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【デザインによる仮説探索・検証型公共サービスの新たな価値創造】
第四回 国内外の先行事例に見る、公共サービスのデザイン③

2022年03月15日 辻本綾香


1.はじめに
 本連載では、全五回を通じ、市民ニーズや市民起点のアイデアを適切にくみ取り、柔軟に公共サービスに取り入れていく方法として「デザイン(※1)」を活用する可能性について検討する。
 初回では、連載の背景や目的に加え、国内外での先進事例の紹介を行った。続く第二回第三回では経産省の「Policy Design School」や滋賀県の「Policy Lab. Shiga」の取り組みを紹介し、行政組織内でのデザインアプローチの活用に関する試行的な活動や、効果的に活用するための組織のあり方について考察した。今回は、デザインの対象が何であろうと、適切な課題認識の形成や新たな発想のために最も重要になる、市民のニーズを行政が理解する新たな手法について考察したい。

2.住民「参加」から住民との「共創」へ
 行政が市民の声を聞くということは、通常の行政業務の中でしばしば行われていることである。具体的な手法としては、パブリックコメント、アンケート、ワークショップ、目安箱の設置など多様なものが存在する。「住民参加のまちづくり」という言葉も聞き慣れた方が多いだろう。
 これらの従来手法は今後も状況に応じて活用されていくであろうが、それに加えて、昨今の社会の変化を踏まえた市民視点の新たな取り入れ方が必要になってきているのではないだろうか。特に、「ニーズの多様化」「変化の加速」「財政難の深刻化」といった変化に着目すると、多様なニーズを即時に把握すること、また、地域のありたい将来に向けて、真に必要な施策の立案・実行において行政と市民が協働で向き合うという姿勢が必要である。今後、より重要性が増すのは住民「参加」ではなく住民との「共創」という、双方向性を持ったコミュニケーションであると考える。



3.デジタルで行政と市民をつなぐ
 諸外国においては、行政と市民のコミュニケーションツールとして、近年、デジタルを活用したオンラインプラットフォームが注目されている。以降、その事例についてご紹介したい。
 バルセロナ市で予算編成と紐づけた活用が行われ始め、その後世界各地に広まったDecidimや台湾のvTaiwanなどが有名であるが、その他、類似したプラットフォームとしてIdee Paris、政府主導で運用が行われているJOIN、行政DXの先進国と言われるエストニアでの事例などが確認されている。


ツール都市概要行政の関わり方
Decidimデシディム(※2)バルセロナ
他多数
•「我々が決める」という意味のカタロニア語から名前が付けられた、住民参加型のデジタルプラットフォーム
•ソースコードは公表されており、だれでも活用することが可能
•プラットフォームへの参加者がチャット形式で意見を表明することができる
•日本では加古川市が初めて取り入れた
•続いて横浜市(※3)や一般社団法人渋谷未来デザインの渋谷データコンソーシアム活動(※4)でも実証実験が行われた
•行政も参加者の一人(市民と対等)
•計画策定時の意見収集、市民参加型予算制度を活用した予算の活用先の投票等に用いる
vTaiwan(※5)台湾•シビックテックで開発された市民発の対話型プラットフォーム
•市民発で法案改正の要望を政府機関に付議することが可能
•オンライン・オフラインを併用しながら、政府機関や有識者など必要なステークホルダーを巻き込んだ議論を行う
•受け付けた意見に対しては所定の期間内に政府機関からの回答が必要
•法改正の内容検討等については、議論を行うメンバーの一人として行政の担当者が参加
Idee.Paris(※6)パリ•市民からのアイデア提案の受付や公開討議を実施する場として設置されているプラットフォーム
•仕組みとしてはDecidimと同様
•市民からの提案内容のうちパリ市が妥当性ありと評価したものについては市民投票が行われる
•投票により採択されたプロジェクトは市民参加型予算を活用して実現される
•市民参加型予算制度を活用した予算の活用先の投票等に用いる
JOIN(※7)台湾•vTaiwanをベースに構築された、政府主導の対話型プラットフォーム
•PDIS(Public Digital Innovation Space)と呼ばれるポリシーラボに所属するPO(Participation Officer)が運営
•POがJOINにトピックを付議し、JOINに登録している5,000人以上の市民によって提起されたものについては政策上、必要な対応を行う
•政府組織であるPDISが管理運営しているため政府主導型である
•政策課題として行政側が認識したテーマについては、市民やステークホルダーと深く議論するためのプラットフォームとして活用される
Rahvaalgatus.eeラーヴァコグ(※8)エストニア•市民による政策への問題提起、提案、議論、署名活動等を行うプラットフォーム
•一定のデジタル署名が集まった提案については議会への提案を行うことが可能
•大統領直轄で設立された協議会が管理・運営を実施
•協議会が規約に則って管理しており、削除権限も有する


 対話型プラットフォームは、それぞれ地域に応じて独自の発展を遂げている側面はあるが、いくつかの共通点が認められる。
 1つ目の共通点は、市民「発」で政府や議会に提案を行うことができる点である(Decidim.Barcelona、vTaiwan、Idee.Paris、Rahvaalgatus.eeが該当)。従来の市民参加の手法では、まず行政側が発案し、それに対して市民が意見を出し、その意見をどのように受け取るかは行政判断、という構図になっているものが多い。上記で挙げた事例では、行政が計画検討や政策としての取り組み意向を何ら表明していない事項についても、市民がテーマを自発的に発案し、多数の人を巻き込んだ議論にしていくことで行政への働きかけにつなげている。
 2つ目の共通点は、オンラインとオフラインのツールを併用している点である(Decidim.Barcelona、vTaiwan、JOIN、Idee.Parisが該当)。いずれのプラットフォームでもチャット形式での書き込みや他の人の意見に対する回答など、プラットフォーム上で会話が完結する機能を備えている。しかし、対話機能だけを活用しているものは少なく、同時に説明会の開催、アンケートの実施、対面でのワークショップの開催など、異なる手法と複合的に組み合わせることでそれぞれのツールの良さを活かす工夫がなされている。従来の手法との組み合わせ以外にも、vTaiwanではPol.isと呼ばれるソフトウェアを用いて、異なる意見の分布状況を自動で可視化し、議論をファシリテートする試みを行ったことは特徴的である。Pol.isは、ある議論に対して賛成、反対、あるいは無関心などの異なる立場をとる人がそれぞれどの程度存在するのか、また、どの程度のコンセンサスがとれているのかをリアルタイムで図示することができ、これにより議論の全体像を把握することができるツールである 。
 3つ目の共通点は、市民参加型予算 を活用し、行政の予算の使い道を直接市民が決める仕組みを導入している点である(Decidim.Barcelona、Idee.Parisが該当)。市民の提案を受け付けるだけではなく、予算編成にまで踏み込み、実際に目に見える形で実行にまで至っていることが特徴的である。なお、市民参加型予算制度はわが国においても活用事例がすでに存在しており、地方自治制度上は取り入れることが可能である。例えば東京都においては、2017年度から実施 されており、これまでに27件の事業が具体化につながっている。

4.示唆
 ここまでにご紹介したツールが諸外国において活発に活用されている理由には、わが国との政治的・文化的背景の違いが一定の影響を及ぼしていることが挙げられる。特に、バルセロナにおいては、財政危機や住宅危機、高い失業率などに加え、「政府に政策を任せておけない」「市民が政策に関与できる真の民主主義が必要である」という意識が高まっていた ことが背景の一つである。また、台湾では、2014年3月「ひまわり学生運動」において国会での審議に透明性を求める声がきっかけとなってvTaiwanが始まった。このように、民主主義に対する強い意識の高まりが積極的な市民参加の背景にあるものと考えられる。
 したがって、諸外国で活用されているツールをそのまま日本に輸入しても背景的な違いから十分な効果を得られないことが想定される。日本型のオンラインコミュニケーションのあり方を模索するためのヒントとしては、vTaiwanで活用されたPol.isが参考になるだろう。本稿でご紹介した事例では具体的な意見の内容をコメントとして投稿するという方法が主要な参加方法であるが、そこまでの強い意見がなくコメントするに至らない人もいる。「賛成」や「反対」の意思表明程度であればより参加しやすいと感じる人もいる。ワークショップには参加しづらいが、アンケートであれば参加できる人がいるように、対話型のコミュニケーションツールでも議論に参加する度合いを複層的に組み合わせることも必要であろう。
 わが国の特性に合ったプラットフォームが形成され得るという前提に立った場合、対話型でのプラットフォームにおける行政と住民のコミュニケーションは、定性的な気づき(インサイト)を得るために有効に活用され得るのではないかと考える。行政職員が庁内で得た情報や個人的な経験、先行事例からだけでは気付けないような、地域特有のニーズや問題がこのようなツールを活用することで浮き彫りにできる可能性がある。一方で、このようなプラットフォームで収集できる意見は現時点では定量的な情報や客観的な分布等の把握が難しいことから、地域全体の意見を必ずしも把握できないことに留意が必要である。あくまでも問題定義や課題発見のためのインサイトであると捉え、その妥当性や必要性についてはデータ活用等の手法を組み合わせることが必要である。
 また、行政と市民の共創が行われるためには、「対話」が成立していることが重要になる。対話とは、双方向性のコミュニケーションであり、一方的に住民が発する言葉を行政が受け取るだけになってしまってはプラットフォームの有効性は発揮されない。単なる文句や個人的な要望だけが集まるような場になってしまうと、行政業務にさらなる負担をかけることにつながりかねない。建設的な対話を進めるために、例えば加古川市のDecidimの事例では、投稿されたコメントに対して行政側の担当者がコメントを返すことで、随時説明や回答を行っている。単に意見を受け付けた旨の回答にとどまらず、市民からの意見やアイデアの内容について行政側も一定の柔軟性をもって会話を行う姿勢が必要である。
 わが国ではまだまだこのようなツールの浸透は発展途上であるが、試行錯誤を繰り返しながらよりよいあり方を模索していくことで、行政と市民が共創して地域の未来をつくることが実現できるのではないだろうか。
以 上



(※1) 本連載ではデザインを、「従来型のロジカルシンキングや技術中心的な考え方にとどまらず、ユーザーを中心に据えて仮説探索・検証を繰り返して新たな問題解決の方法を発見する考え方」と定義する。詳細は第一回を参照されたい。
(※2) Decidimホームページ
(※3) 横浜市 実証実験概要
(※4) 渋谷区における実証実験概要
(※5) vTaiwan プロジェクトページ
(※6) Idee, Parisホームページ
(※7) Participation Officerホームページ
(※8) ラーヴァコグホームページ
(※9) Pol.is blog “pol.is in Taiwan
(※10) 市民参加型予算とは、「行政の資源配分を決める重要な政策過程である予算編成に市民が直接関与する仕組みであり、市民の意思を行政活動に直接的に反映できる方法」である。(出所:財務省「三重県庁の参加型予算「みんつく予算」の取組についてより引用)
(※11) 東京都 都民提案制度について
(※12) ISMAEL PENA-LOPEZ “decidim.barcelona, Spain – VOICE OR CHATTER? Case Studies (2017)


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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