IT時評:「次の一手を読む」
第4回「NTT再々編問題先送りの愚」
出典:日本経済新聞「NIKKEI NET」 2006年5月30日
竹中平蔵総務相の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」では、NHK改革(本連載第1回)やマスメディア集中排除原則(第3回)と並んで、NTTの再々編問題が焦点になった。5月16日に開かれた会合では、NTT東西地域会社のアクセス網(加入者回線)分離の是非が議論されたが、一部メンバーの強い反対で議論は空転。結論は2010年に持ち越される公算が強まっている。最終報告が近々まとめられるのに先立ち、「NTTの在り方」問題の核心は何かを押さえておこう。
竹中懇で提示された4つの案
懇談会ではNTTの経営形態について、(1)現状維持(2) アクセス網部門について、管理を別組織にするなど機能的に分離(3)アクセス網部門の別会社化(4)(3)に加え、持ち株会社廃止によるグループ企業の資本分離(NTT法の廃止)――という4つの案が示された。
NTTによるアクセス網の独占状態は、銅線から光ファイバーに変わっても解消されないだろう。光を中心としたブロードバンドは、大半は現在の銅線の通信設備(電話局、電柱など含む)を共有することになるからだ。アクセス網の開放を促す観点から、すでに(2)案までの合意はなされており、16日の会合で、(3)案と(4)案が議題になった。
“高みの視点”から方向性を示せ
NTT問題を考えるにあたっては、枝葉末節なことや、方法論、技術論よりもまず、“高みの視点”から「国富を増やし国際競争力を高める」ことを考えなくてはいけない。現状やその延長にとらわれるのではなく、将来の情報通信産業やマクロ経済を見通す長期的な視野に立つことも必要だ。
“高みの視点”とは何か。全体最適、またはグランドデザインと言い換えてもいい。どうもわが国はここが貧弱だ。何が国益につながるかだ。個々の対立する議論を発展的に統一(弁証法でいうアウフヘーベン)する。横並び競争が陥る弊害(合成の誤謬)を避けることでもある。
もちろん、戦後の通産省などがとった産業政策はもはや時代錯誤だ。半導体産業、コンピューター産業などで“日の丸”株式会社や“日の丸”産業を育成しようとしたが、多くは失敗に終わった。少なくとも、中長期にわたり競争優位は続かなかった。
結局、政府や規制当局の関与をできるだけ抑えることを前提にした、市場競争に勝る装置はなさそうだ。ならば鍵は、継続的にイノベーションが生起する環境を整備することだ。それを阻むものは撤去する。これが政府の役割であり、私たちが目指すべきことだ。
NTTのインフラ独占はイノベーションのボトルネック
NTT問題の核心は、懇談会での4案のうち、どれが将来において最大利得を生み出すかということに尽きる。利得は、マクロ経済、ミクロ経済、そして利用者の利便性や生活の豊かさ、という3つの観点を考え合わせる必要があるが、ここでは主に、情報通信産業の収益や成長性というミクロ経済面に言及しよう。
今のグローバルな競争環境では、スピード化、ソフトウエア化、ネットワーク化が競争優位を築くうえで不可欠だ。そして、局面にもよるが、設備競争よりもサービス競争のほうが市場拡大に寄与する。もちろんその場合、一定のインフラが整備され、効率的に利用できることが前提となる。学校の教室や図書館(インフラ)がしっかりしていなければ、学習(イノベーション)は滞る。
通信ネットワークの世界ではこれまで、相互接続ルールなどの整備で何とかやってきた。しかし、この進化とスピードの時代に、NTTのみがアクセス網を所有し、競争相手がそれを借りるといった今の非対称の構造からは、真の競争は生まれない。イノベーション促進には非効率なのだ。この非効率による産業(ひいては経済)全体の損失や機会コストは計り知れない。
経営のポイントは「オフバランス化」
一方、NTTにとっても、従来の資産(通信設備など)をオフバランス化しておくことは時代の流れだ。NTTや欧米の通信会社が次世代通信網を整備しようとする傍らで、インターネットはどんどん進化していく。企業価値(時価総額)の大きさで、グーグルやヤフーあるいはアマゾンは、米国で最大級の電話会社(新at&t やベライゾン・コミュニケーションズ)をしのぐ勢いだ。それら企業が生業とするインターネットでは、通信からウェブへ、そして新たなプラットフォームやメディアが生まれようとしており、イノベーションの温床となっている。何が通信会社のネットワークと異なるのか。経営の自由度だ。これこそイノベーション創出の母といえよう。
スカイプのように電話網を素通りするようなビジネスも出現し、電話網ベースのビジネスは先細りが濃厚になっている。次の競争の鍵を握るのは、コンバージェンス(融合・統合)時代にリーダーシップがとれる人材や、戦略、知財、ソフトウエアといった無形資産だ。つまり、設備資産を切り離して身軽になり、機動的な経営ができるようにするとともに、こうした無形資産に経営資源を注力することが、将来のキャッシュフローを高めることにつながる。
次の競争に備え、組織の自由度も確保
NTTの将来のためには、組織の自由度を確保しておくことも重要だ。竹中総務相も最近、同様のことを述べている(5月18日付日本経済新聞のインタビュー)。米国ではIBMの例がそれを示している。メーンフレーム(大型汎用機)からPC、そしてPC部門の売却(中国のレノボ・グループへ)。IBMは、その都度競争力を維持、いや強化している。
いつまでもNTT法の下にとどまっていては、コンバージェンスの時代にこうしたスピーディーな経営はできない。放送・メディア分野への進出にも足かせとなる。1999年の分割・再編時には、インターネットという流れを読み誤った。そして今、インターネットの潮流はさらに勢いを増し、すべてがIP(インターネットプロトコル)に乗るような技術的な進歩もあり、ウェブの世界もイノベーションを起こしている。今度こそ、自らを環境に合わせ変化することだ。
周りを見渡せば、「ブロガーの行先にならなければならない」とSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を買収したメディア王ルパード・マードックをはじめ、他企業は次の段階の競争を視野に入れている。パーソナルの代名詞・携帯プラットフォームなどは、双方向性を持つ巨大ポータル(玄関)と化し、もはやメディアを志向している。
競争力のあるサービスには必ず、相応の組織力が伴うものだ。組織対応力を上げなければ、本格的なサービス競争には不利になる。FMC(固定電話と携帯電話の融合)にしても、現NTT法の下では、NTTグループはネットワーク資産レベルならともかく、組織レベルで実現(東西とドコモを統合)するのは難しい。
NTTにとっても、今後の不確実な競争環境のなか、重い資産は別の主体に担わせてしまうこと、そして規制から自由になることこそが、結局は株主の期待にも応える合理的な選択肢なのではないか。NTTの経営形態を巡る議論をもう何年やっていることだろう。「NTTの在り方」問題から早く卒業することだ。そのための労力を将来への投資に振り向けるべきだ。
「ユニバーサル回線会社」構想をどうとらえるか
アクセス部門の別会社化に関しては、競争相手のソフトバンクなどから、光回線を敷設・管理する「ユニバーサル回線会社」の設立構想が打ち出されている。それに対して、新会社の独占による効率低下を問題視する意見も根強い。
ここでもポイントは、ミクロレベルでの新会社の非効率の可能性と、マクロレベルでの、競争非対称性により生じている情報通信産業全体の効率低下をてんびんにかけることだ。また、雇用の観点からは、全国レベルの光ファイバー整備の規模やそのノウハウからして、その担い手は事実上、NTT東西会社しかない。つまり、数年前に本体から切り出された、10万人規模にのぼるNTT東西子会社の従業員の受け皿になりうるという側面も見逃せない。
再々編先送りの損失は甚大
将来のネットワークにおいても光ファイバーは、唯一ではないにせよ、極めて大きな位置を占めることに変わりはないだろう。現在、NTT東西の光ファイバーの市場シェアは、電力系通信事業者と競っている一部地域を除いて、過半を占め、しかもそのシェアは増加傾向にある。光ファイバーサービスをてこに、ADSL(非対称デジタル加入者線)や携帯電話などの関連サービスにおいても、市場での有利なポジションを獲得する勢いがありそうだ。
光ファイバー整備において目下、競争上の非対称性があるのは明らかである。競争相手は、敷設したくてもそう簡単にできない。電力系通信事業者との間に競争が起きているとしても、部分的な競争でしかない。ユーザーから見れば、携帯電話やコンテンツといったサービスを一括して安く提供してくれたほうがよいだろう。それには、NTTと対抗しうるKDDIやソフトバンクを競争の土俵に上げることが効果的である。
今の非対称な支配力が固定化されるとすれば、設備競争もサービス競争の進展も期待薄だ。英国においては、BTに対抗できるような主体は皆無に近かったこともあり、BTのアクセス部門の機能分離が実現した。すでに米国では、来る本格的なコンバージェンス時代に合わせるかのように、地域電話会社とケーブル会社が音声や放送、インターネット、さらには携帯電話サービスを包括的に提供する競争を繰り広げている。
諸外国の例も示している。足かせを取り除き、市場にダイナミズムをもたらす仕掛けをつくることこそが、将来の「この国のかたち」を決定付ける。それが2010年まで延ばされる損失はあまりに大きい。