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IT時評:「次の一手を読む」

第9回「海面下の資産を再発見し活用する~大手電機、憂うつ脱却のための処方せん」  

出典:日本経済新聞「NIKKEI NET」 2006年10月11日

 連結売上高が9社合計で50兆円ほどにもなる大手電機は、自動車と並び、依然わが国の屋台骨産業である。今では収益面で韓国や中国の企業に追い越されてしまったが、規模だけでなく、これまでの技術の粋が蓄積されている分野でもある。

 産業のすそ野も広く、シリコンバレー以上にさまざまな企業と知恵が集積された、世界に類を見ない場「エレクトロニクス・アイランド」を創り出している。このアイランドの海面下の資産は膨大だ。問題は、その再発見と活用の仕方(マネジメント)にある。第8回で述べた「大手電機の憂うつ」の問題は、知恵と工夫次第で必ずや脱却できるはずだ。

足かせになっている「隠れた負債」とは・・・

 大手電機メーカーがいまひとつ振るわないように見えるのは、同じ海面下に膨大な負債もあるからだ。その「隠れた負債」をのぞくことから始めよう。隠れた負債は、エイドリアン・スライウォツキー(米マーサー・マネジメント・コンサルテイングのマネージング・ディレクター)の分類を参考に、【1】企業カルチャー面【2】企業内部構造面【3】企業対外面――に分けて記述できる。

【1.企業カルチャー面の負債】

 思考様式や、リーダーシップとコミットメント(約束、意思の表明)に関する負債のことだ。

 コモディティー製品に対するこだわり、一時的としか思えない収益確保見通し、過剰とも思える技術力や品質へのこだわりといった思考様式のままでは、いつまでたっても経営改革はおぼつなかい。

 リーダーシップを発揮しようにも、社員に見透かされ、コミットメントはすぐ宙に浮いてしまう。戦艦(企業)を取り巻く大海の潮の流れ(外部環境)も重要だが、艦長の頭にある羅針盤(思考方式)に狂いがあり、戦線を正確かつ包括的に把握できる均衡のとれた戦略眼と、それを機敏に実行に移す組織の空気(組織文化)に淀みがあれば、部下は迷い護衛艦(グループ企業)ともども戦艦は沈む。

【2.企業内部構造面の負債】

 組織や技術力、業績評価システムに関する負債だ。

 第8回で詳述したように、依然ハード志向の複合組織体(コングロマリット)は、知識経済社会へのパラダイムシフトの流れに合致していない。コングロマリット組織が「範囲の不経済」に陥っているのであれば、現在の横型のコングロマリットを再編し、グローバル市場で競争優位となるような事業規模を実現すべきであろう。第8回の佐藤文昭氏(ドイツ証券アナリスト)が指摘するとおり、大手電機の各事業を統合した縦型の企業組織形態も有力な選択肢となりえる。

【3.企業対外面の負債】

 ブランド戦略、提携関係など“対外面”に関する負債のことだ。

 この観点から、日立において先般話題となったHDD事業(第8回参照)も、古川一夫社長が「黒字化できる」と自信を見せる液晶事業も、さほど大きな特徴あるいは付加価値が見えてくるわけではない。HDD事業の買収も中国への生産展開とコスト削減策も、いわば従来型の成長路線にすぎない。

 「実業×ITのuVALUEで御社のビジネスを成長させませんか」という広告宣伝(日立ブランド)は、日立自らの成長が芳しくない状況下では、いささか空しく聞こえる。

「隠れた資産」とその活用の方途

では、「隠れた資産」はどうか。この資産は例えば、【1】従来無形資産【2】顧客関係資産【3】戦略的不動産資産【4】事業ネットワーク資産【5】情報資産――に分類することができる。

【1.従来無形資産】

 従来無形資産とは、業界随一とも言える日立の特許や知的財産、また、かつては米GEを凌駕(りょうが)するほどだった設計力などのコアコンピタンス(中核能力)のことだ。中核能力としては、複雑で時間がかかるなど、模倣障壁が高いものが望ましい。トヨタが豪語するような、他社には簡単には真似できない製造システムが代表例だ。

 発電機、半導体などの設計ノウハウとそれに結びついた製造力は、本来模倣しにくい性質のものだった。これらは教科書を読んで身に付くものでは決してない。競合他社製品を分解・分析(リバースエンジニアリング)しても限界がある。実際の設計業務のなかで、先輩技術者から直接伝授されなければ、なかなか習得できるものではない。にもかかわらず、半導体のようなハイテク分野では、設計・製造畑の技術者がそのノウハウを韓国や中国へ流出させてしまった。したがって、もはや競争優位になるために不可欠な無形資産とは言い難い。

 これら従来無形資産は、バランスシートではなかなか見えないものだ。大手電機の間では、これらの資産が重要だという認識が強い。企業の研究所における研究開発活動の成果は、たいがいこの資産に属するものだ。ただし、企業の持続的競争優位を決する海面下に隠れた資産は、これにとどまらない。

【2.顧客関係資産】

 海面下の資産には、例えば、顧客の真の、または潜在的な需要を洞察しそれを引き出す能力、そして顧客との間で築き上げ容易なことでは崩れない顧客との相互関係がある。相互関係がいったん構築されてしまえば、顧客は他社との関係を構築するにはスイッチングコストが高いので、簡単には乗り換えられない。

 この種の相互関係は、大手電機が素材や部品を顧客(セット製品メーカー)に供給している場合など、今でも通常ある程度は構築されている資産である。問題は、単なる部品やセット製品にとどまっているようでは、コモディティー化の荒波を容易に被ってしまうことだ。したがって、その製品・商品をシステムとして組み上げているか、さらには次に述べる顧客の価値連鎖のなかで統合的な仕組み(Structure)に昇華できているかが重要となる。

【3.戦略的不動産資産】

 これは、市場における地位や価値連鎖のような固定的な資産をいう。例えば、日立の「実業×IT」のソリューション・コンセプトは、本来この資産を生かして自身の成長を促すものである。もっとも、多くの大手電機でみられる“ハードが駄目ならソリューションビジネスで”といった試みは、うまくいっているとは言い難い。たいがい単なるコスト競争に陥っているからだ。

 この資産は負債になりえるものであり、諸刃の剣だ。市場での影響力ある地位(ブランド)が、仇になることもある。つまり、相乗効果を引き出せない“総合”(総花的)アプローチだとすれば、市場や顧客には受容されない。“総合”ではなく、目標に向け新たな顧客価値を生み出す、すなわち“統合”(Integrate)することがポイントとなる。

 また、顧客との価値連鎖のなかで、どこまで“実業”について洞察できているかが顧客価値の点で大切だ。単なる業務知識のレベルでは、顧客は見向きもしないだろう。

 大手電機のなかには、頭の切れるMBAホルダーもいまや大勢いる。ただし、MBAホルダーばかりの経営陣や経営企画部門による企業マネジメントの弊害は、ヘンリー・ミンツバーグ(カナダ・マギル大学教授)「MBAが会社を滅ぼす」に詳しい。MBA流のアプローチは、どうしても分析や戦略のことばかりが前面に出てしまう。しかし、複雑で包括的な企業の舵取りにおいては、個別事項の細分化とそれらの分析ごとだけで終わってはならない。分析結果を統合できて初めて、実効性のある戦略を策定することができる。

 もちろん、戦略を実行する組織やトップマネジメントチームの存在も重要になる。個別の事業レベルにおいても、個々人の事業に対する洞察力と、その個人で組成されるチームによる、包括的なマネジメントが求められる。これ無くして、不動産資産は生かせない。

【4.事業ネットワーク資産】

 日立のような大企業ともなれば、コンシューマー向けのパソコン、テレビ、携帯電話と主要な製品ラインナップは充実している。これら製品の普及基盤を活用し、ネットワーク効果を狙うことが不可欠だ。こうしたネットワーク資産は、差別化された自社製品に、別の何かを組み込んだ場合にも効果が期待できる。いわば相乗りができるため、グリーンフィールドで(ゼロから)新たな製品・サービスの普及をはかる手間が省ける。

 ここでポイントは、製品普及数の規模がトップクラスであることだ。言い換えると、市場シェアで中下位であれば、資産になりえない。だから、選択と集中が必要であり、米GEやスリーエム(3M)のごとく、トップ級の製品を育てること、またその域まで育たない場合には容赦なく切り捨てる勇気とそれを決する価値尺度が重要なのである。

【5.情報資産】

 最近、シャープは欧州の太陽光発電事業において、住友商事と素材のシリコン調達のための長期契約を締結したと公表した。旺盛な欧州市場の動静を読む、投資先を選定する、そして素材調達ネットワークを整備する、商社とともに最終消費者に向けたさまざまな手を打つ、などのことが成されていると推定できる。こうしたサブライヤーや仲介者あるいは各種取引者としての位置に立つことで、さまざまな情報が組織内を行き交う。電機メーカーとして手にする、製品に直結する情報のほか、需給関係、投資とリスク、顧客の顧客(消費者)の情報、つまり最終需要なども貴重な派生情報となる。

 こうした情報資産を活用するには、大企業が断然有利だ。その関連情報を生かして、顧客の潜在ニーズを再構成し統合することで、抜本的なソリューションにつなげることも可能となる。駆け出しのベンチャー企業ではこれは難しい。大手電機であればその知見を生かし、社内ベンチャーやスピンアウト企業を生み出すこともでき、さらなる組織の活性化につなげることが可能だ。

マネジメントのイノベーションは必須  

 こうした隠れた資産を生かすためには、経営(Management)の革新(Innovation)が欠かせない。マネジメントのイノベーションは、具体的には次のような成果に結びつくはずだ。すなわち、飛躍的な成長を阻む隠れた負債を的確にとらえ、それら負債を資産に変えられるようにすること。同時に、隠れた資産を引き出して体系化した上で、必要な資産を選び出し統合することで、持続的競争優位を確保すること、または社会的価値を生み出すことである。

 このイメージが明確になったならば、次にそれを実現する仕掛け(system)を個々の現場で構築し、さらにルーティン(当たり前の作業・行動)にまで落とし込むことが重要だ。その際のポイントは、「希望、輝き、興奮」といった新たな活力を組織の空気のなかにもたらすことだ。人は高邁(こうまい)なビジョンやシステマティックな仕掛けだけでは動かない。この言葉が実感できるような組織運営ができてこそ、本当の意味で隠れた負債や資産を再発見することになろう。ただ、組織規模が大きい場合には、その仕掛けを全面適用することは難しいため、経営イノベーションを目的とするプロジェクト体制を通じて行うことが有効だ。

 大手電機には、一頃のピークを過ぎた感はあるが、いまも優秀な人材が向かっていると想像される。少なくとも、これまで組織内に擁してきた人材は、わが国トップクラスと言ってもよいだろう。しかし、技術と品質に対する価値観が支配する組織文化のもと、誰もがとる単なる時流のソリューションやサービスを普通に提供するやり方では、持続的な競争優位や社会的価値を生み出すことはできない。

 一つの選択肢ながら、いま大手電機産業が抱える構造問題への解として、佐藤氏がいうような電機業界における構造要素(各企業の個々の事業)の大胆な再編成(第8回参照)は、かなり有効な策となり得るのではないか。ただ、この際、国(経済産業省など)が音頭をとらなくとも、企業自らがその選択肢を採用し行動に移すことも不可能ではないはずだ。国は法制度など、その選択肢を企業がとりたいときに、とりやすくする土壌を準備するだけでよい。

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