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IT時評:「次の一手を読む」

第6回「“テレビ2.0”を展望する」 

出典:日本経済新聞「NIKKEI NET」 2006年8月11日

 「Web 2.0」という言葉の登場以来、情報通信業界ではさまざまな"2.0"(次世代)現象が起こっている。その背景には、情報通信産業の仕組みや構造の変化がある。今回から2回にわたり、具体的なテレビの将来、すなわち「TV2.0」のことを想像してみたい。“2.0”現象にそうへきえきせずに、お付き合い願いたい。

いまのテレビは「工業社会」の産物

 テレビはわが国が先進国の中でもいち早く完成域に近づけた「工業社会」の産物だ。これまでのテレビのイメージといえば、次のようなものだろう。

【視聴対象】 
 サッカー・ワールドカップ(W杯)の日本-豪州戦では50%超もの人々がテレビを視聴し、その負けぶりは翌日の多くの職場で話題を提供した。テレビ局にとっては、ここまで高くなくとも、一定以上の視聴率を稼ぐことが至上命題である。このため特に民放では、お笑いでもドラマでも、視聴者にとってはどの番組も代わり映えしないものとなっている。
 
【視聴形態】  
 サラリーマンの父親が混雑した電車に揺られ帰宅した後に、家庭だんらんでテレビを視聴する場面などは、ひと頃の象徴的なイメージだった。カウチポテトしながら(寝転んで)テレビを見る姿を想像してもよい。
 
【視聴時間】  
 例えば、ビールと枝豆を前に巨人戦を楽しむ。スポーツ観戦では特に、リアルタイム性が求められる。一方、リアルタイム番組でなくても、人気番組が放映されるゴールデンタイムには、多くの消費者がテレビの前に座る。この時間を逃すと、録画でもしていない限り、楽しみの機会は失われる。
 もっとも最近では、このような特定時間性にこだわる視聴態度は薄れてきた。DVDレコーダーの普及により、複数のテレビ番組を丸ごと録画して、自分の好きな時間帯に楽しむ人が増えてきた。
 
【視聴目的】  
 職場の緊張感から解かれ、ほっとするひと時を提供してくれる、何ともありがたい装置。時にはばかばかしいほどのお笑いでもよい。寂しいときには慰めの道具にもなり、することがないときには何となく時間を満たしてくれる。 
 
【経済社会での位置付け】
  規格大量生産型社会における大衆の消費対象。またテレビ業界は、東京キー局を頂点に、ネット収入などによりローカル民放局を実質従えた、中央集権の典型。官僚との協調による最後の護送船団業界となっている。

大衆層は分化している

 技術の世界では、「半導体素子に集積されるトランジスタ数は1年半で2倍になる」とする「ムーアの法則」が依然として機能している。高速化と低コスト化といった量に関する進化は、質の転化をも促す。例えば、電話が高速になり、電話線で映像が視聴できるようになり、それで形成されたインターネット上では、Webが消費者による日常の操作対象となった。

 こうした技術革新と並行して、消費者のニーズ(需要)も急速に変わってきた。消費者はさまざまなことができるようになり、また多様な知識が得られるようになった。1980年代からの堺屋太一氏、あるいは近著におけるトフラー夫妻らのいう、知識経済社会へのバラダイムシフトが進んでいるのだ。

 しかるに従来のTVにおいては、配信先が不特定ユーザーであり、メディアの本質であるpassive(受動)性が本領を発揮する。不特定ユーザーはこれまでマス(mass)としてひとくくりにされてきた。言うなれば私たち視聴者は、規格大量生産型社会における大衆とみなされてきたわけだ。

 これに違和感を覚える読者は多いに違いない。ファッションしかり、食べ物しかり、住む場所しかり。テレビ業界からの、私たち生活者のマーケティング上の把握の仕方と仕掛けは、時代錯誤はなはだしいというべきではないだろうか。

知識経済社会で存在感を示す「TV2.0」  

 同じ表でTV2.0を対比してみよう。もちろんこれらは一例にすぎず、応用形や発展形が幾多考えられる。

【視聴対象】 
 これまでのように視聴率に規定されたコンテンツである必要がないため、個人が所属する各コミュニティーで価値あるものとみなされる、言い換えると生活や仕事で役立つと考えられるものが対象となる。具体的には、人口比で5~10%程度のこだわり(commitmennt、insistence)を持つ個人が制作や編集を担い、テレビ局の番組編集の枠外にあるコンテンツも登場する。例えば、好みの俳優が出演しているシーンのみのダウンロードや、視聴者による筋書きの変更などが可能。

 どのようなコンテンツが利用されているかを確認するには、ログを基にしたデータを分析すればよい。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のコミュニティー空間であっても、利用者が人口の10%(約1,200万人)ともなれば、従来の広告ビジネスの対象に十分なりえる。5%であっても、ターゲット広告とすれば十分なメディア効果がある。

 提供する側としては、視聴者がクリックしたかどうかだけを測るのではなく、視聴者の態度や心理を測る仕方と仕掛けを考案すべきであろう。大前研一氏も、「これまでのテレビCMは時代に取り残されていく。いま見るべきは視聴率ではなく視聴者心理である」と述べている。 
 
【視聴形態】
 各種プロフェッショナル(デザイナー、広告企画者、エディター、プログラマー、弁護士・会計士など士族、コンサルタントなど)を含むナレッジワーカー(知識職業人)が、職住接近または合体した環境下、つまり、オフィスか家庭の(または、オフィスであり家庭でもある)環境で、あるいは両者間のモバイル環境下にあって、TV2.0を利用する形態が考えられる。それら個人やチーム、またはパートナーやコミュニティーで視聴する形態でもよい。  
 
【視聴時間】  
 従来のテレビがもつ同時性機能(リアルタイム)もあり、非同時性機能(VOD:ビデオ・オン・デマンドや、録画後にカスタマイズ編集されたものを視聴するなど)も備える。視聴者の好みに合う番組を常に満載でき、番組を見た後で、その番組が気に入ったかどうかも評価できる。  
 
【視聴目的】  
 これからの知識経済社会を生きていくための利便(正しい知識、創発性<注>を発揮するための術など)をもたらすもの。もちろん、従来のテレビの利便(楽しさ、おかしさなど)も兼ね備えている。どちらの利便をより求めるかは、ユーザーの好みに応じ、機能(またはコンテンツ)を切り替えればよい。
 <注> ここでは創発性は、単純な知識だけでなくさまざまな知識が絡み合うことで、まだ見たことのないような局面を体験したり、実現したりすることを指す。  
 
【経済社会での位置付け】 
  知識経済社会における娯楽かつ生活・仕事上のプラットフォーム。将来のテレビ業界は、民営化されたNHKやローカル民放局の再編(マスメディア集中排除原則の緩和)を前提にした、通信・インターネット事業者や家電メーカーなども参入する競争市場となっているだろう。
 言論を左右する報道機能に関しては、別形態で維持されるべきだ。ただ言論そのものは、5~10%程度のこだわりのある個人(知識職業人)の情報発信により、一層多様化される。官僚との協調から脱皮した、通信と放送の融合・統合が進展した業界が実現されていることだろう。   

通信・放送業界の構造を変革するTV2.0

 TV2.0は、ざっとこのようなイメージである。TV2.0の見かけの姿(装置)は、ブロードバンドの双方向機能を持つ(インターネットとつながっている)のであればテレビでもいいし、パソコンがテレビの機能を備える装置でもよい。携帯電話などのモバイル端末もTV2.0になりえる。つまり、通常のテレビとの違いは、見かけ(ハード)ではなく、さまざまなコンテンツを視聴・利用したり、個人がコンテンツ領域に関与したりするための、ソフト面での仕方(technique)や仕掛け(system)、仕組み(structure)の違いということになる。

 2010年までにその経済社会基盤(ビジネスモデル、商慣行、法制度など)は徐々に整備され、2010年以降に本格化することが期待される。この基盤整備はそう簡単ではないだろうが、時代の不可逆的な流れといえよう。

 このようにTV2.0は、通信と放送の融合や統合のプロセスの中で形づくられる、仕方や仕掛けそのものであると同時に、両者の融合段階から統合段階への移行を促すものとなろう。つまり、インターネットを含む関連業界の仕組みを変革する契機になるものともいえよう。次回はそうしたTV2.0のメディアとしての位置付けについて考えてみたい。

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