本連載は、行政の現場で公共サービスを検討・実施されている自治体職員を主な読者と想定している。全5回を通じ、市民ニーズや市民起点のアイデアを適切にくみ取り、柔軟に公共サービスに取り入れていく方法として「デザイン(※1)」を活用する可能性について検討する。極めて先行き不透明な社会環境における、市民のライフスタイルの変化や価値観の多様化、それに伴うニーズの変化・細分化などの状況を踏まえ、「デザイン」による公共サービスの新たな価値創造について考えたい。初回では、連載の背景や目的に加え、国内外での先進事例の紹介を行った。
近年、国内でも行政の現場にデザインの視点を取り入れようとする動きが活発化している。今回はそうした動きの一つである経済産業省版デザインスクール(※2)「Policy Design School(以下、PDSと記載)」について紹介する。PDSは、経済産業省職員を中心とした若手有志でデザイン手法を用いた政策立案プロセスを学び合う勉強会である。現状、霞が関を中心とした動きではあるが、「行政におけるデザイン活用」という観点で、本連載の読者にも示唆に富むものである。
なお、今回の記事執筆にあたっては、経済産業省職員であり、PDSを運営している一般社団法人 STUDIO POLICY DESIGN代表理事でもある橋本直樹氏に取材をさせていただくなど、大変お世話になった。この場を借りて厚く御礼を申し上げたい。
1.「政策立案×デザイン」にかかる機運醸成とPDSの立ち上げ
PDSの詳細について説明する前に、経済産業省におけるデザイン導入に関する流れを見ておこう。PDSが始動したのは今年8月であるが、橋本氏によれば、その構想検討につながるデザインをめぐる議論は、経済産業省内で多様な立場の職員が参加して、昨年初夏には緩やかに始まっていたという。その背景には、近年、組織内でデザインに関する関心が徐々に高まってきていたことや、橋本氏をはじめ複数の経済産業省職員がデザイン分野で海外留学を経験したことなど、「政策とデザインをどのようにつないでいくか」ということに関して、組織内で議論をする機運が醸成されつつあったという状況があった。また、そのような状況の中で、デザインを互いに学び合う機会を作りたいという議論も生まれてきていた。こうした流れの中で、組織内で一年ほど議論の熟成期間を経て、今年初夏に経済産業省内の自主企画勉強会という形でPDSが開始されることになった。新たな取り組みを始めるにあたっては、伝統のある組織ほど組織内の調整も必要になると思われるが、PDSの場合は、政策立案の流れとデザインの考え方が近いことなどを丁寧に説明することで、省内関係者の理解を得ていった、ということである。
前述のとおり、PDSは2021年夏に始動した、現在進行形の取り組みである。実施期間は今年8月から12月までを予定しており、隔週土曜日(業務時間外)に全10回のプログラムを行う予定だ。なお、今年新型コロナウイルスの感染拡大状況に鑑み、プログラムはすべてオンラインで実施されている。参加者は経済産業省の若手職員12名と、外郭団体や民間企業からの参加者7名によって構成される。午前中は経済産業省関係者や外部の有識者からの講義を実施し、午後は参加者によるワークショップを行うというスタイルだ。この取り組みを通じ、行政におけるデザインの活用を「学ぶと共に考え、アウトプットを創ることを目指して」いるという。
2.Policy Design Schoolの活動内容とアウトプット
では、PDSでは具体的にどのような内容を学び、何をアウトプットしようとしているのだろうか。簡単にご紹介したい。
PDSが着目しているのは、従来型の政策立案プロセスと、デザインプロセスにおけるダブルダイヤモンド(※3)の類似性だという。従来型の政策立案プロセスは、まずは実態を把握し、課題・仮説を設定、それらを踏まえて課題解決に向けた戦略策定を行う流れとされている。ダブルダイヤモンドは、発散と収束を繰り返しながら問題解決を行うデザインの一連の流れを表したものだ(図表2参照)。政策立案プロセスであれデザインプロセスであれ、その目的が問題解決で、そのための課題・仮説設定を行うことを設定している点は共通している。問題解決の過程を、従来型の政策立案プロセスはシンプルに単線的に表しており、ダブルダイヤモンドは課題と解決策の洗い出し・絞り込みをより詳細に反復的に表していると捉えることもできる。
PDSでは、このダブルダイヤモンドを政策立案に適用させたと仮定して政策プロトタイプを創出するワークショッププログラムを実施している。ワークショップの目標とするアウトプットは、「内発的動機を前提に、世の中の兆しを捉え、共創的な未来に向かうための政策のタネ(※4)」の創出だ。今期の具体的なプログラムは次のとおり;
①参加者に自分自身の興味・関心・問題意識に基づく社会課題(その中でも特に「厄介な問題/Wicked Problem(※5)」とされるもの)を発見してもらう
②①の社会課題が2050年まで解決されている未来を想像してもらう。その際、現在の常識にとらわれない発想を生み出すため、未来の時点を2050年に設定する。
③①で設定した社会課題について、現在その渦中にいる方々にインタビューを実施してペルソナを作成、未来像とペルソナ等リサーチ結果を比較することで、課題解決に向けて解くべき問いを発見する(①~③がダブルダイヤモンドにおける課題定義の段階)。
④創り出したい未来への第一歩となる政策アイデアを検討
⑤政策プロトタイプとして収束(④・⑤がダブルダイヤモンドにおける解決方法の段階)。
作成した政策プロトタイプは、プログラム最終回でデザインと政策の境界領域で活躍している第一線の方々に講評してもらう予定だ。
3.今後の方向性
PDSの取り組みは今回が1期となるが、同スクールを立ち上げた経済産業省メンバーが担う事務局としては、参加者の反応や検討内容に手応えを感じているようで、次期フェーズの開催も検討している。特に、今回の参加者募集時には民間企業からの問い合わせが多かったようで、公共分野でのデザイン活用に対する世間の注目度の高まりを感じているという。12月の最終アウトプットを、内容によってはイベント等で対外的に発信する可能性も検討しているという。
事務局としては、本活動を継続的に行うことによって、政策立案にデザインの考え方を適用させる伝道師を官公庁内部で増やしていきたいという思いがあるようだ。
4.PDSに見る、行政組織にデザインの視点を取り入れるためのヒント
最後に、橋本氏のお話を踏まえ、日本総研が抽出した、行政組織にデザインの視点を取り入れるためのヒントを述べる。
まず、PDSという新たな取り組みを開始するにあたり、デザインの価値や重要性、行政分野においてデザインを活用することに対する意思を同じくし、その熱意を共有できる仲間が組織(経済産業省)内に存在していたことではないか。デザインの知識やその導入に熱意をもって取り組む人材が組織内の異なる職制に存在していたこと、それらの人材がつながり、通常の業務から離れて自発的な議論を継続的に行っていたことが、PDSという取り組みに結びついた。
加えて、PDSは経済産業省の職員が内から立ち上げた自発的かつ有志の取り組みである点だ。行政の職員「向け」の外部発のプログラムではなく、組織内人材が自ら企画から行っているからこそ、組織のプロトコルを踏まえた現実的な視点をもって議論を展開できていると考える。また有志による取り組みであるため、普段の業務におけるタテヨコナナメの関係や視点に捉われずに「自由闊達な議論を行う場」として機能している。有志であるからこそ、失敗を気にせずに新しい取り組みにチャレンジができているのではないか。
最後に、PDS自体の在り方が計画至上主義ではなく、試行錯誤しながら事務局と参加者でプロジェクトを創っている点も興味深い。PDS立ち上げ中心メンバーによるPodcast番組「Radio Policy Design(※6)」の中で「今回の(PDSの)取り組み自体がチャレンジであり、デザインそのもの」、「走りながら考えている」との発言があったが、上述のとおり自発的に集まった同じようなマインドと熱量をもったメンバーだからこそ、このような進め方が実現できているのだろう。
PDSの活動は12月に最終回を迎える。この取り組みが今後どのように発展していくのか、引き続き注目するとともに、政策形成プロセスにおけるデザイン導入の一つの端緒となることを期待している。
以 上
(※1) 本連載ではデザインを、「従来型のロジカルシンキングや技術中心的な考え方にとどまらず、ユーザーを中心に据えて仮説探索・検証を繰り返して新たな問題解決の方法を発見する考え方」と定義する。詳細は第一回を参照されたい。
(※2) 「経産省版デザインスクール / Policy Design Schoolをはじめます。」(経産省版デザインスクール / Policy Design Schoolをはじめます。|Studio Policy Design|note)より引用。
(※3) ダブルダイヤモンドとは、2005年に英国デザイン協議会が開発した、アイデアの発散と収束による課題解決方法のこと。それまでに行われた数多くのデザインプロジェクトを調査・分析した結果、発散と収束が繰り返されていることが見いだされ、図としてまとめられたもの。
(※4) 「経産省版デザインスクール / Policy Design Schoolをはじめます。」(経産省版デザインスクール / Policy Design Schoolをはじめます。|Studio Policy Design|note)より引用。
(※5) 厄介な問題(Wicked Problem)とは、あいまいな問題やつかみどころのない問題で、誰もが納得できる解決策が明確ではなく、課題同士が複雑な依存関係を持っているような問題。主に社会政策が解くべき課題に対する説明として使用される用語で、創造的思考や非慣習的戦略がないと解決できないとされる。
(※6) RADIO POLICY DESIGN -政策Xデザイン トークス- on Apple Podcasts、「#13 経済産業省版デザインスクール立ち上げ」
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
連載:デザインによる仮説探索・検証型公共サービスの新たな価値創造
・第一回 「デザインによる仮説探索・検証型公共サービスの新たな価値創造」連載開始にあたって ~なぜ、公共サービスにデザインの視点が必要なのか~
・第二回 国内外の先行事例に見る、公共サービスのデザイン①
・番外編 地域の長期的な「ありたい姿」を創り出す未来洞察アプローチ
・第三回 国内外の先行事例に見る、公共サービスのデザイン②
・第四回 国内外の先行事例に見る、公共サービスのデザイン③