特色である。
 日本の農林水産省でも、2021 年 5 月に「みどりの食料システム戦略」を公表した。欧米と同様に、生産から消費のサプライチェーンの各段階で環境負荷を軽減させる技術革新を促すなど、生産力向上と持続性の両立を目指すものとなっている。例えば、農業生産では、2050 年の目標として、化学農薬および化学肥料の使用量をリスク換算でそれぞれ50%、30%低減、耕地面積に占める有機農業の取組面積を 25%(100 万 ha)に拡大などが設定された。農林水産省では、令和3年度補正予算、令和4年度予算において、戦略の実現に向けた各種支援メニューを整備している。

需要起点の作付と安定生産の重要性
 持続可能な農・食を考える際、自然環境以外にも忘れてはならない点がある。それは、需要家や消費者の動きをは じめ、サプライチェーン全体に目を向けることである。例えば、中国では家畜飼料用途での大豆の消費が急拡大し、2020 年の輸入量は 1 億トンを突破した。シカゴ大豆相場は、2021 年春には前年夏と比べて5~6 割も高値となった。このように世界の食料需給のバランスが崩れた場合、日本の農産物輸入にも影響が出ることが想定される。
 今後の農業では、需要に合わせて作付を柔軟に見直していくことが求められる。既に人口減少や食生活の変化によって、従来通りの作付では需給バランスが取れなくなり始めている作物もある。

 北海道では、砂糖の原料であるてん菜から、他の需要の大きい作物への作付転換が迫られている。砂糖の消費量減少に伴い、てん菜の生産を支える糖価調整制度が存続の危機にあることなどが背景にある。一方、国産農産物を使った商品の人気上昇によって、馬鈴薯などは、メーカー側から増産や安定生産を強く望む声が上がる。2018 年度にはポテトチップスなどの加工食品用に 53 万トンが消費されたが、さらに 12 万トンもの潜在ニーズがあるという。
 需要起点の作付では、増産だけでなく、安定供給も重要である。メーカーにとって、原材料の不足は、販売休止や出荷調整などの機会損失に直結してしまう。さらに、原産地表示が義務付けられた 2017 年の食品表示基準の改正後は、原材料の調達地域を変更すると、商品パッケージの変更も余儀なくされるようになった。そのため、頻繁に調達地域を変えることはリスクとなり、供給が不安定な産地の農産物は採用しづらくなっている。
 国産の小豆は「赤いダイヤ」と言われるように、価格変動が大きく、相場による生産量の上下が激しい。和菓子メーカーは調達に常に苦労しており、国産品に見切りをつけ、海外産の購入に切り替える動きすら見られる。このように国産品が需要を満たせないことが大きな課題とされている。

全てのステークホルダーが責任を持つ
 ただし、地域に根付いている農業を急に変えることは難しい。上述の北海道の例でも、てん菜の作付を急激に減らすと、輪作のバランスが大きく崩れ、小麦・豆類・馬鈴薯といった他の輪作作物にも影響が出る可能性がある。そのため、てん菜に代わる新たな作物の品種改良なども中長期的に進めていかなくてはならない。また、作付転換によって特定の時期に作業が集中してしまうことも考えられるため、作業を代行するコントラクター組織などの検討も必要である。
 持続可能な農・食の実現は、農業者だけの力で達成できるものではない。農業・食品関連産業をはじめ、自治体、研究機関、金融機関などのステークホルダー全員が現状を正しく認識し、建設的な議論を進めていくことが重要である。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ