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【フードテックと社会課題への挑戦】
企業の社会価値定量化から見える、日本の食品関連企業に期待される役割

2022年03月09日 土屋敦司


 ESG経営、CSV経営、サステナブル経営といったさまざまな言葉で表現されるように、企業が事業活動を通じて社会課題解決に貢献することが近年、より一層求められるようになった。社会価値と経済価値の向上の両立への期待が高まるものの、とりわけ社会価値向上の視点で、何に取り組み、どのようにアピールすべきか、企業を悩ませているのではないだろうか。その理由の1つとして、経済価値は売上や利益といったわかりやすい指標で測れるが、社会価値を評価する標準的な指標がなく、何を目指せばよいかわからないという課題が挙げられる。その中で、海外のいくつかのNGOなどが企業の社会価値を定量的に評価する手法を独自に開発しており、また開発した手法を使って日本企業も含めた世界中の企業を独自に評価しランク付けを行っている事例もある。本稿は、これらの事例からみえてきた日本企業の課題と今後の方向性について論ずる。

1.企業の社会価値定量化の意義
 ESGのE(Environment・環境)に対する標準的な評価方法の普及は進んできており、例えばTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が公開している定量的な評価方法がある。環境面の取り組みは、温室効果ガスの排出量、水の使用量、ごみの排出量など目に見える形での定量化が容易であり、企業間比較も可能である。一方、ESGのS(Social・社会)に対する標準的な評価方法は存在していない。そもそも、社会課題は数え切れないほどあり、複雑に絡み合っている。また社会課題1つ取っても、取り組みの達成度合いを指標化することが難しい。環境とは異なり、社会とは目に見えない、必ずしも数値化できないからこそ、このような問題が発生している。
 しかしながら、企業の社会課題に対する取り組み、すなわち社会価値を標準的に評価する手法のニーズがあるのではないかと私は考えている。なぜなら、投資家・株主は、環境以外の社会課題にも目を向けたリスクとリターン、インパクトの可視化を求めており、定量化された企業の社会価値がわかれば投資の判断に役立つだろう。また、企業としても、社会課題解決への貢献と価値創出の実施報告にとどまらず、その取り組みにどれほど社会価値があるのか、対外的にアピールしたいニーズもあると考える。実際に社会価値定量化の開発を進めている海外の事例があるので、次章で紹介したい。

2.社会価値定量化の取り組み事例
 海外の3つの機関の社会価値定量化の取り組みを紹介する。

(1)World Benchmarking Alliance(※1)
 同団体は2018年9月にオランダで設立された。イギリスの保険会社のAviva、オランダのNGOのIndex Initiative、国連財団が、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けたビジネスのさらなる支援を目的として設立した。企業のSDGs達成に向けた取り組みの評価を無料で公開し、消費者、投資家、政府や市民社会団体が、資金の支出先、投資先、政策の方向性を決定する際に利用できるように整備を進める。2030年までにすべてのSDGsを達成する構造的変化が必要な7つのシステム(社会、食と農業、脱炭素・エネルギー、循環、デジタル、都市、⾦融システム)において主要なプレイヤーとなる企業群全2,000社を特定し、パフォーマンスを評価するためのベンチマーク指標を2023年までに開発することを目標としている。

(2)Value Balancing Alliance(※2)
 同団体は2019年ドイツで設立された団体である。BASF、ドイツ銀⾏、三菱ケミカルホールディングス、ノバルティス、ミシュラン、SAP などの世界的企業が参加し、各社が知⾒を持ち寄り、汎用性のある社会価値定量化のモデル作りに取り組んでいる。 Deloitte、EY、KPMG、PwC、OECD、およびオックスフォード大学やハーバードビジネススクールのImpact Weighted Accounts Initiativeなどの学術機関によって支援されている。環境や社会に与える影響を、比較可能な財務データに変換し、国際的に認められた標準的な評価方法を確立することを目標としている。

(3)B Lab(※3)
 2006年に、米国・ペンシルベニア州で設立された非営利団体である。社会や環境に優れた影響を与える企業を特定して「B Corp」として認証する。2021年11月現在、77カ国の4,111法人(うち日本の法人は5社)が認定を受けている。認定には、200問の質問に回答し、回答に基づいた審査が必要となる。質問には、「はい」と「いいえ」の2択で回答できるものと複数の選択肢を選択して回答するものとがあり、100点満点でスコアが算出される。認定後も、現場訪問での審査を実施しており、また認定企業に対しての消費者や取引先からの苦情を受け付けており、認定更新にも一定のハードルを設けている。

3.World Benchmarking Allianceにおける日本の食品関連企業の評価
 2章の(1)で紹介したWorld Benchmarking Alliance(以下、WBA)の具体的な評価方法と、日本の食品関連企業の評価結果について紹介する。WBAにおいて、食の領域は世界全体の人々の健康に結びついており、またサプライチェーンにおいて世界の貧困層は農業や漁業に従事することが多く、社会全体に与える影響は大きいと考えられており、優先的に評価されている(※4)

(1)評価項目と評価方法
 ●評価項目
 WBAは、業界ごとに評価項目を制定しており、食品業界では、“ガバナンスと戦略”、“環境”、“栄養”、“ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)”の4分野45の評価項目を設定している。これらは、食品業界を取り巻く重要な社会課題を網羅しているといえる。“栄養”の分野は、消費者に関連する項目が多く、“ソーシャル・インクルージョン”では従業員やサプライヤーに関連する項目が多くなっている。



 ●定量化の方法の例
 上述の評価項目それぞれにおいて、目標設定をしているか(1点)、その実績を管理しているか(1.5点)、設定した目標を達成しているか(2点)を、ウェブサイトや統合報告書などの公開情報から判断して点数付けをしている。企業によって関係のない項目はN/A(当てはまらない)として点数付けをしていない。例えば、清涼飲料メーカーには「タンパク質の多様化」や「動物福祉」は当てはまらないとし、N/Aとなっている。そして、各項目の点数を合計して100点満点に調整したものを、その企業の合計スコアとしている。



(2)日本の食品関連企業の評価(※5)
 評価対象となっている企業は、売上高や生産量が大きく、生産や販売においてグローバル展開をしていることが条件である。日本企業では、食品メーカーや総合商社を中心に、33社が評価対象となっている。評価のランキング1~3位には、グローバル大手で日本でも事業を展開するユニリーバ、ネスレ、ダノンが位置する。日本企業では31位のキリンホールディングスが最上位であり、全体的に日本企業のランクは高いとはいえない。



(3)世界と日本の上位3社の評価の違い
 上記のランキングをもう少し詳細にみるために、世界と日本の上位3社の食品メーカーの各項目の点数を対象に、「1.世界の上位企業も日本企業も高得点の項目」「2. 世界企業は高得点、日本企業は0点の項目」の2つに分類した。ガバナンスや、温室効果ガス・食品ロス・プラスチックの使用といった国内においてもメジャーな環境問題は、日本企業の評価も高かった。一方、ソーシャル・インクルージョンに関する項目は、評価が低い傾向にあった。鶏と卵の議論になるものの、消費者の関心の高まりを受けて企業が対応を加速するのか、企業側が積極的に対応を進め消費者を啓発するのかは、社会課題に企業が取り組む意義を検討する上でも重要な検討事項といえる。



4.日本の食品関連企業に期待される取り組み
 これらの社会価値定量化における標準的な指標は、社会価値向上のために何に取り組んでどのようにアピールしたらよいか悩んでいる企業にとってヒントになるのではないだろうか。ただし、この指標で100点満点を取ることは本質ではなく、あくまでも参考程度にとどめるべきである。本章では、2・3章で取りあげた社会価値の定量化の事例から学べる、自社の立ち位置に応じた、推奨したい取り組みを紹介する。

■ 何から取り組めばいいのか模索している企業は、まず以下2つの取り組みを推奨したい。
(1)自社のリスクとなる社会課題を特定し、取り組むこと
 社会課題の解決というとCSRのようなイメージを持ち、あまり売上に貢献しないのではないかと懸念する向きもあろう。しかし、経営のリスクを軽減するための社会課題への取り組みは、中長期的には売上維持・向上に寄与する。例えば、食品メーカーであれば、原材料の安定的な調達が売上維持・向上の要となり、それらを取り巻く社会課題は、農家・漁業の担い手不足や労働生産性の低さ、より大きな視点では地球温暖化による不作・不漁といったものがある。このような社会課題解決に取り組むこと自体が、間接的であっても売上維持・向上につながるのだ。
 自社が取り組むべき社会課題の特定に当たっては、マテリアリティ分析(重要課題の特定)と呼ばれる手法を使って優先順位を付けるとよい。マテリアリティ分析においては、ステークホルダーにとっての重要度が考慮される。ステークホルダーとは、自社の取引先、消費者、従業員の株主・投資家、自社に関係する地域住民や次世代の若者・子どもなどであり、それらのステークホルダーが強く影響を受ける社会課題とは何かを考えることで自社が取り組むべき社会課題を見つけることができるだろう。どのような社会課題があるかについては、3章で紹介したWBAの評価項目が、業界を取り巻く社会課題として網羅されており、参考になる。

(2)自社ならではの独自の取り組みとすることと、それを適切に消費者に伝えること
 自社独自の技術やアイデア、あるいはパーパスから始まる取り組みは、他社と差別化し得ることから、消費者・取引先から選ばれる一因となる。(1)で特定した社会課題に対して、他社と同じ取り組みを実施しても、消費者・取引先から選ばれる要因となりづらく、経済的な価値を生むことが難しい。社会価値と経済価値を両輪で生み出すことで初めてその取り組みが持続可能となり、後者の経済価値の創出という点では独自性が最も重要な要素となる。
 例えば、再生プラスチックを使用した容器は当たり前になってきて、環境に優しいというだけで消費者は選ばないだろう。容器1つとっても、自社独自の技術やアイデアで変えることができ、そこに独自性があれば消費者からも選ばれやすくなるだろう。
 また、単に独自の取り組みをすればよいというものではなく、消費者に対してその取り組みを適切に伝えることが必要である。消費者庁が令和2年8月5日に公開した「倫理的消費(エシカル消費)」に関する消費者意識調査報告書からも、国内におけるサステナビリティへの意識は次第に高まっており、モノやサービスの利用を通じて社会貢献したいと考える消費者も増加している(※6)ことがわかる。そのような消費者の賛同を集め、あえて自社のもの・サービスを選んでもらえる機会を提供することも重要な取り組みである。

■ 上記ができている企業は、以下2つの取り組みを推奨したい。
(3)社会課題解決と結びつく指標の定量化(KPI設定)に取り組む
 社会課題に対する取り組みに関して、目標や中間指標、KPIを設定し、実績管理をし、実績を基に改善に取り組むことがよい。KPI設定により、PDCAサイクルを回すことができ、取り組みを推進する上で不可欠な要素である。社会課題の解決につながる取り組みのKPI設定は難しく、時には見直しも必要になる。例えば、食品メーカーだと健康食品の商品数をKPIとして設定している企業もあるが、商品数だけ増やしたところで実際に購入している人がいないと社会課題の解決につながらないのではないかという疑問が湧いてくる。その際は、健康食品の売上高がKPIとして適切だろう。しかし、健康食品の売上が上がれば社会課題が解決されるのかという疑問も当然あるので、健康食品を購入した消費者をサンプリングして健康食品の摂取前後で健康状態をモニタリングし、その健康状態をKPIとするというのも可能性があるだろう。
 KPI設定に困った際は、2章で紹介したValue Balancing Allianceが公開している定量化の手法を参考にするとよい。

(4)自社の社会課題解決に向けたPDCA(目標・取り組み・実績・改善後の取り組み)を積極的に公開する
 投資家、消費者、取引先、地域社会や次世代の若者・子どもなどのステークホルダーに理解してもらうためにも、積極的に情報公開を進める必要がある。すでに多くの大手企業が統合報告書で非財務指標とそれらに関連する取り組みを公開しているので、参考になるだろう。これらを、公開することでステークホルダーからの企業へのフィードバックも期待でき、取り組みの推進にもつながるだろう。

■ より高みを目指したい企業は、以下の取り組みを推奨したい
(5)日本での関心度の低い社会課題に対して消費者の目を向けさせ、共感を得る
 消費者庁が実施した調査によると、消費者が社会課題の解決を考慮して消費活動を行うエシカル消費への意識が高まっている(※7)。消費者庁が公開した令和3年10月物価モニター調査結果によると、特に消費者が意識して実践しているエシカル消費は、「食品ロスの削減」「リサイクル・リユースの実施」「プラスチック製品の利用削減」が上位で、「障害のある人の支援に繋がる商品の購入」「被災地商品の購入」「フェアトレード商品の購入」が下位となっている。すなわち、環境問題に対する消費者の関心度は高いが、「人」に配慮した社会問題への関心度はまだまだ低いといえる。そういった関心度の低い社会課題に対して消費者の関心を誘発し共感を得る、消費者との共創・協働の取り組みが大事である。消費者庁が「消費者志向経営」(※8)として消費者との共創・協働の取り組みを推奨しており、毎年、企業の優良事例を表彰しているので、取り組みの参考になる。なお、1社での取り組みが難しい場合は、業界内外の企業と協業して巻き込んで取り組むとよい。具体例としては、令和3年度 消費者志向経営優良事例表彰で選考委員長表彰を獲得した花王とライオンの協業の取り組みが参考になるので、ぜひ消費者庁のウェブサイトから見ていただければと思う。

(6)あまたある社会課題に対して網羅的に取り組む
 今回のWBAの評価結果から、日本企業はソーシャル・インクルージョンに関わる社会課題への取り組みが弱いことがわかった。一方、消費者も、先述の通り、「人」に関わる社会課題に対しての意識が低い。しかしながら、欧米を中心とした消費者団体による不買運動や国内のエシカル消費の伸びを考慮すると、社会課題を軽視することは事業のリスクにつながる。
 例えば、2021年5月に、キリンホールディングス傘下で、ミャンマーのビール最大手ミャンマー・ブルワリー(MB)の販売額が2月のクーデター以降、前年同期比8~9割減となったことがわかった。同企業には国軍系企業グループが出資しており、反発する市民の不買運動が続いていることが原因だった。この問題は、WBAの評価項目の「責任あるロビー活動と政治的関与」に関連すると考えるが、軍関係者が関与している企業と合弁・取引することがリスクになることの一例である。極端な例ではあるが、このようにあまたある社会課題に対して網羅的に取り組まないと思わぬところで企業の売上が大きく減少するリスクがある。

5.終わりに:持続可能な食領域のビジネス構築に向けて
 日本総研では、食領域の社会課題を深堀りしながら、地球にとってもビジネスにとっても心地のよい「食」の未来を探求するための参加型プログラム「FOOD SHIFT」プログラムを開発した(プレスリリース:食領域ビジネスのサステナブルな変革を目指すプログラムを提供)。このような社会課題解決に資するビジネスを生み出す手法を模索しながら、企業の皆様と一緒に社会課題を解決する仕組みや消費者を動かす仕組みを考え、持続可能な社会を目指している。


(※1) World Benchmarking Alliance プレスリリース(2018年9月24日)
(※2) Value Balancing Alliance ウェブサイト
(※3) B Lab ウェブサイト
(※4)  World Benchmarking Alliance 「The Methodology for the 2021 Food and Agriculture Benchmark」 (2021年2月)
(※5) World Benchmarking Alliance HP 「Total ranking, Food and Agriculture Benchmark」を基に日本総研作成
(※6) 消費者庁「倫理的消費(エシカル消費)」に関する消費者意識調査報告書(2020年2月28日)
(※7) 消費者庁 令和3年10月物価モニター調査結果(速報)(2021年10月20日)
(※8) 消費者庁ウェブサイト「消費者志向経営について知る



※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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