"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第77回「携帯電話市場への新規参入を読む:【3】既存事業者の打ち手」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2006年1月12日
英国やフランスのケースを見る限り、MNP(モバイル・ナンバー・ポータビリティ)よりも、新規参入の方が影響は大きかったようだ。MNPとは、ユーザーが利用中の携帯電話番号を変えることなくキャリア変更が可能な制度のこと。新規参入は、既存事業者のビジネスに激震をもたらすに違いない。では、既存事業者のこれからの動きはどのようなものになるだろうか。ミクロ経済や経営戦略の視点で眺めてみよう。
モバイル産業にかかわらず一般的に、既存事業者の典型的な打ち手としては、次のようなものがある。(1)参入阻止行動、(2)余剰能力の活用、(3)排他的ネットワーク性の活用、(4)顧客の囲い込みなどだ。
(1)参入阻止行動
ア. 参入阻止のための「カラ脅し」
既存事業者は、あらゆる手練手管を使って、新規参入を阻止しようとする。ゲーム理論の初歩として、まず「カラ脅し」なる手法がある。これは、新規参入者が参入するならば「攻撃」をしかけるぞというものだ。寡占維持を維持するためには定石だ。寡占的なポジションは大変うまみがあるからだ。
携帯電話市場ではこれまで、電波が希少資源であったため、その高い参入障壁により、既存事業者へ参入阻止による長期的価格支配と利潤最大化を許してきた感がある。もちろん、現在の3社体制(NTTドコモ、KDDI、ボーダフォン)は、最初から寡占状況に置かれていたわけではなかった。KDDIの小野寺社長が指摘するように、かつての携帯電話市場では多くの事業者が存在した。競争の結果、いまの3社に合併・統合された。
PHS市場もしかり。紆余曲折あり、現在はウィルコムグループ、ドコモグループ、アステルグループの3社(1強2弱)の寡占状況となった。力関係からみれば事実上1社といってよいかも知れない。特に最近急成長を遂げているウィルコムの、今後のモバイル産業での動静は大いに注目される。
寡占維持とは、いわば"戦略グループ"の維持に等しい。前回示したとおり、国民財産でもある周波数の利用を免許されている既存事業者は、一定の利益率確保を保証されたような戦略グループを形成していると言えよう。この利益率を確保するためには、よそ者は邪魔になる。つまり、表向きは装ったとしても、新規参入そのものを歓迎しない。1年ほど前の既存事業者の行動は実際そのようなものだった。
イ. 参入を受容(結果、共存へ)
しかし、新規参入者は、携帯電話ひいては将来のモバイル市場のうまみ(高い利潤性)を知っている。または、少なくともそう信じている。したがって、彼らには既存事業者からの「攻撃」があることは重々承知の上だ。
したがって、既存事業者にとって「共存」が最適な行動となる。ゲーム理論における逐次的合理性により、ここ(共存)に落ち着く(ナッシュ均衡が存在する)こととなる。こと携帯電話産業の場合、実際は新規参入者への免許により、既存事業者はその参入を受容せざるを得ないこととなった。この11月(2005年)に新規参入者に免許された以降、彼らの発言のなかには、競争を歓迎し、正々堂々と受けて立つといったものが出てきた。
ウ. 将来は「コグニティブ無線」により希少性は一層薄まる
さらに、電波そのものがもはや参入障壁にはなりにくいという状況も出てきた。「ソフトウェア無線」(SDR:Software-defined Radio)のように、1つの無線機を再構成することで、さまざまな周波数バンドや伝送プロトコルに動的に対応できる技術がある。
また、その発展形として「認知 (コグニティブ)無線」の可能性が見えてきた。これは周囲の状況とそこに存在する他の信号を感知して、その情報をもとに無線機の機能を環境に適合させ、ユーザーの通信ニーズを満たすというものだ。このような新たな技術により、周波数はもはや希少性の高いものではなくなる可能性さえある。
つまり、こと携帯電話市場を対象にする限り、参入阻止のシグナルを市場や規制当局に投げかけるステージは過ぎ去ったとも言えよう。携帯電話の補完的なポジションとされる、2.5ギガヘルツ帯(WiMAX、iBurst、次世代PHSなどの次世代無線技術の免許候補向け)の攻防は、まだこれからであるが。。。
エ. 新たな参入阻止との攻防
今後のモバイル市場では、FMC(Fixed Mobile Convergence:固定網と移動網の統合)などの動きが鍵を握り、ここで新たな参入阻止行動に出ることはありえる。FMCサービス競争において、既存の資産(ネットワーク、技術ノウハウなど)をレバレッジ(てこ)に新たな攻撃を仕掛けるというものだ。
例えば、NTTは2010年までに光ファイバーを目標の3,000万回線ほど敷設することで、メタル網を順次置き換えていくことになる。メタル網を廃止することで、メタル網のうち未使用のドライカッパーを用いてADSLサービスを行っているソフトバンクやイー・アクセスなどの、モバイル新規参入者への妨害が可能だ。NTT東西の「接続協定約款」には、≪接続を中止する場合、端末回線伝送路(メタル回線)設備の撤去開始の原則4年前までに、その情報を協定事業者へ提供する≫とある。つまり、2006年頃には、そのシグナルを新規参入者へ通知することで、メタル電話網の廃止がなされる可能性がある。
また、既に2004年11月10日に発表された「NTTグループ中期経営戦略」には次のように記されている。
≪メタルと光アクセス、既存の固定電話網とIP網の併存は二重設備として、事業運営上の負担も大きく、ひいては社会的コストを増大させます。(略)第二ステップとして、メタルアクセスや既存の固定電話網から全面的に切り替えることとし、切り替え時期等の方針については、これらの設備をご利用のお客さまや関連する事業者の皆様に配意しつつ、2010年までに策定し、明らかにします。≫
ADSL事業の携帯電話市場への参入にとって、利益を生み出す基盤となっている固定電話網の廃止ほど、大きな参入阻止戦略はないだろう。今後、これを巡る攻防が激化するだろう。新規参入者にとって、メタル網の廃止は死活問題であるため、さまざまな対抗策が出てこよう。具体的なことは次回に譲ろう。
(2)余剰能力の活用
ア. 英国では互いの余剰能力を活用してFMCサービスを提供
余剰能力の活用とは、例えば、固定電話の供給能力が余剰になったいま、それを携帯電話会社へ提供することでFMCを実現する動きなどに見られる。携帯電話事業を切り離した英BT(固定電話事業者)と、さらなる通信トラフィックを稼ぎたい英ボーダフォン(携帯電話事業者)の連携が本格的になってきた。
両社は、それぞれの余剰能力、すなわちそれぞれ自身が保有しておらず、かつ他社では余剰的であるネットワークを相互活用することのメリットを見出している。具体的には、それぞれの顧客に対して低価格のサービスや新たなサービス価値を提供することが可能となる。
イ. NTTにとっての余剰能力は諸刃の剣
NTTグループやKDDIなどのわが国の既存事業者は、1年ほど前から英国のこの動きに触発されている。しかしNTTの場合には、NTT東西会社の固定電話事業は独占的であり、NTT法の下にある。自ら卸・小売部門を分割しようとしているBTとは異なる。BTでは2006年1月、BT Wholesale社(卸売部門)の中に、Openreachと呼ばれるアクセスサービス部門を独立して設置することが予定されている。
むしろ最近のNTTグループの統合に関する動きは、BTとは逆の動きでもある。NTTの場合、競合他社へのメタル網および光ファイバーの貸し出し義務が求められる。言い換えると、NTTにとっての余剰設備は、諸刃の剣的な要素ともなる。
前者のメタル網については、電電公社時代に敷設したものであり、その公共性(国民の財産という性格)は明らかと言えよう。実際、イー・アクセスやアッカ、ソフトバンクBBなどの競合他社へ、ADSLサービスのための回線設備の提供を余儀なくされた。2004年秋から始まった直収電話サービスにおいても、NTT東西のメタル電話網(ドライカッパー)が利用されている。
一方、後者の光ファイバーについては、その大半は1985年の民営化以降の、NTT自らの投資によるものだという主張がよくなされる。しかし、競合他社からは、管路、洞道(とう道:通信ケーブル敷設のための地下トンネル)、マンホール、電柱などの国民的財産を用いて敷設したメタル網を光ファイバーに置き換えているだけなのだから、光ファイバーの開放も当然だと指摘されるものだ。総務省調査(2004年)によれば、とくに中継系光ファイバーのうち未使用のもの(ダークファイバー)は総延長の63%にもなる。
このように新規敷設とは言い難い、つまり、これまでの独占的状況をレバレッジに整備したダークファイバー設備を競合他社へ貸し出すことは、当該地域において過半のシェアをNTT東西が有することなどの一定条件のもとでは、現在義務付けられている。
ウ. NTTの統合化が進めば・・・・・・
しかし、総務省の判断しだいでは、事実上NTTの統合化(再再編)が進み、つまりNTT東西の固定電話網とNTTドコモの携帯電話網が統合されたFMCサービスが打ち出される可能性もある。その場合、NTTにとっては大きな支配力を手にできる。
NTT法に触れない範囲でNTTが現在模索しているNTTグループの統合化の動きに、総務省が法を字義通り解釈し、それを放置することはありえるだろうか。恐らく竹中総務相が、それを放置することはないだろう。1999年7月のNTT再編時における法の精神は競争促進であったからだ。
現在わが国のモバイル産業において求められることは、競争促進を通じ産業の発展・隆盛につなげること、ひいては国民・生活者へ利益を還元することだ。
話は脱線するが、小泉政権になってからは、「民主導」や「市場原理」あるいは「利用者・生活者重視」が鮮明に打ち出されており、順序は逆(国民の利益が最初で、産業発展は次)であるかのような風潮がある。先日(2005年12月19日)の日経『経済教室』(日本の統治改革:「小泉後」に向けて3)では、現役の若手霞が関官僚が「霞が関、構造改革が急務」であると、幾つかの興味深い視点を投げかけている。このことは、別の機会でコメントしておきたい。本稿では、供給者が強くなくては、国民が惨めな思いをすることを忘れてはならない、とだけ記しておきたい。
(3)排他的ネットワーク性の活用
ア. プラットフォーム層における排他的なしかけ
これはネットワークの外部性を駆使することだ。この外部性が発揮されるには、通信の相手が同一サービスに加入していることが前提となる。例えば、携帯電話事業者のiモ―ド、Ezweb、Vodafone live!などの課金や決済プラットフォーム(情報システム)と連動した個別ネットワークを構築し、その上でのサービスを展開していることだ。
既存事業者はそれぞれ"戦略グループ"を形成し、既に携帯電話業界において一定のポジションを確保している。プラットフォーム層において、排他的ネットワークという移動障壁を構築している。自社の周りに排他性を築くことは、経営戦略として大きな意味がある。競合他社による複製などを通じた模倣を一定期間防止できるからだ。
イ. インフラ層における排他的なしかけと参入障壁の問題
加えて、インフラ層においても、既存事業者は排他的と呼べるような移動通信網を保有している。ただし、ボトルネック性という観点からは、排他性があるとは言えないとの反論があるだろう。そのとおりかも知れない。NTT東西の所有する固定アクセス網のみがボトルネックであり、それ以外の移動通信網はボトルネックとはなっていないと。しかし、希少性のある電波を免許され整備してきた移動通信網に公共性があると考えれば、今後のモバイル産業におけるボトルネックあるいは参入障壁とはいったい何だろうか。再定義が問われている。
一方、ソフトバンクBBのIP電話「BBフォン」では、同一サービス利用者でなければ、無料電話はできない。これも排他的ではある。ただ最近では、異なったIP電話網同士が相互接続できるようになった。利用者の利便性を考慮してのことだ。そして、結果、IP電話は急速に普及している。業界の発展にもつながった。
つまり、業界の発展や利用者の利便向上のためには、排他性はときに産業全体の最適化や社会的な問題ともなりえる。この場合の排他性は、前回みた参入障壁の問題になるからだ。その意味では、移動通信網のローミング(契約事業者のサービス圏外であった場合には、別事業者のインフラ経由で通信中継を行うこと)を、少なくとも時限的に認めるなどの措置が求められよう。
(4)顧客の囲い込み
ア. 割引による値下げにみる解約率の低下
顧客の囲い込みとして、設備改変などしなくてもすぐにできるのが割引サービスの実施だ。2006年11月1日から始まる、MNP(モバイル・ナンバー・ポータビリティ)や新規参入に備え、既存事業者3社はどこも着々と割引サービスを投入している。
前回、≪NTTドコモなどは、月間解約率がこれまで1%台半ば(1.5%として年間解約率は18%)ほどはあったものが最近(2005年第1半期)では0.8%ほどまでにも下げている≫と書いた。KDDIやボーダフォンにおいても、解約率を下げ各種割引サービスを積極的に打ち出し顧客を囲い込んでいる。KDDIでは同時期1.2%台、ボーダフォンでは同1.9%台ほどまでになってきた。ただ、3社で解約率がみな下がってきているということは、価格を下げても顧客の移動がさほどない状態、つまり需要(顧客数)の価格弾力性が低い状態になってきたわけだ。言い換えると、競争が進展していない状態であり、寡占化の弊害が出てきたともみなせる。携帯電話市場に余剰的な利潤が存在するのであれば、新規参入は経済的も意味がある。
さて、これら解約率低下による、既存事業者の顧客囲い込み策について考えよう。1つには、MNP制度への備えだ。2つめには、新規参入に関する打ち手としてである。
前者のMNP制度移行については、海外の同制度以降の実績値をみても影響はさほど出ていない。例えば、フランスでは、2003年後半にMNPを導入したが、ほとんど解約率は上がっていない(むしろ下がっている)。
一方、後者の新規参入による影響は大きい。例えば、英国では1999年にMNPを導入した直後では年間で22.8%(月間で1.9%)あったものが、2001年後半のMNPシステム改善後には+3.6%、そして、2003年のHutchison参入後は+6.4%まで跳ね上がっている。
イ. ファイナンスや電子商取引サービスによる顧客囲い込み
そのほか、クレジットカードサービス、オークションなどの電子商取引サービスなどを、既存事業者は有効な打ち手としている。もうその動きは顕在化している。私は4〜5年前だったか、固定電話、携帯電話、ISP事業者の集まるなかで、今後必ず携帯電話会社は、クレジットカードサービスを手掛けることになると言及したことがある。
そのときにも、そう驚くほどのことではないものであったと考えるが、実際、今年(2005年4月)、NTTドコモと三井住友フィナンシャルグループ、三井住友カード、三井住友銀行の4社は業務・資本提携を行うことを発表。携帯電話会社が本格的に同サービスに進出してきた。携帯電話市場に飽和感が高まっているからでもある。
NTTドコモの「おサイフケータイ」とクレジットカードサービスが連動することで、数十兆円とも呼ばれるマイクロペイメント市場が立ち上がることも期待される。
ウ. 巨大なポータル機能の活用
さらに、NTTドコモの場合、5,090万ほどの顧客を抱えており、ユーザーがインターネット接続する際、巨大なポータル(玄関入り口)となっている。一方、Yahoo! JAPANでは、1か月あたり約3,686万人のユニークカスタマー数と、1日10億3,000万ページビューのアクセスを誇る、国内最大のインターネットの総合情報サイトとなっている(2005年1月31日)。
土俵が異なるので両者を単純に比較できないが、携帯電話会社のポータルとしての存在感は非常に高いと言えよう。
ポータル化が進むと、映像を含むさまざまなコンテンツを配信できるなどして、大きな広告収入を見込むこともできる。携帯電話会社は今後、新たな事業収入フロンティア(金融、広告など)を目指すことになろう。その際、本稿第63回でも指摘したとおり、通信会社が新たな「コングロマリット化」を志向することはありえる。
エ. 再びコングロマリット化へ
ハーバード・ビジネススクールのアンドリュー・マカフィー準教授も同様の指摘をしている。
≪市場では、自由に出入りする参加者が複雑にぶつかり合うことで、標準化が自然に進むものだ。しかし、そうなることを待つより、はるかに簡単な方法がある。経営陣に権限を集中させたうえ、経営陣が自社の組織の隅々にまで標準化を強制することだ≫と。
つまり、垂直統合型の企業が再び市場に姿を見せることになる。
この垂直統合型(コングロマリット)を巡る攻防が、今後のモバイル産業において出てくること必至であろう。次回では、このことを含め、「新規参入者の打ち手」について考えを整理してみたい。