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第1回 ラウンドテーブル マクロでの給付と負担の均衡性の確保

2022年02月21日 持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム


第1回ラウンドテーブル 実施レポート

2021年に3つの柱からなる政策提言を公開

 株式会社日本総合研究所 持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム(以下「本研究チーム」)は2021年5月に中立的視点から「持続可能で質の高い医療提供体制構築に関する提言」と題した政策提言 を公開(※1)しました。
 わが国の医療制度は、国民の健康に大きく寄与をしている一方、少子高齢化、増え続ける財政負担などの諸課題に対する改革の必要性が訴えられてきたところです。新型コロナウイルス感染症拡大で、国民の関心が高まっている今こそ、将来世代も含めた国民が安心でき、持続可能で質が高い医療提供体制を構築するための国民的な議論を行い、必要な改革を速やかに実行することが必要です。しかし、これまでの日本の医療制度改革に関する議論は専門的であり、「社会的ニーズの最も高い医療資源を、将来のあるべき医療提供体制の姿を起点として、どこにどのように配分し、どう国民が負担すべきなのか」という、国民視点で分かりやすい議論が欠けていると考えます。
 そこで、本研究チームでは、あるべき医療提供体制の将来像を示し、その実現に向け、特に重要な論点を示し、この議論が、国民視点でさらに加速すべく貢献したいと考えています。
 我々は、持続可能で質の高い医療提供体制の構築に向けて、あるべき姿として、「国民の一生涯の健康を地域多職種連携で診ることができる持続可能な医療提供体制」を示し、その実現に向けた重要な論点として「給付と負担の均衡性の確保」「プライマリ・ケアチーム体制の構築」「価値に基づく医療の実装」の3点を示しました。そして、これらの論点を個別に議論するのではなく、包括的に議論している点が、この提言の特徴でもあります。
 参考:持続可能で質の高い医療提供体制構築に関する提言
    持続可能で質の高い医療提供体制構築に関する提言【追加資料】


課題の議論を前に進めるための新たな会議体を設置

 2021年5月に提言を発表して以来、我々はさまざまな有識者の方々との議論を重ねて参りました。その中で、私達が示した論点の検討が進みにくい構造的な問題の共有に至りました。1つは、負担増を伴う選択肢も考えなければいけない、政治的に難しい論点である点、2つ目は、多くの関係者が同様の課題認識を持っているものの、議論の場が十分ではない点です。
 さらにこれらの議論を深めるためには、「あるべき姿を設定した中長期的かつ継続した議論」「既存制度の改善だけでなく構造的な変革も伴う議論」「政策課題に対する国民的理解・関心を高めるための取り組み」が必要と考えます。
 そこで、議論の時間や関係者の利害関係などに制約されず、現在十分に扱われていない論点を扱い、子どもや子育て世代、今後生まれてくる世代も対象とした議論が行える中長期的な視座を重視した議論の場を設定する必要性があると考えます。

今後の論点を整理すべく、第1回目として有識者による給付と負担についての議論

 こうした認識のもと、2022年1~2月にかけて、有識者による議論の場(ラウンドテーブル)を3回設け、論点整理や今後への期待をうかがうこととしました。
 第1回は「給付と負担の均衡性の確保」、第2会は「プライマリ・ケアチーム体制の実装」、第3回は「国民が議論に参加するために」というテーマを扱います。
 今回はラウンドテーブルの第1回目として、給付と負担の均衡性の確保、そしてこの議論とも関わる価値に基づく医療の実装のために今後議論すべき論点などを有識者の皆様と議論しました。具体的には、「検討を期待する論点はどのようなものか」「日本総研による新たな会議体に期待することは何か」との日本総研からの投げかけに対し、ご議論いただきました。

既存政策に対するパッチワークではなく将来を見据えた議論を行うべき

 政策立案に対する大局的な視点として、既存政策を基にパッチワーク的に対応する形ではなく、非連続的な対応が求められていることが論点になりました。制度設計や政策の見直しは、これまでの経緯を重んじることが多く、「ビジョン」と銘打っても、今の制度や技術、今のステークホルダーの兼ね合いから検討がなされることがあり、将来を見据えた非連続な変化が今求められているという点が強く指摘されました。
 そして、「”今”のステークホルダー」という点に関連して、健康保険は人の命や健康に関わることであるがゆえに、今の国民の負担を増やす社会保険料の議論になりづらく、負担を背負わせやすい「モノ」である薬価の引き下げによる医療費抑制が続いている状況があります。しかしながらそれが長期的・将来的な医療アクセスやイノベーションを抑制してしまうとの懸念もありました。
 他方、多くのステークホルダーが各々あるべき姿を検討すると利害が対立し収束しないことも議論となりました。現実的な解として、非効率なことをやらない「無駄のない」医療、働き方改革に代表される「無理のない」医療、アクセシビリティを公平に担保する「ムラのない」医療が目標となるという示唆がありました。

社会保険の理念と実態の乖離を振り返り医療の価値を可視化すべき

 既存政策に対するパッチワーク的な対応や、利害関係者への遠慮や政治的に議論しづらく短期的な議論が重ねられた帰着が社会保険の理念と実態の乖離につながっており、給付と負担の均衡性の確保から離れていく要因であると議論されました。
 歴史的背景として、1980年当初からの増税なき財政再建路線の中で、増税できないことから社会保険から支援金という形で所得再分配に使ってきた(※2)ために、負担と給付の関係が崩れてきた点が指摘されました。また、後期高齢者医療制度の財源構成は現役世代からの支援金が4割、公費が5割、後期高齢者からの保険料が1割という構成になっています。しかし人口動態の変化によって現状の現役世代からの支援金に依存した状況の構造を続けることは難しい一方で税財源の議論も低調であり、結果として国債を用いる構造となっている点への指摘がありました。そして、雇用が多様化する中、終身雇用を前提にした社会保険の仕組みを実態と合わせるべきという指摘もなされました。
 こうした現状の所得再分配と保険の性質が混合した社会保険について、現役世代から高齢世代への再分配の部分は税として、高齢者でも高所得や資産のある方には負担をいただくなど、社会保険料を、所得に関する部分と本来の保険料の部分に分けて整理すべきであり、その中で、消費税も含めた税の議論が行われるべきと確認されました。
 さらに、本来的には「給付」ではなく「受益」に対する負担の対応関係であり、受益があるからこそ負担に対する納得感が生じるため、QALY(※3)のように医療によって受けられる価値を可視化していく必要があり、入院・薬価についても現行の「ストラクチャー・プロセス」という資源のインプットベース(各種加算措置)から「アウトカム」ベースに診療報酬の在り方を転換させる必要があると提示されました。

政策議論やわかりやすい説明、価値に基づく医療のためにもデータベース構築が必須

 医療の価値の可視化、ひいては価値に基づく医療にはデータの利活用が必須です。医療の価値の可視化にとどまらず、政策議論や国民に対するわかりやすい説明のためにもデータを活用できる環境の構築が急務であることが示されました。
 現状、最適、最善で効率的な医療を医療従事者が提供できているわけではなく、エビデンスに基づかない治療や非常に効率の悪い医療も提供されていることが、データの活用により徐々に分かってきているとのことです。データベースを築き上げ、データに基づいて議論できるような素地をさらに活発化することで、分かりやすい説明や、多様なステークホルダーとの議論、価値に基づく医療の実装にもつながっていく旨の発言がありました。そして、データの活用をさらに進めるためには現状活用が進むNDB(レセプト情報・特定健診等情報データベース)だけでなく、介護のデータや、急性期の病院のDPCデータ等を国で集め、データのユーザビリティーや利用可能性の向上が急務であることが指摘されました。
 さらに、データの裏にあるいろいろなファクターが複雑に絡み合っているため、ビッグデータの取り扱いのできる人材育成が必要なことも付言されました。

医療や介護、財政の分配をどういった権限分掌で行うべきかを検討すべき

 値に基づく医療や昨今の新型コロナウイルス感染症での病床の問題に議論が及んだ際に、医療政策に係る計画策定や財政的な分配について、国・都道府県・基礎自治体それぞれでどのような権限分掌で意思決定されるべきかの検証が必要であることも論点として提示されました。
 本来的には地域の実情や需要、強みに沿った計画立案を都道府県や基礎自治体が実施するのが理想ではあるが、地域医療構想等でも見られることであるが、地方分権の名の下に中央から県に財源と権限が委譲されることだけで成功するのか、実効性の懸念が示されました。国民に普遍的に提供されるべき公衆衛生においても地域差がある中で、交付税措置によって、分権が進んできたことの功罪を財政学的に検証し、国・都道府県各々ですべきことの識別を進めるべきであると指摘がありました。

国民のニーズをつかむとともに新たな医療・健康観と医療・政治リテラシーの醸成が必要

 医療に関する政策を検討する上では、国民のニーズを酌むことができているのかという視点が必須である旨の指摘もあがりました。国民の方々が求めているものは健康であり、医療はそのための手段であって目的ではないという視点が必要という意見です。
 そして、現在の状況は、政策決定者のみでなく、国民みなが意識を転換するターニングポイントであることも論点となりました。「医療は医療従事者に従い与えられるもの」というパターナリズム(※4)的な医療・健康観から、どのような社会なのかを見据えながら、自身がどのような医療を受けるべきかを考えていく必要があり、ポジティヴヘルス(※5)のような動的な健康観が求められるとの意見があがりました。
 さらに、さまざまな選択のためのリテラシーについても議論がおよび、医療に限らず、法、財政、税など、政治的決定が正しい情報のもとにおいて決定されるためには、財政に関する仕組みや全体像、問題の所在を国民が知ることができるよう発信する必要性も示されました。

新たな会議体への期待

 この議論を前に進めるために、多種多様な分野の方を巻き込んだ議論を行うことについての期待が多く挙げられました。
 例えば省庁において政策議論を行う場合でも、財務省、厚労省といった単体での議論では医療の現場の問題が反映されづらく、制度の表面的な議論になっていたことは否めないというご意見もあり、実地の方といかに一緒に検討していくかが非常に重要であることについて示唆をいただきました。
 そして、地域医療構想をはじめとする医療政策をうまく検討し、実行に移している自治体や、特徴的な取り組みをしている保険者などの現場をつかむべく、自治体あるいは保険者にも議論に参加頂くと、発信力が高まるという意見もあり、今後の課題となりました。
 さらに、発信力という観点で、有識者のみだと発信力が限定的であるため、メディアとの問題・課題意識の共有も必要とのことで、今後のラウンドテーブルへの課題共有への期待が示されました。

今後のアクション

 今回のラウンドテーブルでの議論によって、給付と負担の均衡性の確保に関する議論について、今後検討が必要な論点の抽出ができました。そして、医療・健康観の変化や自治体・国の間の権限分掌等、これまでの我々の提言に加えて新たに検討すべき論点についても示唆をいただくことができました。
 さらに、有識者各位より新たな会議体について、健康・医療分野における政策的課題を検討し、国民的理解の向上に貢献する点などについてご意見を頂きました。
 そして、この第1回目のラウンドテーブルでの議論をもとに、当該研究チームでは、政策検討の一助となる新たな会議体として、日本総研としてのコンソーシアムの立ち上げを今後企画したいと考えております。引き続き、ラウンドテーブルでの議論を深め、準備を進めてまいります。


参加頂いた方々

・コアメンバー
康永秀生 教授
東京大学大学院 医学系研究科 公共健康医学専攻 臨床疫学・経済学分野
堀真奈美 教授
東海大学 健康学部 東海大学大学院 人間環境学研究科人間環境学専攻
吉村健佑 特任教授
千葉大学医学部附属病院 次世代医療構想センター 千葉県医療整備課医師確保・地域医療推進室、元厚生労働省医系技官
西沢和彦 主席研究員
株式会社日本総合研究所 調査部

・コアメンバー参与
岡本薫明 様
元財務省財務事務次官

・メンバー(本テーマ有識者)
佐藤主光 教授
一橋大学大学院 経済学研究科 国際・公共政策大学院
占部まり 様
宇沢国際学館 代表取締役

・モデレーター
川崎真規 シニアマネジャー
株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 ヘルスケア・事業創造グループ
兼 持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム 提言とりまとめ

<本件に関するお問い合わせ>
マネジャー 山本健人
E-mail: yamamoto.taketo@jri.co.jp


株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
小倉周人川崎真規鈴木麻友山本健人
協賛:米国研究製薬工業協会(PhRMA)


(※1) 米国研究製薬工業協会(PhRMA)協賛
(※2) 1983年2月導入の老人保健制度より健康保険料を原資とした高齢者医療費への財政支援が続く[西沢,2020]
(※3) Quality-adjusted life years=質調整生存年。QOL(Quality of life=生活の質)と生存年をあわせて評価するための指標のこと。
(※4) 父権主義。医療においては患者の最善の利益の決定権利と責任は医師側にあり、患者はすべて医師に委ねればよいという考え方。
(※5) 2011年にオランダのマフトルド・フーバー氏がブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)にて提唱した健康の概念で「社会的、身体的、感情的な問題に直面した時に適応し、本人主導で管理する能力としての健康」と提案。ヒューバー氏は、これを定義ではなく “ コンセプト ” とし、「ポジティヴヘルス」とネーミングした。現在オランダでは各地でこの概念を中核に据えたプロジェクトが始動している。詳細はMachteld Huber 「How should we define health?」(BMJ,2011)を参照
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