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JRIレビュー Vol.5,No.100

コロナ危機後の量的引き締め(QT)局面におけるイングランド銀行の金融政策運営-透明なリスク管理の枠組みと政府との連携

2022年05月20日 河村小百合


コロナ危機後の高インフレ局面への急転換に直面し、イングランド銀行(BOE)が主要中銀の先頭に立つ形で金融政策運営の正常化に着手している。2021年末以降の2度の利上げにとどまらず、2022年3月7日には英国債の満期到来分の再投資を見送る形(「満期落ち」)での資産縮小(「量的引き締め」=QT: Quantitative Tightening)にも着手したほか、国債の中途売却も実施する方針である。

コロナ危機下で未曽有の規模の資産買い入れを実施した中央銀行は、正常化局面で多くの新たな課題を抱える。金融政策の実務面では、①“超低金利局面”から“通常のプラス金利”局面に戻る際、マネタリーベースとマネーストックを関係付ける「信用乗数効果」が復活する段階を見極められるか、②QTを金融政策手法としてどのように位置付けるかといった課題がある。また政府との関係の面では、③政府の財政運営や国債管理政策との兼ね合いをいかにとるか、④中央銀行の財務悪化にいかに対応し乗り切るか、といった課題もある。

BOEではかねてから、米連邦準備制度(Fed)とは異なる考え方に基づき、危機後の金融政策運営の取り組み方針が策定されていた。BOEの場合は、資産買い入れの対象のほとんどは長期・超長期の英国債であったため、当初から資産削減の手段は国債の“中途売却”によらざるを得ないことが当然の前提として想定されていた。

BOEの場合、金融政策の実務面での課題について、正常化局面でどこまでバランス・シートを縮小させるか、といった他中銀がおよそ手を付けることができていない困難なものも含め、早い時期から検討に取り組んできている。また、従前から政府との関係が緊密で、正常化の過程でBOEが被る損失を政府が補償する枠組みも、初期段階から透明性の高い形で整えられている。

現下のインフレ局面でBOEが機を逃さず正常化を進めることができている背景としては、リーマン・ショック後に量的緩和(QE)に着手した当初から、正常化局面をにらんだ枠組みを整え、検討が進められていたことがある。加えて、ベイリー総裁が、コロナ危機局面の初期から、次なる危機時の対応力を十分に確保するうえでの正常化の必要性を認識し、対外的にも積極的に情報発信する一方、同総裁のリーダーシップのもと、BOE内部でも早い時期から検討を進め、高インフレ基調が明確化する前の2021年夏の時点ですでに、コロナ危機後の正常化策を具体的に決定していたことが大きい。

ちなみに、BOE内部の独立評価局(IEO)は2021年1月13日、『BOEのQEに対するアプローチに対するIEOの評価』と題する報告書を公表した。IEOはそのなかでBOEの執行部に対し、金融政策委員会(MPC)で議論の対象として取り上げるべき点、社会一般とのコミュニケーションの取り方など、極めて多岐にわたる勧告を行っている。とりわけ注目されるのは、今次コロナ危機を受け将来的に一段と膨張することが不可避とみられるBOEの損失を改めて試算し直すように求めている点である。BOEの執行部側もこの勧告を受け、新たな試算を公表することとしている。

わが国では日銀が抱え込んだBOEをはるかに上回る大きなリスクが、先行きの金融政策を機動的に運営するうえでの足かせともなりかねない。わが国全体として、日銀が抱えるリスクの大きさに正面から向き合ったうえで、日銀が正常化できる枠組みを整え、本腰を入れた財政再建と合わせて取り組んでいくことが求められている。
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