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ビューポイント No.2021-009

岸田内閣が取り組むべき重点政策課題ー「成長と分配の好循環」の実現に何が必要か

2021年11月11日 山田久


衆議院選挙を経て岸田内閣が本格的に始動した。医療逼迫の回避を確実にして国民に安心を保障したうえで、着実に経済活動水準を上げていくことが、まずもっての岸田内閣の課題であり、①機動的な医療・検査体制の早急な整備、②段階的な経済再開・経済再生プログラムの策定、③セーフティーネットの強化、がその3本柱となる。今後策定する数十兆円規模の経済対策は内容の熟慮が必要であり、個別論点では「GO TO」事業については慎重に考え、飲食・宿泊業界の体質強化の支援策を重視すべきである 。

ウイズ・コロナにおける医療逼迫回避と経済再生推進の両立と並行して進めなければならないのは、アフター・コロナを見据えた経済財政の立て直しである。この点でまず直視しなければならないのは、ポスト・コロナの世界における2大アジェンダとなった「デジタル化」と「脱炭素化」に関わる投資が、わが国で絶対的に不足していることである。その投資促進が成長戦略の最重要課題に位置付けられなければならないが、そのための有効な施策は単に投資減税や補助金を大胆に実施すればよいわけではない。

デジタル化も脱炭素化もプラットフォームに過ぎず、重要なのはそれを前提にどのような経済社会を構築するのかというビジョンである。それが明らかになることによって、情報通信産業やエネルギー産業以外の幅広い産業分野において、多様で裾野の広い投資が行われる。つまり、デジタル化・脱炭素化の在り方について、幅広い観点から官民が認識を共有する必要があり、政府にはそのための議論の場を設定して方針を決め、そのうえで思い切った投資を促すことが求められる。問題は個別産業レベルを超えた国全体に関わるものであり、そのビジョンづくりの国民会議を設けるとともに、様々な機会を設けて国全体の意識共有を図ることが必要である。

デジタル化と脱炭素化という産業転換の大きな方向付けの環境整備が行われれば、そのもとで個々の民間企業が自由な競争によってダイナミックに新たな事業・産業を様々に創出し、経済成長が促される。そのうえで、経済成長の成果が国民全体に均霑されることで拡大均衡の経済好循環―「成長と分配の好循環」「幅広い人々の所得・給与が増える」経済が生まれる。こうしてみれば、岸田内閣が取り組もうとしている大きな方向性は妥当であるが、問題はそれをどう実現するかである。

わが国における賃金低迷の背景には広い意味での分配の問題があるが、ここでいう分配の問題とは、市場の失敗を補うために政府の直接介入によって分配構造を変えることを求めているわけではない。それが意味するものは、経済主体間のパワーバランスが崩れ、「生産性に応じて要素価格が決まる」という経済原理とは外れたところで取引価格や賃金が決まっているという問題である。したがって、求められているのは税財政政策や価格統制による政府による価格決定への直接的介入ではなく、競争政策による公正な価格決定のための条件整備や、労使のパワーバランスを回復するための間接的な支援の仕組みである。具体的には、①第三委員会を設置し、データ・エビデンスに基づく賃上げの適正水準を示し、労働サイドからの弱すぎる賃上げ力を補正すること、②優越的地位の濫用や反ダンピングの取り締まりの観点で競争政策を積極的に展開するほか、独立的な適正価格専門評価委員会を設置し、当事者の要請に応じて個別取引価格の適正水準を提示する仕組みを創設する、ことを提案したい。

わが国の時間当たり実質労働生産性は、実は主要欧州諸国よりもやや高い伸びを示しているものの、米国やスウェーデンなどの「優等生」には劣っている。労働人口の減少というハンディのもとで経済成長率を高めるには、生産性上昇率を今よりも高めていく必要性は何ら変わらない。その意味で、デジタル化・脱炭素化に向けての将来ビジョン・トランジションの道筋を示したうえで、その過程で進行する産業構造・事業構造の転換に企業が取り組むことを後押しするとともに、それにともなって働き手に求められる新たなスキルの習得や労働移動を円滑に行うことを支援するのも重要な政策課題である。

岸田内閣が正面から取り組むべきは、社会保障・税の一体的な改革である。社会保障制度への不信から将来不安が強ければ、いくら賃金が増えても経済好循環につながる消費拡大は覚束ない。とりわけ若い世代は年金をはじめとする社会保障制度の持続性に強い不信感を持ち、将来世代への付け回しで現在の高齢者福祉を支えていることへの不満が大きい。社会保障の財源問題を正面から議論することを避けるべきではなく、社会保障制度への信頼を得ることこそ、政治への国民の信頼を取り戻すために不可欠な作業といえる。選挙になればバラマキ合戦になりがちな状況を打破するには、社会保障制度の安定化に不可欠な財源問題について超党派で議論していく必要がある。「聞く耳」を持つ岸田内閣がこの点に真正面から取り組み、野党と真摯に向き合って、その仕組みづくりに着手することを切に期待したい。

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