日本総研ニュースレター 2021年11月号
コモンズが開く地域の未来
2021年11月01日 井上岳一
私有財でも公共財でもない第三の道、共有財「コモンズ」
コモン/コモンズに注目が集まっています。斎藤幸平さんのベストセラー『「人新世」の資本論』(集英社新書)も、キーワードは「コモン」。同書の中で斎藤さんは、「コモン」を「社会的に人々に共有され、管理されるべき富」と定義した上で、「市場原理主義のように、あらゆるものを商品化するのでもなく、かといって、ソ連型社会主義のようにあらゆるものの国有化を目指すのでもない。第三の道としての〈コモン〉は、水や電力、住居、医療、教育などといったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す」と述べます。そして、「大地=地球を〈コモン〉として持続可能に管理する」ことで初めて「平等で持続可能な脱成長型経済」が実現する。それこそがマルクスが晩年に目指したコミュニズム(=コモン主義)だと主張します。
ソ連や東欧の失敗を見てきた世代にすれば、「コミュニズム」が今更持ち出されることに違和感があるでしょう。しかし、ソ連崩壊後、資本主義一辺倒になった世界では、あらゆるものを商品化する市場原理主義=英米型の資本主義のほころびばかりが目立ちます。何より、気候変動や生物多様性喪失等の危機は深刻化するばかり。ソ連型社会主義だけでなく、英米型資本主義もまた失敗だったのです。国有化も、商品化=私有化もダメ。となると、残された「第三の道」は「共有化」(=コモン)しかない。ソ連型社会主義は知らないけれど、英米型資本主義の先に未来はないと思っている若い世代は、第三の道としてのコモンに共感します。
コモンは、私有財(Private Goods)や公共財(Public Goods)と対置される共有財(Common Goods)という概念で、伝統的には「コモンズ」(Commons)と呼ばれてきました。公共財と似ていますが、公共財が道路や公園など広く一般に開かれているのに対し、共有財は集落や会員組織などメンバーシップが限定的です。かつて日本の村落で見られた入会林と呼ばれる集落の共有林のほか、漁業権が設定された河川や沿岸海域などは、コモンズの代表的な例です。
コミュニティによる自己管理の有効性を証明
資源管理や経済学の分野では、しばしば「コモンズの悲劇」が語られてきました。共有の放牧地では、合理的な個人は利益追求のために放牧頭数を増やす行動に出る。皆が同じ行動をとる結果、過剰放牧となり、放牧地は荒廃して崩壊してしまう。米国の生態学者ギャレット・ハーディンが 1968年に発表した同名の論文の中で、これを地球規模の資源管理の例え話として用い、この「悲劇」を避けるには、完全に公的な管理(国有化)か、完全に私的な管理(私有化)しかないと結論づけました。この結論は、そのままソ連型社会主義か英米型資本主義かという二分法につながります。
これに対し、そのどちらでもない「第三の道」があり得ることを示したのが、米国の法学者キャロル・ローズでした。彼女は、1986年に発表した論文「コモンズの喜劇」の中で、コモンズがコミュニティの慣習によって厳然と統治されてきた事実に光を当て、コミュニティによる自己管理がコモンズを持続可能にし得ると説いたのです。このローズの論考をさらに深めたのが米国の政治経済学者エリノア・オストロムです。彼女はコモンズの実証研究の中で、コミュニティによる自己管理の有効性を明らかにし、2009年、女性で初めてノーベル経済学賞を受賞しました。
ウェルビーイング向上に貢献するコモンズ
地域を持続可能にするためのコモンズの実践は既に各地で始まっています。岡山県西粟倉村のように、私有山林を共有林野に再編して管理する仕組みをつくり上げた地域もあれば、市民の出資で電力会社を立ち上げた市民電力の例(神奈川県小田原市等)もあります。商店街や住宅街の再生にコモンズのアプローチは有効ですし、水道、ガス、交通、通信などのインフラサービス、あるいは教育、医療、介護、福祉などのケア的なサービスもコモンズとして運営し得るものです。
コモンズは、運営管理に参画する仲間の存在を前提とします。すなわち、人は、コモンズへの参画を通じて、地域に仲間を持つことができるのです。共に活動する仲間がいるだけで、地域に生きることは楽しくなります。今、元気な地域に行くと、例外なく楽しい仲間がいます。コモンズは、仲間を通じて地域の未来を開くのです。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。