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スポーツによるフロー状態の実現と創造性の向上
~2021野沢温泉スノーワーケーション実証結果を踏まえて~

2022年04月14日 高橋秀輔


1.スポーツ実施によるフロー状態の実現と創造性向上の可能性

 新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、在宅勤務やテレワークが当たり前となってから、約2年が経過する。通勤時間削減によって仕事以外の時間を有効活用できる働き方や、社員個々人の生活様式に合わせて勤務場所・勤務時間を自ら選択できる働き方がもたらされた。その反面、1人で長時間椅子に座って仕事をするワークスタイルや、社員同士のコミュニケーション不足が続いていることで、生産性の低下が課題となっている。コクヨ(株)が2021年に実施した調査結果(※1)によると、コロナショック前と比較し生産性が向上したと回答した人が20.8%に対し、低下したと回答した人は34.5%となった。また、生産性が低下したと回答した人の方が、運動する機会の減少を示す数値が顕著に高い結果となっており、テレワークが一般的となるニューノーマルにおいては、スポーツの実施機会の有無が、生産性に影響すると考えられる。
 スポーツの実施による生産性向上の効果は、既に複数の研究結果で報告されている。例えば、筑波大学征矢研究室の研究結果(※2)によると、心拍数140程度の少しきつめのランニングを10分程度実施することで、認知機能の処理能力が向上し、生産性が向上することが示されている。
 また、ハンガリー出身の心理学者ミハイ・チクセントミハイ(※3)は、スポーツ実施によって、「フロー状態」と呼ばれる精神状態に入りやすくなることを提唱しており、スポーツの中でも特に、スノースポーツ、ロッククライミングやサーフィンといった、集中を怠ると命の危険に関わるようなアウトドアスポーツでは、フロー状態に入りやすいと言われている。ミハイ・チクセントミハイは、フロー状態の代表的な要素として、「タスクへの高い集中状態」、「高い自己効力感」や「高い自己制御感(明確な目標を持っている状態、成功と失敗がはっきりわかり、必要に応じて行動を調整できる状態、活動の挑戦とスキルが釣り合っている状態等)」を挙げており、さらに、フロー状態に入ることで、創造的な思考が働きやすくなることも提唱している。
 以上から、スポーツを実施することで、フロー状態となり、高い集中力や創造的な思考力を発揮できる可能性が期待できる。日本総研はそのスポーツがもたらす効果に着目し、「スポーツワーケーション」という働き方(【ニューノーマルにおけるスポーツの価値】第1回 スポーツワーケーションによるライフスタイル改革|日本総研 (jri.co.jp)」を提案しており、その効果を検証するため、2021年3月に長野県野沢温泉村で実施したスポーツワーケーションモニターツアーの中で、簡易的な実証実験を行った。その実証実験の概要と考察を以下で記載する。なお、本実証実験は、大阪大学の協力を得て実施したものである。

2.実証実験の測定項目・測定方法

 スポーツワーケーション期間中のスポーツ実施によるフロー状態の実現と創造性向上の効果を検証するため、以下の項目を測定した(図表1)。フロー状態の実現の効果は、図表2左に示すFlow State Scale(FSS)テスト(※4)(以下、FSSテストと呼ぶ)を用い、各評価指標(「自己制御感」、「自己効力感」、「タスクへの集中」)のスコア(以下、フロー度と呼ぶ)の大小で評価した。創造性向上の効果は、図表2右に示すテスト(以下、創造性テスト(※5)と呼ぶ)を用い、各評価指標(「流暢性」、「柔軟性」、「独自性」)の大小で評価した。また、参考として、フロー状態や創造性が向上している状態の脳波を把握するため、脳波計を用いて脳波を計測した。



 本実証実験は2クールに分割し、1クールは1週間(4泊5日程度)で行った。1クール目に7名、2クール目に9名の計16名の被験者が参加した。図表3に、被験者1名のスケジュール例を示す。月曜日と火曜日は、スポーツは実施せず、測定項目のベースラインを測定した(以下、「スポーツ実施なし」はベースライン測定日を指し、「スポーツ実施あり」はスポーツ実施効果測定日を指す)。スポーツ実施効果測定日に参加者は、毎日同一時間にスキーまたはスノーボードを1時間以上実施し、10分間程度のリラックス時間(マインドフルネス等)を挟んだ後、心拍数測定、脳波測定、創造性テストとFSSテストを実施した。なお、本実証実験は、運動習慣の有無等といった参加者の生活習慣による違い、創造性テストへの慣れの効果、ワーケーション自体の効果や都会と自然環境の違い等を考慮できていない点に留意が必要である。



3.実証実験の結果概要

 実証実験の結果概要を図表4に示す。参加者全体で、活動量の増加、フロー度の向上、創造性の向上効果が確認できた。



(1)活動量は増加した
 活動量について、実証実験前の1週間と滞在期間中で比較したところ、歩数は約1.6倍に増加、消費カロリーは約1.5倍に増加した(図表5)。また、心拍数の変化について、創造性テスト直前・実施中ともに増加した(図表6)。これら結果から、スポーツ実施により、参加者の活動量は増加したことが読み取れる。



(2)フロー度は向上した
 フロー度をスポーツ実施有無で比較すると、3指標全てにおいてフロー度は上昇し、3指標平均値では約1.4倍に上昇した(図表7)。 特に、タスクへの集中度を示すフロー度は3指標の中で最も上昇率が高く、約1.6倍に上昇した。



(3)創造性は向上した
 創造性テストの結果をスポーツ実施有無で比較したところ、3指標(流暢性・柔軟性・独自性)全てにおいてスコアは上昇した(図表8)。特に、独自性は3指標の中で最も上昇率が高く、約1.5倍に上昇した。



(4)フロー度および創造性が最も向上した参加者の認知機能をつかさどる脳の領域は、リラックス状態にあった
 図表9に、スポーツ実施による創造性テストのスコアの上昇率が最も高かった参加者の、脳波(α帯域)の変化を示す。創造性テスト実施前(図表9で「課題前安静時」に該当)および創造性テスト実施中(図表9で「課題中」に該当)の両方において、スポーツ実施日のα帯域のパワー量が、スポーツ未実施日の約1.5倍に増加している。α帯域の脳波が活性化している時、脳はリラックスした状態にあると研究結果から言われており、スポーツ実施日の方が、脳はリラックスした状態であったことが読み取れる。
 また、頭を上からみた断面図でみると、α帯域パワー量は、創造性テスト実施前で、前頭部から後頭部にかけて満遍なく分布しており、創造性テスト実施中では、前頭部で高く、後頭部で低く分布している。
 これらの結果から、思考や判断といった認知機能をつかさどる、脳の前頭部は、スポーツ実施日の方がリラックスした状態であったことが読み取れる。なお、フロー度の上昇率が最も高かった参加者の脳波(α帯域)についても、同様の傾向がみられた。



(5)心拍数が高く、活動量が増加した参加者ほど、フロー度・創造性は高かった
 スポーツ実施によるフロー度の上昇率が高かった上位4名について、フロー度の3指標平均値は、心拍数と強い相関がみられた(図表10)。同様に、創造性テストのスコアの上昇率が高かった上位4名について、創造性テストの各指標(流暢性・柔軟性・独自性)は、心拍数との一定程度相関がみられ、特に、独自性は強い相関がみられた。



(6)フロー度(自己効力感・タスクへの集中)が向上した参加者ほど、創造性も向上した
 スポーツ実施によるフロー度の上昇率が高かった上位4人について、自己効力感に関するフロー度は、創造性の各指標(流暢性・柔軟性・独自性)と強い相関がみられた(図表11)。また、タスクへの集中度に関するフロー度は、創造性の2指標(柔軟性および独自性)と強い相関がみられた。これらの結果から、特に自己効力感とタスクへの集中度が向上した参加者ほど、創造性は向上し、創造性の指標の内、特に柔軟性と独自性が向上したことが読み取れる。



4.スポーツワーケーションによるフロー状態の実現・創造性の向上に向けて

 以上、実証実験の結果から、スポーツを仕事の前に実施することで、フロー状態となり、仕事において高い集中力や創造的な思考力を発揮できる可能性が確認できた。特に、結果(4)および(5)より、①リラックスすること、および、②活動量(心拍数)を上げることがフロー状態の実現と創造性向上に寄与する可能性があり、また、結果(6)より、③フロー度の中でも自己効力感と集中力を高めることが創造性向上に寄与する可能性がある。
 今後、スポーツワーケーションの参加者が、より効率的にフロー状態と創造性向上を実現するためには、自身がどのようなスポーツの種類、強度、実施時間を選択し、スポーツ以外の時間の過ごし方も含めて1日をどのようなスケジュールで過ごせば、①~③が最適化されるのか、自ら認識できることが効果的と考える。例えば、KDDI(株)が長野県長野市で実施している、法人向けのサテライトオフィス事業では、AIを活用して利用者の表情を高精度に分析できるシステムを導入し、利用者の集中度を数値化する取り組みを始めている。スポーツワーケーションにおいても、オフィス機能を提供する場所(コワーキングスペース・宿泊施設等)で、参加者の集中度や感情等を可視化できる仕組みや、脳波を簡易に計測しモニタリングできる仕組み等を導入することが考えられる。
 また、創造性テストの3指標の中でも特に、独自性の指標の向上がみられたことから、スポーツワーケーションで行う業務の種類は、独自性の高い発想を生かしやすい業務(例えば、新規事業の企画業務等)を選択することが望ましいと考えられる。
 このように、フロー状態の実現や創造性向上の観点で、参加者自身に最適なスポーツワーケーションの過ごし方をマネジメントする機能が現地で提供されれば、参加者のスポーツワーケーションに対するリピート率も一層高まるのではないか。そのためには現地の関係者(宿泊事業者・オフィス事業者・スポーツプログラムを提供する指導者・観光協会等)が連携して取り組むことが重要であり、ニューノーマルにおいてスポーツワーケーションという働き方が普及していくことにもつながると考える。

【参考文献】
(※1):コクヨ(株)MANA-Biz編集部. ”コロナ禍が生産性に与えた影響”. 2021.10.26更新.
(※2):Chorphaka D, Kuwamizu R, Suwabe K, Ochi G, Yamazaki Y, Fukuie T, Adachi K, Michael A. Yassa, Worachat C, Soya H. Benefit of human moderate running boosting mood and executive function coinciding with bilateral prefrontal activation(ヒトの中強度ランニングは両側前頭前野を活性化させ気分と実行機能を高める). Scientific Reports 11, 22657, 2021.
(※3):ミハイ・チクセントミハイ(著), 大森弘(監訳)(2010). フロー体験入門 楽しみと創造の心理学
(※4):川端雅人, 張本文昭 (2000). Flow State Scale(日本語版)の検討:その1, 日本体育学会大会号, No.51, pp.183
(※5):亀山奈生, 高橋知音 (2021). マインドワンダリングが創造的問題解決に及ぼす影響, 信州心理臨床紀要, 第20号.
以 上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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