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シンクタンクの役割と身寄りなし問題

2025年11月26日 沢村香苗


 「個・孤の時代の高齢期」として筆者らが追ってきたテーマは、現在「身寄りのない高齢者の課題」として政策的議論が行われるに至っている。日常生活、入退院・入所時、死後に様々な手続きが必要になるため、自分の代わりにこれらを行ってくれる人(身寄り)がないと困難が生じることについての共通認識ができつつあり、解決策が模索されている状況である。

 筆者は2017年に当時の身元保証等高齢者サポート事業(現在は高齢者等終身サポート事業と呼ばれている)に関する調査研究事業を行ったのがきっかけでこの課題に出会った。通常の調査のように、あらかじめ存在するリストの宛先(たとえば医療機関や介護施設など)に調査票を送って回答してもらうものとは異なり、調査対象のリストすら存在せず、インターネット検索や芋づる方式のような形で事業者を探し、調査を行うのは初めての経験だった。余談であるが、初めてチームを組んだ、証券会社出身の同僚が電話でどんどんアポイントを取り、何の調査かと面食らっている事業者の方々に突撃取材のような形で多くの話を伺うことができた。いつものように形式ばった依頼状を送っていたら、警戒されて、応じてはもらえなかっただろう。

 当時は、入院の時などに保証人を親族に頼むことができない高齢者が身元保証等高齢者サポート事業(当時)を利用し、一部に消費者被害(死後事務等のために事業者に預けたお金が解約時に戻らないなど)が生じているという理解が主であり、保証人を求めることの是非が問われていた。だが、事業者から聞く、身寄りのない老後の困りごとは入院時の保証人の確保だけではなかった。考えてみれば当然で、人生を閉じるまでに起こることは入院ばかりではない。私たちの暮らしは1日の中に多くの用事があり、時には大きな出来事(入院や引っ越し)があり、最後は死を迎え、財産や役割などその人を構成していたものを適切に「しまう」ことで人生が完結する。そこには必ず誰かの助力が必要である。このことはみな知っているのに、「誰かがなんとかするもの」として可視化されず、その「誰か」は誰なのか、親族が対応しない・できない時どうするのか、といったことについての議論も手立てもないことを不思議に思った。同時にこのテーマに心惹かれて追いかけることとなった。

 その後も、医療機関のスタッフ、自治体の職員、ケアマネジャーや地域包括支援センターの職員、弁護士など、この課題に関連した事例の経験を多くの人から聞いてきた。自分だったら到底対処できず逃げ帰ってしまうだろうというような、想像を絶する話も珍しくない。シンクタンクの研究員という、何一つ手を汚さない仕事をしていることを後ろめたく思うこともあった。

 こういった活動を通じて得た情報をまとめたものが、ホワイトペーパー「個・孤の時代の高齢期」 である。発表したのは2022年10月であるが、3年経った今、自治体の方などから「皆で話し合う時に活用しています」という声を多くいただく。現場で多くの支援経験を持つ方々には既知のことしか書いていないように思うが、知っているが言葉にできないでいたこと、うまく共有できずにそれぞれが抱え込んでいたことについて、「私が言いたいのはこういうことなんです」と差し出すことができるというのが活用の理由のようだ。

 困りごとを抱える人々の支援においては、シンクタンクの研究員が直接的にできることは何もない。だが、課題に注目し、それに関係する人たちと立場や官民を問わず自由に接点を持ち、情報に基づいて考える時間を与えられていることが強みだと改めて感じた。皆が知っているが、声に出せずにいることを感じ取り、何らかの形で表現するということを、これからも続けていきたい。


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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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