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ネットインフラただ乗り論争の本質

出典:CNET Japan 2006年4月19日

 ネットインフラを巡って“ただ乗り”に対する批判が再燃している。

 最初の批判は2004年の日本で展開された。WinnyなどのPtoPソフトにより通信トラフィックが急増し、基幹通信網(バックボーン)が耐え切れず、インターネットが崩壊するのではないかというものだった。実際にはバックボーンのキャパシティにはまだ余裕があり、この時は杞憂でしかなかった。

 そして今回は、2005年後半から米国で火がついた。

 Verizon CommunicationsやSBC Communications(新AT&T)などの地域電話会社は、GoogleやYahoo、Microsoftなどのネットアプリケーション企業、さらにはVonageなどのIP電話事業者に批判の矛先を向けたのである。「膨大なトラフィックを消費しているのだから、追加コストを負担すべきだ」と。 

法制化に動く米国

 さらに、この3月2日には、民主党の上院議員であるRon Wyden氏から「インターネット無差別法(Internet Non-Discrimination Act)」が提出された。地域電話会社などのネットワーク事業者が、インターネット接続を妨害したり、接続速度や品質を低下させるなどしたりすることで、有料サービスに加入する企業のみが優先することを禁じているものだ。いわゆる「優先接続サービス」の禁止を狙っているのである。

 優先接続サービスとは、料金を多く払ったユーザー企業に対して、通信会社が優先的に帯域または回線を割り当てるサービスのことだ。GoogleやMicrosoftのように、大量のトラフィックを発生させている大手サービスプレーヤーに向けられたものだ。何が何でも通信料金値上げをしたい通信事業者は、優先接続サービスを実施したいようだ。同時に、通信事業者としては、「ネットワーク上のトラフィックを膨大に消費するサービスプレーヤーをけん制したい。このトラフィックの膨大な利用が、設計時におけるネットワーク設備のキャパシティ以上の負担をかけている」という思いもあるだろう。

“複占化”が進む米通信市場

 2006年3月6日、米通信大手の新AT&T(母体はSBC)は、地域通信3位のBellSouthを670億ドル(8兆円弱)で買収すると発表し、新新AT&Tが誕生しようとしている。もう一方の雄であるVerizonとで、事実上の2社による“複占”体制になる見通しだ。

 バックボーンのキャパシティが逼迫しているなどの証拠を見せずとも、寡占市場であれば、もともとバーゲニング(取引交渉)パワーは高いため、価格交渉を有利にできる。それがAT&TとVerizonの2社による複占市場になれば、そのパワーは一気に高まる。地域電話会社が所有するネットワーク上のサービスプレーヤーに対して、価格交渉が有利にできる。当然、両社は「インターネット無差別法」には反対している。

談合ともなれば当局の出番  

 通信会社とサービスプレーヤー間での取引は、通常、当事者間のパワーバランスという合理的な尺度により決定される。問題は、通信会社もサービスプレーヤーも独占または寡占的な立場にあるため、市場のメカニズムが機能しにくくなることだ。いきおい、その取引が“談合”的なものとり、必要以上に価格が高止まる可能性も小さくない。

 やや専門的になるが、同一業界での関係企業の振る舞いを問題にする談合のなかでも、「明示的談合」と「暗黙的談合」は異なる。後者の暗黙的談合は企業の協調戦略に過ぎないが、前者の明示的談合の場合、政府当局による横やりが入る。政府当局がこうした取引を監視することが市場の健全性を保つためには必要ある。

 しかしながら、通信会社とサービスプレーヤーが同一業界にあるかどうかというと、必ずしもそうではない。ただ米国での双方は、同一業界には位置しないとはいえ、寡占・独占的な地位を享受している企業群であるため、双方の取引結果次第で、消費者への利益が損なわれるとすれば問題視される。米国での立法化の動きには、このような事情もあるのだろう。   

NTTグループがただ乗り企業を糾弾

 わが国においても、一見同様なことが起こっているように見える。米国の動きに便乗することはよくあるが、実際はどうであろうか。

 2006年の初め、NTTコミュニケーションズの和才博美社長が、真っ先に「GyaOは我々が構築したインフラに“ただ乗り”している。許される行為ではない」と痛烈に批判した。そして、続く1月18日の定例会見で、NTT持ち株会社の和田紀夫社長は、インフラへのただ乗りを理由に無償のIP電話ソフト「Skype」を糾弾。Skypeが映像を扱い始めたことを指摘し、「ネットワーク設備の拡充に関して強い危機感を持っている」と訴えた。その後も、総務省の懇談会などで繰り返し同様の主張を展開しているという。この主張は、電力系通信事業者からも起こっている。

米国は「巨人vs巨人」、わが国は「巨人vs弱者」

 米国では、少なくとも時価総額の点ではGoogleやYahoo、さらにMicrosoftは巨人だ。つまり、AT&TやVerizonという通信の巨人がサービスプレーヤーの巨人に対してバーゲニングをしているのである。

 翻ってわが国では、GyaOやSkypeの提供者は、失礼ながら規模の点ではNTTや電力系通信事業者から見ればまったく取るに足りない。また、GyaOの登場によりトラフィックが急増したといっても、OCNのバックボーンに占める割合は、PtoPソフトが数十%に対して、まだ数%(電力系では2%程度)らしい。つまり、米国と異なり、日本の場合、巨大な収益を上げる企業間の戦いとはほど遠い。

経営戦略としては正しい

 米国では政治家やFCC(連邦通信委員会)がこの「ネットインフラただ乗り論」に出てきたが、わが国ではまだ実害はないといえよう。米国以上に地域・長距離通信市場での独占性や寡占性が高い日本では、やや過剰反応している感は否めない。

 もちろん、NTTという一企業としてみれば別だ。つまり、企業の経営戦略の観点からは、弱い者いじめのようにも若干映るが、和田社長や和才社長が採っている方策は正しい。なぜなら、経営戦略の要諦は、自らの周りに独占状況を築くことだからだ。早い段階で競合相手をつぶしておくのがよい。

早い段階でダークホースを叩いておけ

 かつての「ISDN→FTTH整備構想」に対して、予期せぬ、ADSLというダークホースが、このシナリオを狂わせた。いまはNGN(次世代通信網)の整備がきわめて戦略性を帯びている。したがって、第2のダークホースとも言えるGyaOなどのサービスは、NTTグループにとってみれば同じ横やりに見えるだろう。初期段階から排除すべきもの、けん制すべきものの筆頭になっているに違いない。NTTグループにとって、今後「ADSL→FTTH(NGN)上のFMC(固定網と移動網の統合)」などのシナリオを実現できるかどうかは、死活問題だからだ。

 しかし、である。NTT持株会社やNTT東西ともなれば事情はかなり異なる。ユニバーサルサービスを担う特殊会社であるからだ。しかも、米国では地域電話会社という巨人に対抗しうる勢力は、前述のサービスプレーヤーのほか、ComcastやTime Warnerなどのケーブル会社という巨人が立ちはだかっている。

「優越的地位の濫用」の問題は杞憂か

 実害があれば、総務省や公正取引委員会が裁定に入ればよい。そうでなければ、つまりもし、通信会社がサービスプレーヤーへのトラフィックを停止するなどの事態ともなれば、独占禁止法上の「優越的地位の濫用」につながりかねない。

 したがって、通信会社は、「ネットインフラただ乗り」について公的な場での議論を経た後、違法性阻却事由として認められる必要に迫られよう(もちろん、このようなことを通信会社はやらないだろうが)。

バックボーンを逼迫させていないのではないか

 さて、GyaOやソフトバンクのTVバンクのような放送型映像サービスが、現在本当にわが国のバックボーントラフィックを逼迫させているのだろうか。

 総務省では、ここ1年間ほど定点観測的に「わが国のインターネットにおけるトラフィックの集計・試算」を行っている。2005年11月時点までのデータを見る限り、DSLやFTTHなどのブロードバンド契約者のトラフィックのうち、ユーザーのダウンロードトラフィックの伸びが前年比46%の伸びを示しており、かなり大きくなっている。

 しかし、GyaOの始まった2005年4月末からの6カ月間を見ると、178Gbpsから194Gbpsで、9%程度の伸びに過ぎない。この間、GyaOの登録者数は約25万から約400万で1500%(15倍)に急増。つまり、GyaOサービスは、ブロードバンド契約者のトラフィックを逼迫させているとは言いがたいのではないだろうか。

GyaOがバックボーンへ実害をもたらすとすれば

 仮に、GyaOのようなサービスにより、バックボーンへの実害が発生するほどになったらどうするか。いまや「ブログ」で映像をやり取りするサイトも急増している。また、インターネット上で音声データファイルを公開する方法の一つである「ポッドキャスティング」に、最近ではビデオをクリッピングする動きも出てきた。

 こうしたコンテンツや前述の放送型映像サービスが、私たちの生活や仕事のうえで当たり前に、そして不可欠なものとなってくると、あっという間にバックボーン帯域を圧迫することは容易に想像がつく。

 サービスプレーヤーが、利益を得るために、自らが所有していない、ある特定の設備やネットワークなどの資源を使用するならば、当然その資源使用料をその所有者に支払うべきだ。これまでもその使用料(相互接続料など)を支払っているのだから、追加的な支払いは不要だとする考えもある。

市場メカニズムを機能させるべき

 しかし、本当にバックボーン網のトラフィックが逼迫し、通信会社がバックボーンなどを拡充せねばならず追加的なCapex(設備投資)を発生させる、あるいは追加的なOpex(運用費用)が必要であれば、サービスプレーヤーと通信会社間のバーゲニングを行えばよい。つまり、需要側と供給側において市場メカニズムを機能させればよい。その間で値上げもありうるだろう。

 ここでサービスプレーヤーまたはプロバイダ(ISP)のなかには、値上げ圧力に耐えられない者も出てよう。そうなると、市場からの退出もありうる。つまり、ISP市場の再編もありうる。ただし、この再編の大半はもう済んでいるとの見方もある。なんとなれば、現在の中小プロバイダの多くは、とっくの昔にISP機能は大手ISPへアウトソーシングしており、実態は顧客管理機能のみというのが実態のようであるからだ。言い換えると、プロバイダの再編は大手間のみで今後起こりうる。

マネジメントのイノベーションは必須

 こうした隠れた資産を生かすためには、経営(Management)の革新(Innovation)が欠かせない。マネジメントのイノベーションは、具体的には次のような成果に結びつくはずだ。すなわち、飛躍的な成長を阻む隠れた負債を的確にとらえ、それら負債を資産に変えられるようにすること。同時に、隠れた資産を引き出して体系化した上で、必要な資産を選び出し統合することで、持続的競争優位を確保すること、または社会的価値を生み出すことである。

 このイメージが明確になったならば、次にそれを実現する仕掛け(system)を個々の現場で構築し、さらにルーティン(当たり前の作業・行動)にまで落とし込むことが重要だ。その際のポイントは、「希望、輝き、興奮」といった新たな活力を組織の空気のなかにもたらすことだ。人は高邁(こうまい)なビジョンやシステマティックな仕掛けだけでは動かない。この言葉が実感できるような組織運営ができてこそ、本当の意味で隠れた負債や資産を再発見することになろう。ただ、組織規模が大きい場合には、その仕掛けを全面適用することは難しいため、経営イノベーションを目的とするプロジェクト体制を通じて行うことが有効だ。

 大手電機には、一頃のピークを過ぎた感はあるが、いまも優秀な人材が向かっていると想像される。少なくとも、これまで組織内に擁してきた人材は、わが国トップクラスと言ってもよいだろう。しかし、技術と品質に対する価値観が支配する組織文化のもと、誰もがとる単なる時流のソリューションやサービスを普通に提供するやり方では、持続的な競争優位や社会的価値を生み出すことはできない。

 一つの選択肢ながら、いま大手電機産業が抱える構造問題への解として、佐藤氏がいうような電機業界における構造要素(各企業の個々の事業)の大胆な再編成(第8回参照)は、かなり有効な策となり得るのではないか。ただ、この際、国(経済産業省など)が音頭をとらなくとも、企業自らがその選択肢を採用し行動に移すことも不可能ではないはずだ。国は法制度など、その選択肢を企業がとりたいときに、とりやすくする土壌を準備するだけでよい。

プロバイダの再編のみならず、通信市場の再編も?

 わが国では、すでに大手プロバイダは寡占市場を形成していると思われるが、この寡占化がさらに進むだろう。寡占下の大手であっても、プロバイダ機能だけの利ざやは小さい。また、その機能だけでは顧客(消費者ユーザー)の流出を止めることはできない。

 となると、新たなトラフィックの急増により、通信会社とISP、さらにはその上のサービスプレーヤーといった垂直統合的な再編が起こりうるだろう。経済学的には、関係レイヤ間をまたがる統合的組織のほうが、各機能主体間で発生する総取引コストよりも小さくできる状況がありうるからだ。そして、プロバイダ機能のほか、プラスアルファ(付加価値)の機能・価値なしには、利益を確保することも、顧客を維持することも難しくなること必至であろう。

追加的な価値があれば消費者への価格圧力は当然

 米国では、こうした通信会社とISPの動きを通じ、エンドユーザーである消費者への価格圧力が高まっていくことへの懸念が、特に政治家や消費団体の間にある。政治家には消費者が票田に見えるだろうから、無理からぬことでもある。

 しかしながら、これまでよりも高速で高質かつ多様なサービスを、つまり追加的な価値を消費者が享受しているのであれば、相当の対価を支払うのが市場原理というものだ。その市場のメカニズムを無視しているとすれば、そちらのほうが大きな問題となる。

GyaOは犯人ではない

 GyaOやその他類似サービスがバックボーントラフィックを逼迫させている事実は、現在のところあまりなさそうだ。また、日米のインターネット利用料の差は単純な単位速度当たりの価格では判断できない。近い将来、確かにバックボーンを逼迫させるような状況はあるだろう。

 しかし、逼迫しているかどうかは、需給のミスマッチにより起こるものだ。言い換えると、本当にサービスレベルの需要が喚起され、消費者が対価を支払いたいようなサービスとなれば、供給側は追加的な設備も打てよう。この局面でバックボーンのキャパシティが逼迫するのは、設備などの整備の遅れがあった場合の一時的な期間のみとなる。市場メカニズムが機能していれば、何ら問題はない。

垂直統合と水平分業は棲み分け

 ただし、こうした消費者によるトラフィックの大量消費となれば、いまの仕組みでは吸収できない。したがって、市場構造がいまのまま保たれることはないだろう。寡占化が進み、大手企業においてはレイヤ間をまたがる垂直統合的なビジネスモデルを追求するようになるだろう。

 もちろん、(コストが高くつくので)当該企業のみで何もかもできないため、部分的な水平分業も同時に行われる。こうして市場の再編が促される。

マクロ経済の視点も必要

 寡占や独占的な状況による弊害が認められるような場合は、規制当局の出番だ。しかし、大半のことは市場が機能するようにのみ働きかければよい。国が成すべきことは、国富の増大につながる政策を掲げるべきだ。そして、それはこれまでのような単なる競争そのものを目的とするような競争政策ではいけない。ある種の産業政策的な要素も加味せねばならない。

 情報通信産業というミクロの場でプレイする事業者を、いつまでたっても逆風下(デフレ)に置いてはならない。順風状態にマクロ環境を整えることが国の役割だ。1990年代の米国のクリントン政権は、それに近い状況をつくった。わが国の情報通信産業の発展には、こうしたミクロとマクロの両方の視点がきわめて重要である。

 「インフラただ乗り論」を巡る問題は、こうしたことを投げかけているように筆者には映っている。

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