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アジア・マンスリー 2022年2月号

習近平政権はなぜ「共同富裕」を急ぐのか

2022年01月27日 三浦有史


習近平政権は経済の下押し圧力になることを承知のうえで共同富裕を進めている。この背景には、「内巻」や「横たわり」に象徴される社会の変容に伴う国民の所得格差に対する許容度の低下があるとみられる。

■格差に対する許容度の低下
「共同富裕」は国民皆を豊かにすることを意味し、所得格差など急速な経済発展のもとで後回しにされてきた公平性の問題に対する取り組みを通して共産党への信認を高める試みといえる。その一方、共同富裕は経済の下押し圧力になると考えられている。2021年8月に開催された中国共産党中央財経委員会では、不動産開発、学習支援、ITの三つの産業について、「発展論理は大きな変化に直面し、成長への貢献は低下する」とされた。実際、非営利化が打ち出された学習塾は2021年9月までに18万社、そして、融資規制が強化された不動産開発企業は384社が破産に追い込まれた。IT産業でも反トラスト法違反の罰金やギグワーカーの権利保護に伴い、業績が悪化する企業が目立つ。

習近平政権は、なぜ経済の下押し要因になることを覚悟してまで共同富裕を進めようとするのか。この問題は、格差に対する許容度という視点からアプローチするとわかりやすい。中国における格差に対する国民の許容度を明らかにしているのが世界価値観調査(WVS)である。WVSは、異なる国の人々の文化的、道徳的、宗教的、政治的価値観を調査する国際プロジェクトで、中国も早い段階から参加している。

WVSは、「所得はより平等であるべきだ」(スコア1)と「所得は個人の努力に対するインセンティブであるべきだ」(スコア10)という所得格差に対する正反対の見方を示し、回答者がどこに該当するかを選ばせることで、所得格差に対する許容度を測っている。アジア3カ国(中国、日本、韓国)を比較すると、中国の所得格差に対する許容度が大幅に低下したことがわかる(上左図)。これは、競争に対する許容度が低下していることと符合し、中国が競争による優勝劣敗を受け入れにくい社会に変容しつつあることを示唆する。

■SNSの普及による社会の変容
こうした変容が起きた背景には、格差の重心が所得から資産に移行したこと、そして、SNSなどの発達により格差を測る比較対象が広がったことがあると思われる。2010年に国家統計局が実施した農民工(就労目的で都市に流入した農村戸籍保有者)に対する調査では、自らの生活状況の良し悪しを判断する際に選んだ比較対象は、多い順に①同一市内の農民工(23.6%)、②都市戸籍保有者(23.4%)、③故郷の農村の人(19.3%)であった。同様の調査はその後行われていないが、SNSの普及によってこの状況は一変したと考えられる。

10億人を超えるユーザーを持つテンセント社が開発したインスタントメッセンジャーアプリ微信(WeChat)のサービス開始が2011年、5億人を超えるユーザーを持つ微博(Weibo)のサービス開始は2009年である。中国のSNSは2010年前後から爆発的に普及し、ユーザーは不特定多数の人の日常を垣間見ることができるようになった。

SNSに上げられる情報の多くは「成功物語」であるため、時として見る人の劣等感を高める。英王立公衆衛生協会(RSPH)は2017年5月、若者の多くがSNSを通じて不安感、孤独感、劣等感といった負の感情を抱くようになっている、とした。中国においても同様の変化が起こり、格差に対する許容度が低下したとしても不思議ではない。

SNSを介したコミュニケーションが社会に好ましくない影響を与えていることは、「内巻」や「横たわり」といった厭世的な心情が若者の間に浸透していることからもうかがえる。「内巻」とは、皆が競争を勝ち抜くために努力しているため、努力の価値が下がり、見合った成果が得られなくなることを、そして、「横たわり」とは物欲が乏しく、競争、勤労、結婚、出産に消極的な生活スタイルを指す。

「内巻」や「横たわり」が広がった背景には、若者を取り巻く生活環境が厳しくなってきたことがある。そのひとつは就職難である。国家統計局は、2021年6月の都市部の16〜24歳の若者の失業率は15.4%で、20〜24歳以上の失業率はそれよりも高いとした。同局が具体的な数値に言及しなかったのは、失業率が前年の19.3%を大幅に上回ったためとみられる。

もうひとつは「996」と称される長時間労働の常態化である。これは朝9時から夜9時まで、週6日働くことを意味する。大手IT企業の創業者らがこうした働き方ができる人材を望ましい社員像に掲げたこともあり、IT業界を中心に「996」が広がった。2021年8月に政府と最高人民法院が「996」を違法とする判断を示したことを受け、ようやく見直しが始まったところである。

最後は住宅ローンである。世界の主要都市の生活関連情報を整備しているNUMBEOによれば、中国の住宅所得倍率(住宅価格が年収の何倍かを示す倍率)は、2021年6月時点で27.9倍と非常に高い(右図)。しかも、中国は過去10年間一貫して上位に入っていることから、住宅は中間層でも手の届かない買い物になりつつある。中国では結婚を機に住宅購入を考える人が多いため、住宅価格の高騰は未婚率の上昇や少子化を加速する遠因とされている。

■共同富裕のもうひとつの解釈
「内巻」や「横たわり」に象徴される社会の変容は、共産党が目指す社会から逸脱、あるいは、党の指導を拒絶する人が増えていることを意味し、経済成長とそれに伴う所得の上昇によって共産党への信認を高める、という従来の統治メカニズムが機能しにくくなったことを示す。習近平政権が共同富裕を急ぐのは、この問題に対する危機感が高まっているからにほかならない。その意味で共同富裕は、従来の統治メカニズムが機能しなくなったことを察知した習近平政権による新たな統治メカニズムの模索と解釈することもできる。
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